「週刊新潮」の書評ページのために書いてきた文章で振り返る、この1年に読んだ本たちです。
2012年 こんな本を読んできた (11月編)
マブルーク・ラシュディ 中島さおり:訳 『郊外少年マリク』
集英社 1890円
2005年秋、フランスで移民の若者たちを中心とする暴動が起きた。その際、クローズアップされたのが「郊外問題」だ。
パリなど大都市の郊外にある低所得者層居住地域。そこは人種差別、失業、貧困、教育、宗教など様々な問題が混在する場所だ。特に都市部における移民系家庭出身者に対する差別には暗く根深いものがある。
本書の主人公マリクは、パリ郊外の大型団地で生まれ育ったアルジェリア系移民だ。母親との暮しは貧しい。父親も知らない。だが、そのことを母親に問いただそうとはしない。少年ながら、マリクにはどこか大人の部分があるからだ。学校の勉強は面白くはないが、友だちはいる。サッカーも上手い。女の子にもモテる。いっぱしの不良として成長するが、自分と周囲を冷静に見つめる目を忘れない。
物語は5歳から26歳までのマリクを描いている。社会人になってからは、移民であることや学歴から突然の解雇を言い渡されるなど辛いことも多い。だが、マリクは自暴自棄になったりはしない。不思議な楽天性と明るさが彼を支えている。
この小説の舞台であるパリ郊外の団地と日本の老朽化した団地の風景が、ふと重なって見えてくる。新たな“郊外小説”の登場だ。
(2012.10.31発行)
森 まゆみ『千駄木の漱石』
筑摩書房 1785円
夏目漱石が東京・千駄木で暮らしたのは、英国留学から戻った直後の明治36年から、日露戦争をはさんで39年の年末まで。東京帝国大学や第一高等学校の教壇に立ちながら、徐々に作家へと移行していく時期だ。この間に書いたのが『吾輩は猫である』『坊ちゃん』『草枕』などである。
著者は漱石を自らの故郷に迎えた“隣人”の如く、その軌跡を丁寧に追っていく。借家だった住居の歴史。生真面目に準備された講義。帝大での学生たちとの軋轢。寺田寅彦など弟子たちとの交流。そして家庭における夫や父としての漱石。
中でも興味を引くのが、小説『道草』で描かれた人間模様と、漱石とその周辺にいる実在の人々との重なり具合。作品は実在の姉、兄、妻、養父などとの確執を浮き彫りにしているのだ。著者は『吾輩は猫である』を滑稽小説にして近隣憎悪小説、また『道草』を心理小説にして近親憎悪小説と呼んでいるが、卓見である。
さらに本書では、妻である鏡子との“せめぎ合い”も読みどころの一つだ。神経質で夢見がちな夫とヒステリーの妻がいる環境から、なぜいくつもの名作が生まれたのか。「僕は世の中を一大修羅場と心得ている」という漱石自身の言葉が実に味わい深い。
(2012.10.10発行)
中川恵一『放射線のものさし~続・放射線のひみつ』
朝日出版社 1260円
原発事故から1年半。関心が薄れてきた今こそ放射線について知るべきだ。著者は大事なのが「ものさし」、つまり程度問題だと言う。過度な恐怖心や根拠のない楽観論に左右されず、リスクと向き合った上で自己判断をしていく。まだ何も終わってはいないのだから。
(2012.10 .25発行)
宮本まき子『輝ける熟年~人生の総仕上げはこれからです!』
東京新聞 1260円
家族問題評論家の著者が、東京新聞に連載した「まだイケる、もっとイケるぞ団塊・熟年世代」の単行本化。事例は的確、アドバイスは具体的だ。離婚よりリフォーム。お金持ちより友だち持ち。必要なのは「自分のことは自分の時代で始末をつける」の気概と覚悟だ。
(2012.09.25発行)
酒井順子 『この年齢(とし)だった!』
集英社 1470円
あの有名人の「転機」は何歳の時だったのか。自分が年齢を重ねるにつれ、ちょっと気になる。ここに登場するのは26歳でブレイクしたマドンナ、47歳でジョン・レノンを失ったオノ・ヨーコ、51歳で亡くなった向田邦子など27人の女性だ。大人のための異色偉人伝。
(2012.09.30発行)
佐江衆一 『あの頃の空』
講談社 1680円
大人の男なら誰にもある、忘れられない“あの頃”。それは少年時代であり、働き盛りの頃であり、また定年を迎えた日だったりする。本書は、人生の秋を生きる男たちの思いを、78歳になる著者が昭和という時代を背景に描く短編集である。
巻頭に置かれた「駅男」の主人公・瀬木は、定年間近の会社員だ。いつもの駅のホームで、ベンチに座ったままの男を見かける。気にしながら乗り込んだ電車の中で開いたのは、通っている創作講座の講師が書いた短編集だ。その一編「駅男」には、瀬木とよく似た人物だけでなく、ホームのベンチから動かない男までが登場していた。
また「リボン仲間」では、職探しの日々から逃避したストリップ劇場で、小さな救いを見つける53歳が描かれる。ファンからご贔屓のストリップ嬢に向かって投げられる鮮やかなリボン。そこには男たちの純情が込められていた。家族には秘密で通いつめるうち、自分の中の何かが変わっていく。
さらに巻末の「花の下にて」では、夫を失ってから長い年月を生きてきた79歳の妻の心情が、読む者の胸を打つ。夫婦とは何か。生きるとは何か。そして死とは何なのか。著者が現在の境地を垣間見せてくれるような味わいの秀作だ。
(2012.09.30発行)
椎根 和 『完全版 平凡パンチの三島由紀夫』
河出書房新社 2940円
5年前の原著には担当編集者として三島の近くにいた著者にしか描けない、素顔の作家の姿が記されていた。そして出版後に書かれた文章、さらに「平凡パンチ」との関係を概観できる年表を加えて再編集したのが本書だ。特に映像への傾倒についての指摘が光っている。
(2012.10.25発行)
勢古浩爾 『いつか見たしあわせ~市井の幸福論』
草思社 1470円
アランから福田恒存まで先達たちによる洞察を踏まえながら、あくまでも普通の人々の「しあわせ」を探る。万人に通用する幸福論などない。幸せは自分で決めるものである。いや、しあわせ探しを止めた時こそ幸福かもしれない等々、融通無碍にして等身大の幸福論だ。
(2012.10.18発行)
丸々もとお・丸田あつし『最新版 日本夜景遺産』
河出書房新社 2520円
夜景評論家と夜景写真家の最強チームによる夜景尽しの写真集だ。室蘭の測量山は7本の電波塔が色違いでライトアップ。大阪平野の光を一望する奈良・信貴生駒スカイライン。造船所がオレンジ色に輝く長崎・弓張岳展望台。その静謐な美しさは夜ならではの絶景だ。
(2012.10.30発行)
玄侑宗久 『中途半端もありがたい 玄侑宗久対談集』
東京書籍 1470円
大震災をはさんで行われた10人との対談。五木寛之は「いかに老いを楽しむか」を語り、日本人独特の宗教感覚と「般若心経」の関係を養老孟司が探る。また山田太一が「曖昧さの効用」を説き、山折哲雄は科学の限界を見据えつつ原発を問う。静かで熱い言葉が並ぶ。
(2012.10.17発行)
瀬戸川宗太 「懐かしのテレビ黄金時代~力道山、『月光仮面』から『11PM』まで」
平凡社新書 798円
テレビ番組の劣化が激しい昨今。ならば黄金期と呼べる時代には、どんな番組が流れていたのか。本書が扱っているのは昭和30年代から40年代半ばまで。「ジェスチャー」「七人の刑事」「てなもんや三度笠」「鉄腕アトム」「七人の孫」「ウルトラQ」など、懐かしい番組の数々が当時の記憶を呼び覚ます。
ドラマは90年代をピークに下降したと著者は言う。その原因の一つが、最大の競争相手だった映画界の衰退した際、テレビの活力も奪っていったという分析は新しい。番組づくりの基本は昔も今も人間である。
(2012.10.15発行)
建倉圭介 『東京コンフィデンス・ゲーム』
光文社 2310円
コンフィデンス・ゲームとは信用詐欺のことだ。すべてを失った青年が、奇妙な仲間たちと共に仕掛ける大勝負である。
すべては母親の葬儀から始まった。怪しい男たちが現れ、「未回収の仏像代」として2千万円を要求してきたのだ。認知症気味の母親を騙した霊感商法だったが、息子の武史は逃れられない借金を背負っただけでなく、銀行員の職も失う。
唯一助けになりそうだったのが、亡き父親が創業者の一人だったIT企業の社長・水原だ。しかし、彼は武史と会おうとさえしない。また父親の株を母親から不当に安く買い取っていたこと、現在この会社を売ろうとしていることも判明する。さらに急死した父親の死因にも疑問があった。武史は企業買収を装った信用詐欺を思いつく。
ここからは、まるで映画「七人の侍」のような仲間探しが行われる。集まったのは本物の詐欺師、コミュニケーション不全のコンピュータ青年、子持ちの女性声優、そしてアル中の会計士などクセのある面々だ。必要な資金は、武史が自分の命を担保に準備する。
著者は企業買収の仕組みを開陳しながら物語を加速させていく。騙す者と騙される者の緊張感で一気に読ませるコン・ゲーム小説だ。
(2012.10.20発行)
升本喜年 『映画プロデューサー風雲録~思い出の撮影所、思い出の映画人』
草思社 3045円
昭和29年、著者は松竹映画に入社してプロデューサー助手となる。以来、約30年にわたり映画製作の現場で過ごしてきた。本書は撮影所が“夢の工場”だった時代の回想であり、日本映画史の貴重な証言でもある。
まず、ここに描かれる松竹大船撮影所の内側が興味深い。助監督連中を引き連れて構内を闊歩する小津安二郎監督。その一方で、自己主張を始める大島渚など「松竹ヌーベルバーグ」の若手監督たち。「男はつらいよ」が当たる前の、素顔の渥美清。著者がプロデューサーとして関わった渋谷実監督と城戸四郎社長の意地の張り合い等々。名作は極めて人間くさい場所から生み出されていたのだ。
時代は変わり始め、やがて映画がテレビに圧迫されるようになる。そんな中で著者が手掛けたのが“歌謡曲映画”だ。都はるみの「アンコ椿は恋の花」を皮切りに、「霧にむせぶ夜」などを映画化していく。またコント55号と水前寺清子を起用したコメディや渡哲也などによる男性路線映画も成功させる。最後の作品は「蒲田行進曲」だった。
実は、多くのヒット作に携わりながら著者の名前は画面にクレジットされていない。“監督至上主義”の松竹らしさだが、それもまた遠い風景になってきた。
(2012.10.20発行)
藤巻秀樹 『「移民列島」ニッポン~多文化共生社会に生きる』
藤原書店 3150円
ブラジル人が住民の半数という愛知県豊田市の団地。農家が迎えた外国人妻たちで賑わう新潟・南魚沼市。この国の外国人集住地域、そして都会の移民街で何が起きているのか。日経新聞編集委員が、実際に現地に住み込むことで明らかにした力作ルポである。
(2012.10.30発行)
佐藤親賢 『プーチンの思考~「強いロシア」への選択』
岩波書店 2310円
「現代の皇帝」とも「非情な独裁者」とも呼ばれるプーチン。今、その政権にNOを突きつける中間層市民は、彼が実現した安定と経済成長の産物である。なぜそうなってしまったのか。共同通信モスクワ支局長の著者がその政治的選択と目指すところを探る。
(2012.10.24発行)
児玉 清 『人生とは勇気~児玉清からあなたへのラストメッセージ』
集英社 1470円
昨年惜しまれつつ逝去した著者が遺したインタビューとエッセイだ。疎開の辛い記憶から役者としての矜持までを語っているが、随所に名言が並ぶ。「演じるとは複眼を持つこと」「いい文章は自分の中の何かを研ぎ澄ます」。最後まで本を愛し抜いた生涯だった。
(2012.10.31発行)
波多野 聖 『疑獄 小説・帝人事件』
扶桑社 1575円
帝人事件は昭和9(1934)年に起きた大疑獄事件だ。帝国人造絹糸株式会社の株売買をめぐる贈収賄容疑で閣僚や高級官僚、財界人など16人が検挙され、当時の斎藤実内閣は総辞職に追い込まれた。本書はこの事件に材をとった、歴史ミステリーの力作である。
かつて敏腕ファンド・マネージャーだった「私」は、スイスの旧友を訪ねた際、奇妙な依頼を受ける。それは銀行の金庫に眠っていた帝国人絹の古い株券と日本語が書かれたノートに関する調査だった。
帰国した私は帝人事件について追い始める。それは経済事件であり、また政治事件でもあった。ノートに記されていたのは詳しい経緯であり、渦中にいた人物でなければ知り得ないことばかりだった。一体誰が何のために書いたのか。なぜスイスの銀行がこれを保管してきたのか。そして古びた株券は何を意味するのか。
本書の白眉はまるで事件当時にタイムスリップし、目撃しているかのような迫真性にある。昭和初期という激動の時代。帝人株を手に入れようとする者たちの暗闘。さらに「番町会」と呼ばれた財界人グループの栄光と蹉跌。やがて歴史の闇に消えていったはずの、戦前最大の疑獄事件の真相が明らかになっていく。
(2012.11.10発行)
和田 竜 『戦国時代の余談のよだん。』
KKベストセラーズ 1575円
映画化された『のぼうの城』の著者による初のエッセイ集だ。全体は創作秘話と戦国武将をめぐるエピソードの2部構成である。歴史という、うるさ型マニアが多数存在するジャンルを扱いながら、この見事な肩の力の抜け方と独自の視点。やはり只者ではない。
小説『のぼうの城』は、映画用のシナリオとして書いた『忍ぶの城』(城戸賞受賞)が元になっている。作品の舞台は現在の埼玉県行田市にあった忍城(おしじょう)。レンタル自転車を漕ぎながらの取材は、ほとんど珍道中だ。周囲を湖に囲まれていたという忍城の跡を探すと、現在は中学校のグラウンド。石田三成が忍城を水に沈めるために造った堤防は、わずか数十センチの土手に成り果てていた。目の前の現実から400年前を想像するプロセスが可笑しい。
また武将たちを見るポイントもユニークだ。家康が敵を欺くために「馬鹿を演じていた」という説に対し、それは家臣たちによる単なる「深読み」に過ぎないと持論を展開。また秀吉はここ一番で捨て身になれる男であり、信長はモラルにおいて子供っぽい。さらに信玄は戦(いくさ)を面倒くさがっていたのではないかと推測する。いずれも既成概念にとらわれず、自身の感性で彼らと向き合った結果である。
(2012.11.10発行)
菊池省三・関原美和子
『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡~生きる力がつく授業』
講談社 1260円
荒れていた学級を甦らせた小学校教諭、その1年間の記録である。教室の張り紙が象徴的だ。「無くしたい言葉」として、死ね、ばか、キモイなど。「あふれさせたい言葉」は、ありがとう、ごめんねなど。生徒たちに降りそそぐ“褒め言葉”が彼らの心を変えていく。
(2012.10.03発行)
三輪太郎 『大黒島』
講談社 1785円
中禅寺湖の島にある小さなお堂を守るのは、銀行を辞して僧侶となった私だ。ある日、かつての同僚が現れ昇進祈願をしていく。半年後、彼の願いは叶ったが、息子が事故に遭った。私は大黒天の力と意思を問う、ある賭けに出る。リアルと幻想を行き来する奇譚集だ。
(2012.10.18発行)
鈴木琢磨『今夜も赤ちょうちん』
ちくま文庫 840円
東京、気仙沼、そしてソウルの居酒屋100軒が並ぶ、罰当たりな「呑兵衛コラム」集だ。読めば、自分がカウンターに座り、飲んで、食べて、しゃべっているような、悔しい錯覚に陥る。著者は毎日新聞編集員。3年前に出版された単行本の大幅加筆&再編集版である。
(2012.10.10発行)
柴田勝二 『三島由紀夫 作品に隠された自決への道』
祥伝社新書 861円
三島由紀夫は、なぜ1970(昭和45)年11月25日に自衛隊市ヶ谷駐屯地に乱入し、自決という方法でその生を閉じたのか。著者は、その謎を解く鍵が三島作品の中にあると考え、独自の視点で分析していく。たとえば、「潮騒」に込めた新たな<日本>への希求。「金閣寺」における対米追随への批判。国家と天皇への絶望に満ちた「サド侯爵夫人」。そして三島の文学と行動を理解する上で重要な意味をもつ、「豊饒の海」4部作の第1巻「春の雪」。やがて読者は驚くべき三島の決意と、11月25日の意味にたどりつく。
(2012.11.10発行)
小路幸也 『スタンダップダブル!』
角川春樹事務所 1575円
「東京バンドワゴン」シリーズで知られる著者の最新作は、故郷の北海道を舞台に描く、痛快にしてハートフルな高校野球小説だ。
旭川の神別高校野球部はこれまで目立つことのなかった弱小チーム。剛速球投手もホームランバッターもいない。ところが、今年はなぜか強い。新聞記者の絵里は彼らに注目する。試合を見ていると、外野に飛んだヒット性の当たりをことごとくキャッチしてしまう。センターを守る青山健一の見事な守備だった。しかも絵里の目には、健一がピッチャーで双子の青山康一の投球と同時に、ボールの落下点を目指して走り出しているように見える。その妙技には仲間しか知らない秘密があった。
チームを率いるのは、かつて甲子園球児だった田村監督だ。「僕もこのチームの一人です。それ以上でも以下でもありません」という田村は、選手たちの気持ちを第一に考えて戦術を組み立てていく。それは高校野球の常識やセオリーとは異なる独自のものだ。本書の読みどころの一つがそこにある。
やがて始まる地区予選。ひたすら甲子園を目指す選手たちには自分たちだけの理由があった。しかし、その理由と強さの謎を探ろうとする者が現れて・・・。
(2012.11.18発行)
鷲巣 力 『「加藤周一」という生き方』
筑摩書房 1785円
加藤周一が亡くなって4年。現在のこの国の混迷ぶりを見る時、加藤がいたらどんな発言をし、どのような行動をとったろうと思う人は多いはずだ。著者は担当編集者として長く加藤に接し、著作集の編集にも携わった。本書では膨大な作品はもちろん、「研究ノート」など未発表資料も駆使しながら人間・加藤周一を解読していく。
ここに記された加藤の人物像は、その複雑性、多面性において、世評や通説を覆す。早熟にして晩成。理知的にして情熱的。合理と不合理、西洋文化と日本文化、思索と行動などが加藤の中に絶妙なバランスで並立していたのだ。
加藤を解く最初の手がかりは「詩歌」である。加藤は大切に思っていた妹や愛した女性たちへの気持ちを詩歌に込めた。次に著者は加藤を形作ったものとして祖父や父、師の渡辺一夫、友人である林達夫などを挙げる。特に「合わせ鏡」として林を配置することで、加藤の実相を浮かび上がる。
自身の「あり得たかもしれない人生」を、石川丈山、一休宋純、富永仲基の3人に託して語っていた加藤。読み進むにつれ、言葉・知識・信念・政治・美という、この稀有な知識人を表す5つのキーワードの意味が見えてくる。
(2012.11.15発行)
橋本 治 『橋本治という立ち止まり方』
朝日新聞出版 1890円
2008年から今年にかけての時評エッセイ集。本をめぐる考察に始まり、難病による突然の長期入院、さらに昨年の大震災と、孤高の作家の怒涛の日々が綴られる。らせん階段を昇るような著者の思考の連なりが、思わぬ視界を与えてくれる。立ち止まって考えるべし。
(2012.10.30発行)