「・・・件名 やはり人格を疑います・・・・
まず、こういう個人のやり取りを、ブログで公にするのが信じられないですが、その点からして、やはり人格を疑う。
私があなたに以前意見を述べたのが、ブログ上ではなく、個人宛のメールだったのは、あなたにだけ伝わればいい事だと思ったわけで、他の人には全く関係ないことだと思うのですが、違いますか?
公にしてみんなで議論したいのですか?
「はっきりさせましょうね、愛媛さん」
こういう風に、個人宛の、挑発的な文面を、公のブログに載せるのはどうかと思う。
そういうのは私だけに、連絡すればいいことではないだろうか・・・
私の場合に限らず、あなたの日記には、公で個人に文句を言う文面が多いと思う。
まず、作品作りの流れについて、疑問に思うことがある。
最初、作品について依頼したときから、半年という時間がたったのであれば、
“やっぱり愛媛から連絡が来ていない”とか
ブログ上でこちらを非難する前に、
そちらから“そろそろ始めますから、構想をまとめておいて”という連絡があってしかるべきなんじゃないでしょうか???
いきなり電話が来て、「順番が来ましたからブログを見てくれていないと困ります」的な事を言われても、世の中毎日毎日パソコンにかじりついてる人ばかりではないということをご理解願いたい。
次に、下絵の段階で、私としては大まかな構図の“下絵の下絵”とも言うべきものを、最低2~3枚は当然見せてくれると思っていた。
それは家を建てるときでも、洋服を作るときでも同じだろうと思う。
まず、いろんな間取りのパターンを、2~3枚持ってきて、その中で一番しっくり来るものを選んで、そこから初めてしっかりした設計図を作るのが普通じゃないのだろうか?
いきなりバ~ンと、“下絵です”って見せられたら、それを却下するのには相当の勇気が要る。
私も最初の下絵を見せられたときは、我慢してこのまま黙っていようか、随分葛藤があったが、どうしてもあの胡蝶蘭が私にはいやらしく見えてしまって、理由はいわなかったが却下した。
多分この時点で、私が何も言わなければ、何事もなく済んでいたことだろう。
そしてここでも、あなたの日記上で、下絵を却下されたことへのグチが満載される。
普通の神経なら、これを読んだ依頼人は、まるでこちらが悪いことをして責められている犯罪者のように萎縮してしまう。
私もそうだった。
でも、以前にも言ったように、作品が出来上がって、それを見るたびに嫌な思いになるのなら、今嫌な思いをしてでも変更してもらうべきだと思ったから、あえて変更してもらった。
文に脈絡がなくて悪いが、“200円しか持っていない小学生”というのは、極端なたとえ話というのがお分かりになりませんか?
別に私の子供たちのことを言っているわけではない。
今時、200円しかもっていない子のほうが珍しいだろうと思う。
値段について。
最初に提示した値段は、下記のサイトの真ん中辺りの、百合の作品を参考にさせてもらった。
http://www.dolphinring.jp/order.html
モザイク芸術というのは、私にとっては未知の世界だ。そちらが金額を提示しないのなら、自分で手がかりを探すしかないではないか。
本体が4万、額が2万となっているので、私の依頼品も、大きさから考えてこのぐらいの金額じゃなかろうかと、推測させてもらっただけの話だ。
作品を仕上げるのに1週間かかろうが、1ヶ月かかろうが、それはそちらの事情であり、依頼人には全く関係のない話になる。
あくまでも出来上がった作品に対しての値段である。
それに費やした時間や労力が、いかに膨大なものであっても、日給で換算するのは全くおかしな話だ。
依頼作品について。
ここでも私とあなたの、“故を偲ぶという”捉え方が180度違っている。
あなたは作品に、血しぶきだの、首だの、“死”とか“哀”を満載させた。
私は、それを見るたびに、故人を懐かしく思い出せるように、"生”や“愛”“ぬくもり”をあふれさせて欲しかった。
なぜ、こうも行き違うのか?
最初、“故人を偲ぶためのもの”、“店の入り口に飾るもの”という説明をしたときに、それは伝わっていると思っていたのは、私の間違いだったようだ。
あなたは命がけで作っているとおっしゃっているが、ブログで過程を見る限り、私にはそうは思えなかった。
完全に外枠は無駄な部分が多い。(あえて無駄と言わせて貰う)
注文された大きさをクリアするため、空間を埋めるためだけに、タイルを貼った感が否めない。
(ご自分でも、後は考えることもなくただ貼るだけ、時間が解決する、とおっしゃっている)
ああ、そうなんだ。私の作品って、バックの部分は考えなくてもできるんだ。じゃあ、誰がやっても同じじゃないか・・・
こう思ったのは事実だ。
あなたが作品を娘に例えるなら、
「娘さん本人は素晴らしいけれども、親が余計なことを言って、足を引っ張ってるよね」
と言うところだろうか。
私も、作品だけ見て、ブログは読まなければ良かったと、つくづく思っている。
まあ、終わったことをあれこれ言っても仕方がない。
私の注文した作品が出来上がった。
百合があって、ゴールドと淡いグリーンが使ってあることに、間違いはない。
作品から何を感じるかは千差万別、あなたの説明を聞くまでは、まだ店の入り口に飾るつもりでいたが、“死”を満載した説明を聞いた後で、それを店の入り口に飾るわけには行かない。
この作品は、私が引き取る意味がなくなった。
申し訳ないが、そちらで嫁入り先を見つけて欲しいと思う。
もちろんキャンセル料はお支払いするつもりだ。
当初の6万で。
“死”をイメージした作品には、6という数字がぴったりだ。
縁起のいい8は、この作品に対しては払えない。
意見の違うものは、お互いどこまで行っても、所詮平行線のままだ。
振込先を連絡してください。
終わらせましょう。
ブログ内での返信の仕方が分からないので、このメールはそちらで、ブログ上に載せてください。
と言う事なので、かぐやにお断りのメ-ルを頼んだ。
まず、こういう個人のやり取りを、ブログで公にするのが信じられないですが、その点からして、やはり人格を疑う。
私があなたに以前意見を述べたのが、ブログ上ではなく、個人宛のメールだったのは、あなたにだけ伝わればいい事だと思ったわけで、他の人には全く関係ないことだと思うのですが、違いますか?
公にしてみんなで議論したいのですか?
「はっきりさせましょうね、愛媛さん」
こういう風に、個人宛の、挑発的な文面を、公のブログに載せるのはどうかと思う。
そういうのは私だけに、連絡すればいいことではないだろうか・・・
私の場合に限らず、あなたの日記には、公で個人に文句を言う文面が多いと思う。
まず、作品作りの流れについて、疑問に思うことがある。
最初、作品について依頼したときから、半年という時間がたったのであれば、
“やっぱり愛媛から連絡が来ていない”とか
ブログ上でこちらを非難する前に、
そちらから“そろそろ始めますから、構想をまとめておいて”という連絡があってしかるべきなんじゃないでしょうか???
いきなり電話が来て、「順番が来ましたからブログを見てくれていないと困ります」的な事を言われても、世の中毎日毎日パソコンにかじりついてる人ばかりではないということをご理解願いたい。
次に、下絵の段階で、私としては大まかな構図の“下絵の下絵”とも言うべきものを、最低2~3枚は当然見せてくれると思っていた。
それは家を建てるときでも、洋服を作るときでも同じだろうと思う。
まず、いろんな間取りのパターンを、2~3枚持ってきて、その中で一番しっくり来るものを選んで、そこから初めてしっかりした設計図を作るのが普通じゃないのだろうか?
いきなりバ~ンと、“下絵です”って見せられたら、それを却下するのには相当の勇気が要る。
私も最初の下絵を見せられたときは、我慢してこのまま黙っていようか、随分葛藤があったが、どうしてもあの胡蝶蘭が私にはいやらしく見えてしまって、理由はいわなかったが却下した。
多分この時点で、私が何も言わなければ、何事もなく済んでいたことだろう。
そしてここでも、あなたの日記上で、下絵を却下されたことへのグチが満載される。
普通の神経なら、これを読んだ依頼人は、まるでこちらが悪いことをして責められている犯罪者のように萎縮してしまう。
私もそうだった。
でも、以前にも言ったように、作品が出来上がって、それを見るたびに嫌な思いになるのなら、今嫌な思いをしてでも変更してもらうべきだと思ったから、あえて変更してもらった。
文に脈絡がなくて悪いが、“200円しか持っていない小学生”というのは、極端なたとえ話というのがお分かりになりませんか?
別に私の子供たちのことを言っているわけではない。
今時、200円しかもっていない子のほうが珍しいだろうと思う。
値段について。
最初に提示した値段は、下記のサイトの真ん中辺りの、百合の作品を参考にさせてもらった。
http://www.dolphinring.jp/order.html
モザイク芸術というのは、私にとっては未知の世界だ。そちらが金額を提示しないのなら、自分で手がかりを探すしかないではないか。
本体が4万、額が2万となっているので、私の依頼品も、大きさから考えてこのぐらいの金額じゃなかろうかと、推測させてもらっただけの話だ。
作品を仕上げるのに1週間かかろうが、1ヶ月かかろうが、それはそちらの事情であり、依頼人には全く関係のない話になる。
あくまでも出来上がった作品に対しての値段である。
それに費やした時間や労力が、いかに膨大なものであっても、日給で換算するのは全くおかしな話だ。
依頼作品について。
ここでも私とあなたの、“故を偲ぶという”捉え方が180度違っている。
あなたは作品に、血しぶきだの、首だの、“死”とか“哀”を満載させた。
私は、それを見るたびに、故人を懐かしく思い出せるように、"生”や“愛”“ぬくもり”をあふれさせて欲しかった。
なぜ、こうも行き違うのか?
最初、“故人を偲ぶためのもの”、“店の入り口に飾るもの”という説明をしたときに、それは伝わっていると思っていたのは、私の間違いだったようだ。
あなたは命がけで作っているとおっしゃっているが、ブログで過程を見る限り、私にはそうは思えなかった。
完全に外枠は無駄な部分が多い。(あえて無駄と言わせて貰う)
注文された大きさをクリアするため、空間を埋めるためだけに、タイルを貼った感が否めない。
(ご自分でも、後は考えることもなくただ貼るだけ、時間が解決する、とおっしゃっている)
ああ、そうなんだ。私の作品って、バックの部分は考えなくてもできるんだ。じゃあ、誰がやっても同じじゃないか・・・
こう思ったのは事実だ。
あなたが作品を娘に例えるなら、
「娘さん本人は素晴らしいけれども、親が余計なことを言って、足を引っ張ってるよね」
と言うところだろうか。
私も、作品だけ見て、ブログは読まなければ良かったと、つくづく思っている。
まあ、終わったことをあれこれ言っても仕方がない。
私の注文した作品が出来上がった。
百合があって、ゴールドと淡いグリーンが使ってあることに、間違いはない。
作品から何を感じるかは千差万別、あなたの説明を聞くまでは、まだ店の入り口に飾るつもりでいたが、“死”を満載した説明を聞いた後で、それを店の入り口に飾るわけには行かない。
この作品は、私が引き取る意味がなくなった。
申し訳ないが、そちらで嫁入り先を見つけて欲しいと思う。
もちろんキャンセル料はお支払いするつもりだ。
当初の6万で。
“死”をイメージした作品には、6という数字がぴったりだ。
縁起のいい8は、この作品に対しては払えない。
意見の違うものは、お互いどこまで行っても、所詮平行線のままだ。
振込先を連絡してください。
終わらせましょう。
ブログ内での返信の仕方が分からないので、このメールはそちらで、ブログ上に載せてください。
と言う事なので、かぐやにお断りのメ-ルを頼んだ。