katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

しばらく振りのわんちゃんとみどりの相席教室

2017-06-17 01:41:01 | モザイク教室
今日はお久しぶりに台湾からわんちゃん来日。いつもなら2日間なんだけれど、今回はお忙しいらしく本日のみ。そんな中、午後からみどりが合流。そんな訳で、1日だけと言う事もあって、本日は小物作品となったのだけれど、既に1人で菊はやってあって・・・バックのガラスタイルとなったのだけれど。

この先どうしたら・・・?みたいな話だったので、色決めしちゃダメって事だけは伝えたんだけれど、それに付いてはブログでしっかり理解してくれていたので、手を付けなかったのも理由の1つだったみたいで・・・それなら・・・とこんな話をしたのね。

お花は色々あれど、いつしかの棟梁の蓮の花って言うのが、セレモニーの仏壇の花のイメージって無いかな?みたいな話を思い出せば、では菊は?どんな感じ?・・・って事になると、これもまた仏花って感じはしないだろうか?・・・・もしそうであるのなら、この菊はお父さんに・・・って意味だよね?

ここは思い込み無く、ストレートに確認すると、お察しの通りです・・・って事なので、それなら・・・と、例えばお通夜の夜に飾りますだったとすると、黄土やら茶色に金とかのガラスタイルを使ったりすると、だいぶ神々しくなったりする。しかも金だらけよりも品があったりもする。

ではそれよりも軽い雰囲気にすると・・・白やらパールなんかのガラスタイルはどうだろうか?ここで大事なのは飾る場所なのね。例えばお通夜の晩でセレモニーとなると、その賑やかさの中でのアピールみたいな話になるから、どうしても格式やらフォーマル感が必要な感じがするのね。

それが濃い色の選択となったが、それより軽く・・・って言うのは、それ以降の自宅で飾るとなると、毎日見る・・・つまり日常なのね。さっきの場合、その日1日の事・・・つまり非日常。ここが微妙に変わるさじ加減の話になると思うのね。それを更に軽くしたとする。

それが先日の白衣の天使みたいな話で、白は白無垢なんて言葉のイメージは汚れていない・・・とか、色が付いていないって言う事が、色が無い格式なんてもんに繋がる感覚なんだと思うのね。それが今風になると、そこを緩くして薄ければ、ピンクや水色なんてもんもあったりする。

ただだからと言って仏壇の横にピンクのバックってあるだろうか?・・・となると、そんな考え方を踏まえたりすると、こうなったって話なのね。つまり考え方は、どんな色にしようかな?じゃなくて、どんなイメージなのか?そのイメージにあったものは何色か?なのね。

それが決まったら、後は切るって事になるのだけれど、ついつい目地幅を狭くしてピッタリ・・・ってやろうとしてしまうのね。ただそれはハードルをとても上げてしまうのね。そこでいくらか目地幅を取り、一体どの色がメインなのか?を決めて、メインは隣り合わせはかぶっても良いけれど、

白やら緑はあくまでトッピングの役目なので、余り大きくしないように・・・って意識しないと、数を減らしても1つ1つのパーツが大き過ぎると、物凄い主張をするので気を付ける事なのね。それとイメージは1年から6年とか、いびつ角形とか、ここで良く聞く造語を思い出せばお小言みたいな話。

まっ、ほぼブログで執拗に言って来た事だけれど、わんちゃんはブログを見て理解してくれているのね。正直、わんちゃんのモザイクを見ると、ここで一生懸命説明をして来た甲斐があると思わせてくれるのね。それは小物と言えどこのグレード・・お見事なのね。

無駄じゃ無かった・・・と思えたりする。流石に弟子になりたい・・・なんて言ってくれるだけあって、熱意もそうだけれど、これ1つ取ってもとても趣味なんて言えない作品になっているのね。しかもこんなにアトリエに来られる数が少ない中で・・・頭が下がるのね。

何しろここでアップしている作品の数々を遠く離れた場所から見れば、上手くなりたいな・・・と思いつつ、何だかなぁ・・・って思う時もあるだろうし、批評1つにしても中々生の声も聞けないしね。そんな中、今日はみどりの声が聞ける訳だし・・・・。

そんな相席のみどりは割と順調で、ひとまず悩みから抜けたようなのね。そんな中、夕方キウイがやって来て・・・・またもう1人上級者の批評が聞けた訳で・・・報われたろうし、救われたと思うのね。何しろ上級者2人に凄い・・・と言わせたのだから。

ただそこまで褒められたのなら、1つ位はお小言かな・・・と思いつつ、今褒めてくれた2人は菊を褒めてくれたのね。だからバックのガラスタイルも同じ扱いで褒めて貰えれば作品のグレードは上がるって話だけれど、それはプレッシャーにもなる。けれど、褒められたからプレッシャーが掛かる訳で、でも言い方を変えれば、手慣れた1cmの部分を褒められたのだから、手慣れていないガラスタイルなのだから、見劣りしても仕方無いのね。

だから気負いせずに、初めての事なのだから・・・と1cmのグレードに合うイメージよりも、何とか逃げ切る・・・何とかしのぐ・・・そんな感じ。その時に例の造語のような言葉が基本だから、呪文でも唱えるように、確認しながら進めば、きっと何とかなるはずなのね。

その時に必ずメインの菊が助けてくれる。大丈夫なのね・・・それだけのグレードに見えるから。慌てずにいつも通りに趣旨だけ曲げずに進めればね。そうすれば、結果は後から付いて来る。またね・・・わんちゃん。

そうね、月に何度も教えられると、教えた事が上手く伝わらなかったりしても、大きく崩れる事が少ない。しかも、時間に余裕も生まれるから、余分な話も出来る。そんな時間がアイデアとか、次なる展開のきっかけを生む時間だったりもする。

それが月に1回だと、今日の時間が進む事だけに使われれば、指導は今の現状に費やされる。そうなると、その時間の中に余裕を何とか作り、そのわずかな時間の中で、次なる展開の話を盛り込まないとならず・・・短い時間の中、自然と考えながら・・・進めるって事になる。

けれどそれも、自宅でやらなければその時だけの事で済むけれど、わんちゃんのように教えたわずかな時間で、自宅の方の時間の方が長い・・・って場合、伝わらなければ完全に違う仕上がりになっていたり、怖くて進めないなんて事になったりもする。

ただこれだけ切る張る技術が身に付いたのなら、後は自分自身・・・つまり作り手の心持ち次第。心を一定に保つ事が出来れば良いだけ。ただ常に向上心を持って臨むと、いつものように・・・と一見、正しいように思えるが、環境、状況、体調、全ていつも通り整うなんて事は少ない。

そこで今日の自分は?と、いつもと何が、何処が、違っているか?そしてそれを補える何か?があるか・・・とか、いずれにせよ己を知る事は大事だったりする。その調子を知れば、どの位進めば上出来なのか?果たしてこんなに進んでおかしく無いか?とか、色んな事から自分を知る事が出来る。

しかも、その結果から知っては手遅れになったりもするのだから、前もって判っていれば、注意も用意出来る訳で・・・。備えあれば憂いなしなのね。ただ、この話も、満面な笑顔で毎日を暮らせて、生活の潤いなんて感じのトッピングに使うような制作の場合は、一切必要の無い話なのね。

これはあくまで本当に上手くなりたい・・・と思ったり、オリジナルの作品で、えっ?これ貴方が作ったの?・・・・なんて表現をされてみたいような制作をして見たい人の話で、楽しくのみを追求の場合、逆にうっとうしいだけになるのね。あはははは。

ただそれを選ぶと楽しいだけでは済まないし、結果が思うようにならないだけでも心が削られる事もある。けれど、努力って何だろう?って考えた時、楽しいだけは楽しい事の結果だろうし、努力の重さは全く違うものになるだろうね・・・きっと。だから心打たれる作品には重みがあるのね。

まっ、後は信じる者は救われるのか?触らぬ神にたたりなしなのか?は俺の決める事じゃなくて、携わった人の問題なのね・・・。そう言う点では、わんちゃんも大きくこっちよりなのね。ならば近くにいようが、遠くだろうが、何とか伝えたい・・・って気持ちで綴るしか無いのね。

そう言う気持ちもあって・・・のここ。なのね。








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