経営コンサルタントへの道

コンサルタントのためのコンサルタントが、半世紀にわたる経験に基づき、経営やコンサルティングに関し毎日複数のブログを発信

2月4日(月)のつぶやき

2019-02-05 18:18:40 | ブログ

■【つぶやき一覧】このようなことをつぶやきました

平素は、ご愛読をありがとうございます。

昨日は、以下をつぶやきました。

【今日は何の日】も、発行済ですので、そちらもどうぞ

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/ceb6001487640bd02b82ea994fa107da

■ ふたごの日 2/5

 「ふた(2)ご(5)」の語呂合せから、2月5日を双子育児用品の専門店・ベラミが制定しました。

 ベラミ(Bel-Ami)は、もともとは、モーパッサンの小説のタイトルで、「美しい男友達」という意味です・・・・・<続き

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■■【経営コンサルタントのお勧め図書】 「終わった人」 定年を迎えたメインバンク出身の男性を描いた内館牧子著の話題作

2019-02-05 16:23:16 | 経営コンサルタントの本棚

■■【経営コンサルタントのお勧め図書】 「終わった人」 定年を迎えたメインバンク出身の男性を描いた内館牧子著の話題作

 「経営コンサルタントがどのような本を、どのように読んでいるのかを教えてください」「経営コンサルタントのお勧めの本は?」という声をしばしばお聞きします。

 日本経営士協会の経営士・コンサルタントの先生方が読んでいる書籍を、毎月第4火曜日にご紹介します。

■  今日のおすすめ

 『「終わった人」〔内館牧子著 講談社〕』

 内館牧子(うちだて まきこ、1948年9月10日 - )女史は、脚本家として、いろいろなドラマで活躍していますが、作家としての道も歩まれています。

 日本で最初の横綱審議委員会委員として活躍された時期もあり、東京都教育委員会委員を始め、公職としても活躍しています。

 

■【経営コンサルタントの本棚】 「終わった人」 内館牧子著 講談社 

 

◇ <その1>「終わった人」とは

 

「定年小説」というジャンルが、小説にあるそうです。これまでの代表作として城山三郎氏の「毎日が日曜日」を私は挙げることができます。

 2107年に発刊された内館牧子氏の「終わった人」という小説が、映画化されるなど、大変脚光を浴びています。

 私は、このタイトルを見たときに、「社会的に存在価値のなくなった人」という捉え方から、自分も、その仲間入りしつつあるのではないかと実感するようになってきました。

 そんな気持ちを確かめるために、この本を手に取ることにしました。しかし、日常業務にかまけて、なかなか紐解くことができなかったのです。

 ところが、読み始めたら、脚本家として培ってこられた、わかりやすく、読みやすい文章ということもありますが、ストーリーに引き込まれてしまいました。仕事の合間を見ての読書から脱して、連休を利用して一気呵成に読んでしまいました。

 

 それだけ、評価の高い作品といえます。

 


◇ <その2> 主人公の生い立ちと出世街道

 

 大手銀行の出世コースをまっしぐらに走る主人公は、東大法学部出身者です。その様な人が銀行に入れば、当然のことながら、エリートコースに乗ることになります。早い出世は、約束されたようなもので、将来は、役員間違いなしでしょう。

 主人公は、予想通り、成功して行き、いよいよ役員選考時になり、当然のことながら本人も「今回は間違いなし」と確信しています。

 本人は、もとより、周囲も、学歴からも、その実力と実績からも高く評価されていました。

 上司に呼ばれ、役員昇進が決まったことを告げられれば「なんと言おう」と思案しながら、また、どの様な部署を担当する役員なのか期待しながら、上司の個室に向かいました。

 まもなく、自分にもこの様な個室が与えられることになると、ネガティブな言葉が待っているとはみじんも思わず、ドアをノックします。

 上司から、告げられたのは、社員30名ほどのシステム関係の子会社の専務取締役としての出向でした。

 左遷であることは明白ですが、周囲は「栄転」と言って送り出してくれました。パーティー会場から送り出されるとき、慣例として黒塗りの車での送り届けの車内の主人公の心中を適切に描いている内舘氏、経歴を見たら、本人もサラリーマン生活を送ったことがあるのです。


 出向先の子会社では、気持ちを切り替えて取り組まざるを得ません。経営改革努力は、実を結び、結果として出てきました。本社への配転も視野に入ってきました。

 しかし、会社の性格上、本社等からの受注産業的業務で成り立つ企業です。売上は安定していますが、大きな変革は期待できません。かといって、銀行という信用を重んじる企業ですので、無関係の会社からの受注は許されません。成長に限界があるのです。

 早く本社に戻りたいが為に、それでも体質改善の努力をしますが、なんと、出向から、その子会社への転籍という通知が来たのです。本社へ戻る道は絶たれたといっても良い状況になりました。


 大企業には、派閥争いという出世に大きく影響する潮流があります。主人公は、超一流の大学、しかも銀行での出世コースのための法学部を優秀な成績で卒業したのです。

 しかし、自分の配属部署にいることで、成り行きで所属することになった派閥が、主流から外れてしまい、トップで入社したにもかかわらず、同期の、しかもどちらかというと、それほどでもない男に、自分の進むべき道を盗られてしまったのです。

 その気持ちがいかばかりであるかは、われわれ凡人には解らないかも知れませんが、想像はつきます。出世競争というのは、厳しいものですけど、運・不運が伴うということは、なんとなく公平性に欠けているように思えます。 <その3へ続く>

 

◇ <その3> 定年退職者の心理

 

 前回、内館牧子女史の「終わった人」という書籍のイントロの部分として、主人公の学生時代からの生い立ちと、就職から出稿までの経緯についてお話しました。今回は、その後の主人公について、お話します。


 本社へ戻る道が絶たれた主人公は、定年延長という道を選ばず、会社が定めた62才で定年退職する道を選びました。送別パーティが終わり、型どおりの花束贈呈が済むと、一人寂しく家路につきます。

 翌朝からは、自分だけの時間を謳歌できるようになります。

 数日の謳歌が済むと、なんとなく居心地の悪さを感ずるのでしょう。これは、大半の定年退職者が感じることではないでしょうか。

 肩書きのない生活は、サラリーマン生活に浸りきってきた主人公には、馴染めずにいます。

 健康的な老後を過ごすためにスポーツジムに通うのですが、明るい、健康的なところを想定していたにもかかわらず、予想とは異なり、高齢者の吹きだまりのような思いを主人公はします。

「あの人達のようには、なるまい」と思う主人公の気持ちがわかるような気がします。でも、あの人達と同じように、主人公も、誰が見ても年寄りなのです。しかし、同じようになるまいともがきます。

 ひとり、年齢の若い男性がいて、年寄り達に囲まれて、ランチを一緒にしています。それを別に羨む気持ちはありませんが、主人公も誘われるものの、乗り気にはなりません。

 居場所のなさを感ずるのが、定年退職者の性でしょうか。

 

◇ <その4> 第二の人生が始まる

 

 定年退職すると時間が自由に持てます。ところが、しばらくすると、それに疑問を持つようになります。主人公は、スポーツジムに通うのですが、予想と異なり、スポーツジムは高齢者のたまり場なのです。

 そのような中で、主人公は、大学院に行こうと決めたのですが、入学試験として論文があります。そのテーマをなににするのか迷いながらも、関心のあるテーマが、自分の専門外であることから、論文に仕上げられる基礎知識を習得するためにカルチャースクールの門をたたきます。

 受付の担当者と話をしているうちに、自分の故郷の有名人、石川啄木をテーマにすることに考えを変更しました。受付担当の女性が親切で、親しくするうちに、すんなりとそうなったわけではありませんが、食事に誘う仲となりました。

 しかし、東大出の秀才でも、不倫とはいえないが、女性との交際と大学院受験とは両立為ません。論文をまとめるということは簡単ではなく、やがて、それに集中するようになります。


 その様な折、スポーツジムに通っていたときの40歳代の男性と、道でばったりと会います。

 ジムに通っているときには、高級車を乗り回す、その男性にはあまり関心を持ちませんでした。ところが、彼が、ICT関連の会社の社長であることが判明、それだけではなく、主人公を顧問として迎入れたいというのです。

 その理由は、主人公の学歴、銀行定年退職(実際は、子会社)という経歴に関心が高いのです。ICT企業というのは、若い社員が多く、顧客からの信頼をなかなか勝ち取れませんし、金融機関からはなかなか資金貸し付けなどを得られません。主人公の経歴は、その様な企業にとっては魅力的なのです。

 サラリーマン生活の長い主人公には、その”性(さが)”が、頭を持ち上げ、顧問を引き受けることになりました。

 幸い、主人公の経歴がモノをいい、業績も向上し、主人公も、その会社では不可欠な存在と、社長だけではなく、社員も思うようになりました。以前いた会社と同じような規模であり、そこでの経験を活かすことができたのです。

 大学院受験は棚上げ、一方、気分的にゆとりが出てくると、カルチャースクールで出遭った女性と再び食事をするようになりますが、それ以上の進展はありません。 <その5へ続く>


◇ <その5> 若い社長の突然死

 

 銀行で出世競争に敗れた主人公が、その子会社で定年を迎え、悠悠自適の生活を始めましたが、それに満足できません。通っていたスポーツジムの会員である、40歳代の男性の誘いで、ICT企業の顧問を務めるようになりました。

 主人公は、定年退職でくすぶっているような人ではなく、”働くこと”に生きがいを感じる人ですので、ICT企業における新しい日々を謳歌できるようになりました。

 しかし、よいことは、いつまでも続くとは限りません。若い社長が突然他界し、明るい空気が一変してしまいます。

 主人公は、後任の社長候補を心に決め、取締役会に臨みます。その場で、その案を提示しますが、意に反して、四人の取締役は、主人公を社長に迎入れたいと、固い決意を示します。

 主人公は、一旦は断りますが、結局、引き受けることになりました。

 経営者が代わると、金融機関や取引先が心配するので、挨拶回りをします。幸いなことに、主人公の経歴がモノをいい、大半が従来のマーケティング間継続できることになりました。

 新たに打つ手が当たり、好調に推移します。

 国内事業だけではなく、海外展開も視野に入り、幸いなことに東南アジアの某国の顧客との商談がまとまりました。相手企業は、国の高官が関与する企業で、その契約を進めることにしました。

 3億5000万円の商談ですので、会社は一気に活気を呈するようになりました。

 かつて通っていたカルチャースクールで知り合った女性との会食も再開できました。

 妻は、かねてから計画していた、自分の美容室を持つための準備を着々と進めています。

 

◇ <その6> 恋人の裏切り

 

 よいことはいつまでも続くわけではないということを知る主人公に、新たな試練が襲ってきます。

 政府高官をしている、海外取引先の企業のオーナーが失脚してしまいます。そのため、いろいろと手を尽くしたものの、3億5000万円は、回収不能となってしまいました。

 金策に走る毎日。元勤務していた銀行も冷たいもので、ましてや他行も掌を返すがごとく、融資をしてくれません。

 当然のごとき成り行きで、倒産。社長として9000万円の負債を負担することになりました。

 そのタイミングで、自分の美容室の開店が行われました。

 妻は、態度を一変。夫婦仲は険悪となり、主人公は主夫となってなんとか結婚生活は続きます。しかし、まともなコミュニケーションもない日々です。

 カルチャースクールの女性と会食の機会を作り、抜き差しならない関係になるように画策します。ところが、ことの成り行きで、実現できませんでした。

 その背景には、主人公が腰を抜かすようなことが進んでいたのです。

 主人公の従弟の家で会食することになり、難とその席に偶然、主人公がいるのを知らずに、その女性が訪れてきたのです。その女性と従弟とことの関係を知った主人公の気持ちはいかばかりでありましょう。 <その7へ続く>

 

◇ <その7>「 終わった人」の人生の行く末

 

 悶々とする主人公のところに、故郷の高校で同窓会が開催されることになり、岩手に帰郷しました。級友と再会、自営業や、中にはNPO法人を立ち上げて、地方創生を行っているものもいます。

 母親にも会え、主人公は、何か新しい生き方もあるのではないかと気がつきます。

 主人公は、岩手に帰りたいという気持ちが強くなるのですが妻に対する贖罪ができなくなるということと、内心で葛藤をするのです。

 妻に話すと、意外とあっけらかんとして、岩手に帰ることに同意します。しかし、離婚はしないという条件が付きました。

 その言葉の裏には、主人公の贖罪において、ジワジワと攻める、真綿で首を絞めるような意図も感じられます。

 結局、主人公は新幹線に乗って、岩手への帰途につきます。妻から、一つ後の新幹線で追いかけるから、岩手駅で待つようにと連絡があります。

 二人で、主人公の母に会います。妻は、母親に心配かけまいと演技をしてくれます。主人公は、和らいできた妻の気持ちに安堵するところで、終わります。


 作者がいう「終わった人」と、読書前の私の「終わった人」という意味に、ニュアンスの違いを感じますが、それを上手に表現できません。

 私は、もっと狭く、たとえば主人公の銀行の中で、終わった人として周囲の冷たい目にさらされるというようなストーリー展開を想像していたのです。

 ところが、社会的に、価値のなくなった人ではありますが、まだ、社会は、主人公の価値を必要としているというのが、作者のいう「終わった人」です。

 ここに作者の大きさを感じました。

「終わった人」というのは、周囲の見方と、本人とでは、捉え方が異なることに気がつきました。自分自身が「終わった人」と気がついたときに、別のステージでの生き方を模索できる人と、それができない人が世の中に入るのではないでしょうか。

 後者の人こそ、本当に「終わった人」であって、この本の主人公のように、故郷で、新たな生き方ができるのではないかと、希望を捨てない人は、終わっているのではなく、新たな人生のスタート台に立てるひとなのです。

 私も、後者の、本当に終わった人ではなく、本書に描かれている、主人公のような道を見出したいと思います。

 

 

  <その1>「終わった人」とは

  <その2> 主人公の生い立ちと出世街道

  <その3> 定年退職者の心理

  <その4> 第二の人生が始まる

  <その5> 若い社長の突然死

  <その6> 恋人の裏切り

  <その7>「終わった人」の行く末

■■ 経営コンサルタントの本棚 バックナンバー ←クリック

■■ 【経営知識】管理会計 管理会計を再び紐解いてみてはいかがですか?

 

 管理会計を学んだことのある人は多いと思います。

 ところが、理屈ばかりで、今ひとつ面白みがない「学問」であると感じた人も多いでしょう。

 ビジネスパーソンは、管理会計を学問と捉えるよりも「経営実務のための経営思想」と捉えてみてはいかがでしょうか?

 ますます、わからなくなった!?

 と、お感じの方は、ぜひ、当ブログを参考にしてみて下さい。

 

■ “真”の管理会計とは何かを初心に戻って見直してみましょう

 管理会計は、私たちに「気付きの機会」を与えてくれる魔法の力を持っています。たとえば、需要予測をして、売上計画を立案したり、営業部門の課題抽出に使ったりなど、管理会計は現場の実務にとても役立ちます。

 一方で、「管理会計は理屈っぽい」「実務とかけ離れている」などと敬遠されがちです。その背景には、管理会計関連書の多くがアカデミックな著者による執筆だからです。経営というのは、泥臭い部分が多いので、現場で苦労している経営者・管理職や担当者の求めているものとは異なるところが多いのです。

 筆者は、40余年もの長きにわたって経営コンサルタントとして現場に密着してきました。従来の管理会計がバランススコアカードとか損益分岐点分析とかという経営手法の横割り的な目次構成でしたが、本書は、そのメリットを活かし、かつ利用者が求めている縦割り的な利用法をマトリックスに組み合わせたコンセプトで書かれています。

 また、経営コンサルタント団体として最も歴史と伝統のある「日本経営士協会」による、日本を代表する会計学の権威者が培ってきたノウハウを継承して、昨今の経営現場に即する形に管理会計を焼き直しました。その結果、従来の管理会計とは「別物」といえるほど、現場に則した管理会計書になりました。

 本書は、「営業・マーケティング編」として記述されていますが、営業職だけではなく、ICTや経営企画などの現場でも役立つ管理会計のノウハウと、自分の仕事に生かす方法を解説した「きょうか書(教科書+強化書)」です。管理会計で「なにができるのか」「どのように取り組むべきなのか」を興味のある項目から調べましょう!

目次

 第1章 管理会計を正しく理解する

 第2章 需要予測で売上計画を立案

 第3章 社内データを活用した顧客戦略に管理会計を活かす

 第4章 商品戦略、地域戦略に管理会計を活かす

 第5章 市場戦略に管理会計を活かす

 第6章 温かい管理に管理会計を活かす

 第7章 温かいプロセス管理ができる営業設備

 第8章 管理会計で営業力を向上させる

 定価:1,800円(+税) A5判/ページ数 359ページ

 

■ 著者プロフィール

 アメリカで経営学、マーケティングを学び、日本の商社で事務機器、印刷機器の輸出入業務や新製品開発と市場導入などを担当。ニューヨーク駐在所長、アメリカ法人役員などを歴任後、経営コンサルタントとして独立。パソコン揺籃期から中堅・中小企業のパソコン活用の啓蒙、ICT活用による経営戦略の指導など、国内のみならずグローバルなコンサルティング活動を展開。現在、日本のコンサルタントの地位向上、若手育成に力を注ぎ、日本経営士協会会長他、各種の要職に携わってきました。

 ソフトバンク「営業管理職のためのパソコンノウハウ」、秀和システム「ロジカル・シンキングがよ~くわかる本」「クリティカル・シンキングがよ~くわかる本(秀和システム 今井信行著)」、アメリカ・マグローヒル社「アメリカにとって今が対日進出のチャンス」など、著書や論文・寄稿・講演など多数


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◆【経営コンサルタントからのお節介焼き情報】 やらないで後悔するより、挑戦することを優先する

2019-02-05 13:07:10 | 経営コンサルタントからのメッセージ

◆【経営コンサルタントからのお節介焼き情報】 やらないで後悔するより、挑戦することを優先する


 
 日本経営士協会は、ご存知の方も多いと思いますが、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。
 
 会員は、それぞれ異なった専門分野を持っていますので、経営士同士が競合するというよりは、専門外の分野で補完し合っています。これを「共業・共用・共育」といっています。
 
 その異なった分野を持つ会員が、つれづれに思ったことや、入手した知識や情報のお裾分け精神から、皆様に、【経営コンサルタントのひとり言】としてお届けします。
 
 
 
 やらないで後悔するより、やってみることを優先する

 入社半年のAさんは、ある販売促進策を思い当たったのですが、これまで何度か提案しましたが「過去に事例がないから」という回答が返ってくる、新規なことに非常に消極的な課長に、それを提案するかどうかについて迷っていました。

 その販促策を実行するには費用もかかるし、本当に効果があるのかどうかも自信がありません。

 課長に提案するかどうか、悩みながらも、一方で、費用予算を見積ってみると、これまでに行った販促策に比べると中程度の出費であることが解りました。

 一方、その販促策による効果予測については、うまくいった場合、まあまあの線でいったばあい、うまく行かなかった場合の3つのケースで試算してみました。

 それを提案書としてまとめてみたものの、課長への提案について、まだ踏ん切りがつきませんでした。自分の優柔不断さに、我ながらあきれて、忸怩(じくじ)たる思いでした。

 その様なときに、営業部で活躍している同期のBさんに会い、相談をかけました。何ごとにも積極的なBさんは、「提案しろ」の一点張りで、Bさんが無謀なように思えて、かえって消極的になってしまいました。

 再び、提案書をジッと見つめながら、その提案書にまとめたときの苦労や、そこに投じた時間のことを考えているうちに、「これだけのエネルギーを投じてきたのに、提出しないままでは、貴重な経費を浪費することになるのではないか」と考えるようになりました。

 一方で、「もし、失敗したら、それ以上の損失を会社にかけることになる」という思いも出てきました。

 その時、Bさんが言ったことを反芻してみたのです。その時にはBさんを「無謀」と思ったAさんですが、提案をしないで、そのままにしていては、これまでの努力が水泡に帰すという気持ちに変化してきました。

「もし、この提案がうまく行けば、会社に貢献できることになる。提案しなければ、その機会を損失することになる。経験の浅い自分とは異なり、経験ある課長に当たってくだけろの精神で提案してみよう」という結論に達しました。

 案ずるより産むが易し

 課長は、Aさんが、自ら提案してきたことを非常に喜んでくれました。

「課長は、全てに消極的な人だ」と思い込んでいたAさんですが、話して見ると、ものごとをいろいろな角度から見る慎重さを持った人であることが解りました。

 Aさん自身、「課長は消極的な人」と決めつけて、それに固執していたことを反省する機会にもなりました。

 Aさんは自分では、「自分は決断力がない人間である」と思い込んでいましたが、課長から「新人でありながら、提案をする勇気と積極性を持っている」と誉められたことが非常に嬉しく思えたそうです。

 また、課長から「やらないで後悔するより、やってみることを優先する」ということの大切さも教えてもらえたことが大きな収穫であることにAさんは気がつきました。

「思い込みが激しいと、機会損失を引き起こす」ということも学んだと、Aさん自身、半年たらずで成長できてきたのだと自信を持つことにも繋がったそうです。

  (ドアノブ)

 


【経営コンサルタントの育成と資格付与】
 
 
 日本最古の経営コンサルタント団体・日本経営士協会とは



コンサルタント情報


◆【資格取得参考情報】 日本経営士協会の理念を映像で見る

 ちょっとした情報が、私達の智慧となることは多々あります。その情報が知恵の源泉であることに気づかないで機会損失を起こしていることは、それ以上に多いのかもしれません。


 経営コンサルタントの資格といいますと「中小企業診断士」を連想する方が多いと思います。

 中小企業診断士制度がスタートする10年以上前、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント資格が「経営士」なのです。

 中小企業診断士制度が発足したときに、中小企業診断士(当時は「中小企業診断員」と呼ばれていました)の育成に、日本経営士協会会員が協力しました。

 日本経営士協会は、60年余の歴史と伝統のある経営コンサルタント団体で、経営コンサルタントのプロ集団でありますとともに、若手経営コンサルタントの育成に尽力しています。

 中小企業診断士資格を取得するには、相当なる覚悟を持って受験準備をしなければなりません。ところが、すでに経営コンサルティング業で永年企業支援をしている先生方にとりまして、受験勉強をするゆとりはあまりないでしょう。

 そのようなベテランの経営コンサルタントが、資格がないためにビジネス拡大におきまして機会損失をしていることも事実です。

 日本経営士協会では、実力・実績・経験を重視した資格付与審査をしていますので、それらの先生におきましては、中小企業診断士よりも資格取得をしやすいと言えます。

 日本経営士協会の理念を映像で紹介していますので、この機会に是非ご覧下さることをお薦めします。学科試験なしで資格取得ができる「特別推薦制度」を利用する道へのお手伝いも致します。


shachou tv

◇ 立ち読み
◇ 全映像(7分)
【 注 】 映像開始まで時間がかかることがあります。


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◆【経営コンサルタントの独り言】 経営に王道なし、されど成功の道はある

2019-02-05 11:42:57 | 【話材】 経営コンサルタントの独り言

◆【経営コンサルタントの独り言】 経営に王道なし、されど成功の道はある

   右:僕「Qちゃん」

  左:妻「ハナちゃん」

 
  僕、伊豆半島天城山中で生まれた
  イノシシの「Qちゃん」で~~す
  隣は愛する「ハナちゃん」
  2019年は、僕の年、亥年です。
 
  鶏の唐揚げも良いけど
  タルタルソースがたっぷりとかかった
  エビフライは、なんとも言えない!
  アレッ 
  僕は、猫だっけ?
 

 
 平素は、ご愛読をありがとうございます。

 毎日、たわいのない独り言を、【経営コンサルタントのひとり言】として、徒然に綴っています。

 今日は何の日と併せてご覧下さると幸いです。

 

【経営コンサルタントの独り言】

■ 
経営に王道なし、されど成功の道はある

 私は、「経営に王道なし」「経営に秘策はない」と考えています。

「それでは、経営コンサルタントなど不要ではないか」と言われてしまいそうですね。


 経営環境は日々変化しています。

 その中で、マイナーチェンジをしながら企業経営を行って行きます。

 しかし、全体ベクトルはかわりません。

 それがぶれてはダメなのです。

 そのためには、何を、どのようにしたら良いのか、経営コンサルタントはアドバイスをします。


 ところが、時には時代が大きく変化し、それに対応できない企業が出ることもあります。
 その時には、舵を大きく切る必要があります。

 これが全体ベクトルの切り替えです。

 生兵法は怪我のもと、ここで必要なのは、“真”のプロ経営コンサルタントです。

 では、そのようなプロフェッショナルは、どこに行けば見つかるのでしょうか・・・

  http://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/e949f82f36d6a980e36728f806a4f760

  http://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/429df70ca17002fb14275749f31aefd4

 

(ドアノブ) 

 西の日 2/4

 「に(2)し(4)」の語呂合せから、2月4日を「西の日」としています。
 今日、西の方角へ向かうと、幸運に巡会えるとされていますので、西の方に行かれてはどうでしょうか。
 でも、1m西に・・・・・<続き



 

【経営コンサルタント(志望者)へのお勧めブログ】
 ◇ 経営コンサルタントへの近道・資格取得

 ◇ コンサルタントバンク人材銀行
 ◇ 経営コンサルタントになろう
 ◇ 経営コンサルタントQ&A
 ◇ 独立・起業/転職


【経営者・管理職の皆様へお勧めブログ】
 ◇ 心 de 経営
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■【経営コンサルタントのひとり言 今日は何の日】 2月5日 長崎二十六聖人殉教の日 学生時代に東京から車で九州一周  

2019-02-05 09:29:16 | 今日は何の日

【経営コンサルタントのひとり言 今日は何の日】 2月5日 学生時代に東京から車で九州一周  

 一年365日、毎日が何かの日です。
 季節を表す日もあります。地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。誰かの誕生日かも知れません。歴史上の出来事もあります。セミナーや展示会もあります。
 これらをキーワードとして、私たちは自分の人生に、自分の仕事に、自分自身を磨くために何かを考えてみるのも良いのではないでしょうか。
 独断と偏見で、エッセー風に徒然のままに書いてみました。皆様のご参考にと毎日続けていこうと・・・というよりも、自分自身のために書いてゆきます。 詳細 ←クリック

今日は何の日インデックス】  日付を指定して【今日は何の日】を閲覧できます

     2月5日
■ 長崎二十六聖人殉教の日

 1596(慶長元)年2月5日に、豊臣秀吉の名により、カトリック教徒が弾圧され、長崎西坂で26人が処刑されました。

 殉教したのはペトロ・バプチスタ神父を含む6人の外国人と日本人20人です。この26人は、1862年にローマ教皇ピウス9世の時に「聖人」に列せられました。

 しかし、その背景には、キリシタン大名等の行き過ぎたやり方がありました。キリスト教徒が寺社を焼かれたり、僧侶を迫害したりしたのです。

 これは少々信じられない行為ですが、こともあろうにポルトガル商人が日本人を奴隷として海外に売ったということがわかりました。 それもあって秀吉が「バテレン追放令」を発布したのです。

 禁制扱いされた宗教を邪宗門ということは知られており、北原白秋の邪宗門も出されています。キリシタン弾圧は歴史的には何度も行われてきましたが、秀吉のキリシタン弾圧による長崎西坂の二十六聖人殉教レリーフの記念碑は有名です。

 

■ プロ野球の日

 2月5日は「プロ野球の日」です。1936年2月5日に、日本で最初のプロ野球の組織である全日本職業野球連盟が結成されました。

 その時のチームには、東京巨人軍(現 読売ジャイアンツ)や大阪タイガース(現 阪神タイガース)等、7チームがあったそうです。

 1846年6月19日に、史上初の野球の試合がニュージャージー州で行われたという公式の記録が残っています。

 野球という競技の歴史は、諸説あって定かでないようです。以下Wikipedia他を参照しながらまとめてみました。

 先史時代に野球のボールと同じくらいの大きさの石が狩りや戦いに使われていたと言いますが、まさかそれが野球の起源ではないでしょう。

 12世紀に、2チームに分かれて競う「ラ・シュール」というスポーツがあったようです。手足や棒などを使うというところは野球に近いですが、それを使ってサッカーのようにゴールに玉を運ぶという点では異なります。

 それがイギリスに渡ると「ラウンダース」というゲームに変質しました。投手が小石を詰めたボールを投げ、ストライカーと呼ばれる打者が、船の艪を今日のバットとして打ち返し、しかも4つのベースを回るというゲームで、わたしはこれが起源のように思えます。

 ラウンダースはアメリカに入り、それがベースボールという言葉になったかどうかは確認できていませが、ベースボールという言葉がが記録としてある最も古い文書は、1791年のマサチューセッツ州のものです。

 その後、各地に普及し始めましたが、地域によりルールが異なるゲームでした。その不便を解消するためにカートライトがルール統一化に乗り出しました。それが今日の野球ルールの原型と言えます。

 8月9日は「野球の日」で、これは、「や(8)きゅう(9)」の語呂合わせから、スポーツ用品メーカーのミズノにより制定されました。また、真夏のこの時期は、高校野球の熱戦が繰り広げられる時期でもあります。

 8月17日は「プロ野球ナイター記念日」です。1948年8月17日の巨人対中部(現在の中日)のゲームが夜間、横浜ゲーリッグ球場で初めて開催されました。「ナイター」という和製英語がこの時初めて使われました。

 9月3日は、「く(9)さ(3)」の語呂合わせから「草野球の日」です。またこの日は「ホームラン記念日」でもあります。

 1977年9月3日、後楽園球場で巨人の王貞治選手が通算756号ホームランを打った日を記念して制定されました。それまでアメリカ大リーグのハンク・アーロンが持つ記録で、王選手が世界最高記録を更新した日なのです。

 その年の9月5日には、初の国民栄誉賞が贈られました。因みに王選手は引退するまでに868本のホームランを打ちました。

 1934(昭和9)年12月26日に、大日本東京野球倶楽部(読売巨人軍の前身)が日本で最初のプロ野球チームとして誕生しました。これを記念して12月26日が「プロ野球誕生の日、ジャイアンツの日」として制定されました。

 アメリカのプロ野球チームが、日本を訪れており、その対戦のため急遽創立されたそうです。

 

【経営コンサルタントの独り言】

◆ 長崎二十六聖人殉教の日と邪宗門

 学生時代に、東京から車で西日本を一周したことがあります。

 その時に、長崎で二十六聖人殉教の碑を訪れました。

 何の知識もなく行ったのですが、秀吉はひどいことをする男だったのだ、という単純な思いをしました。

 白秋の邪宗門というのは、受験のための知識としては持っていましたが、書を紐解いたこともありませんでした。

 歴史的に見ますと、秀吉も、信長の比叡山焼き討ちほどはひどくなかったことがわかりました。

 ポルトガル商人が、日本人を侮辱的ビジネスに使ったことが秀吉の逆鱗に触れたようです。

 詳しくは、ブログでどうぞ

  http://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/a92da0367acb2a8aefd9dd8b7c4f2c46


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