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アムスの奇跡

2005-10-29 09:00:00 | うんちく・小ネタ
amsterdam2チョーーーーひさしぶりのオランダ・コラム
そろそろネタが尽きてきたかな?
今回は、17世紀における首都アムステルダムの奇跡的な発展について。
 
大航海時代、ヨーロッパ資本の中心地はオランダのお隣、
ベルギーのアントワープだった。
その原因については、知るところが少ないので省略。
全盛期だった16世紀の賑わいは、日本のバブル期も比較にならないほど、もの凄かった。
 
この世紀(大航海時代)の覇者スペイン王国はアメリカ大陸から黄金や銀を略奪し、
アントワープで毛織物や香料、その他必要品を買っていた。
その毛織物の良質なものはイギリス製だったのだが、
ロンドンの貿易市場が成熟してないために、イギリス人はわざわざアントワープまで製品を持ちこんで、
世界に売っていた。
  
一方、香料のほうの大卸しは、インドをおさえていたポルトガルだった。
ポルトガル商人たちは、アントワープで仕入れ用の銀や銅を買い、
航海の危険を冒してインドにいき、香料を手に入れていた。
しかし、苦労のすえ手にいれた香料も首都リスボンではヨーロッパ全体に販売することができなかった。
結局、アントワープに持ちこまざるをえなかった。
 
列強国が、額に汗して毛織物を編んだり、冒険商人たちが命を賭して商品を持ち帰ったりしてるのに、
アントワープの商人たちは、いわば机の上だけの取引で巨利を得ていた。
その商利を狙って、ヨーロッパ中の商人がアントワープに集まった。
  
そのころ、わがオランダはスペインに支配されていて、大商人などいなく、
「 Zee Geusen 」(海の乞食)という蔑称でよばれていた。
 
そんなオランダで1568年、オランダ独立戦争(八十年戦争)が勃発する。
そして、80年というながい戦いをついに制し、スペインからの独立に成功した。
まだスペイン(カトリック)の支配下にあったベルギーにくらべて、
はるかに自由な(プロテスタントの)国オランダをもとめて、
アントワープの大商人たちは、争うようにアムステルダムに移住した。
  
まさに「アムスの奇跡」っていいほどの激変で、
ちょっと前までは一漁村にしかすぎなかったアムスが、
ヨーロッパ一(つまり世界一)の国際貿易都市になりあがった。
 
いつの時代も、弾圧や支配っていうのは、経済や人心を停滞させるってことだろう。
さらにいえば、自由(もちろん責任が同居している)は、経済だけじゃなく、
人びとの自立や都市の発展をもたらす、という好例じゃないだろうか。
  


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