八兵衛のセカンドライフ

46歳で脳幹(橋)出血、現在72歳の車イス男性。ブログはFact is factで(事実だものしょーがねぇべ)

3月27日(果たしてナスパの昔の面影は・・)

2019年03月27日 18時24分10秒 | リハビリ・ADL
今朝4時の外気温は6℃、三寒四温の温かい日のようだ。
今日は在宅リハの日。

昨日リハビリ中にセラピSちゃんに話した歩行のこと。
 (1)木曜日の歩行練習(歩行距離:2,30m)
   ①歩行器で、どの程度歩行できるか。
   ②手引きで、同上
 (2)今週土曜日にも、セラピNさんと歩行練習をするつもり。
   土曜日のリハビリについては、常にセラピNさんが行うことになるので。
 (3)今後も3ヶ月ごとに歩行練習をして、
   身体と歩行の出来をセラピSちゃんNさんとともに自分でも把握したい。

 参考
  ①倒れてから10年目までは、妻が私のマヒ腕(右腕)をコントロールして、
    私が良いほうの左手に一本杖を持ち、4,50m程度は何とか歩いていた。
     ・倒れて3,4年の頃までは、私のマヒ側に付添った妻が、
       私がマヒ足を前に歩を進める度に仰向け気味に仰け反ってしまうのを、
       妻が身体ごと私にぶっつけるようにして懸命に支えてくれていた。(側方介助
     ・お互いに歩行に慣れてくると(倒れて5,6年後~)、
       妻は私のマヒ腕を軽く持って、舵をとるように私の歩行を操った。
       (私はマヒ腕の支えを通して、前後左右の平衡情報を妻から貰っていた)
  ②妻の他界(倒れて10年目)後は、何が何でも歩いてみせるスタンスから、
    肩のリキミやチカラが抜けて自然体で行くスタンスに変わっていった。
    年老いて行くにつれて歩行に対するスタンスが変わった面もあるだろうけど、
    やはり妻の死が大きく影響を与えたと思う。

 ps:妻が他界するまで、毎年のようにナスパ(名取運動公園)に花見に行った。
   ナスパは仙台湾を一望できる高台にあり、快晴の時には遥か金華山まで見える。
   ナスパには沢山の桜と木蓮があって、4月中旬には桜の花と白い木蓮の花が咲き、
   名取郊外の山なので花見時期でも人出が少なく、のんびりできる穴場だった。
   それが東日本大震災でナスパの施設が壊れて、以後立ち入り禁止になってしまった。
   残念な気もするけど、立ち入り禁止になりどこかホッとするものもある。

   東北電力はナスパを売却していたのか。
   ショックだけど、平日は地域への開放も考えるとのことなので期待しよう。
コメント
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