内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

日本語の歌が心に沁みるとき ― 夏休み日記(25)

2015-08-26 06:20:16 | 私の好きな曲

 十九年前の留学当初は、日本語の本を読むことを自分に禁じた。ここはフランスである、フランス哲学を勉強しに来たのだ、日本語は一旦捨てなくては、と気負った。話す機会の方は、一緒に来た家内と二歳半の娘との家庭内の会話があり、娘を日本語補習校に通わせるようになってからは、そこでの父母たちとの会話もあったが、日本語の本を読むことは最初の二年間はなく、ひたすらフランス語を読んでいた。哲学の専門書ばかりでなく、文学作品、歴史書、人文科学や自然科学など様々な分野の啓蒙書、新聞、雑誌、毎日のように郵便受けに投げ込まれるチラシや広告の類まで、フランス語の勉強のために読んだ。
 留学三年目からは、日本学科で教えるようになったから、再び日本語を読むようになった。担当した古典文法入門のために、特に古典をよく読んだ。フランス哲学を勉強し始める前に、上代文学、特に万葉集を数年間勉強していたから、古典を読むことは故郷に帰ったような喜びを与えた。しかし、博士論文を書き終えるまでは、そのために必要な日本語文献を読むのが主で、日本語の本を楽しみとして読む時間はほとんどなかった。
 今は、勤務大学の日本学科の図書室に行けば、文学や歴史を中心に、日本語の本が数千冊あり、自由に借り出して読める。アルザス・欧州日本学研究所には、三万冊の日本語の蔵書がある。それに、学生たちと演習や講義で読むのは、日本語のテキストである。だから、仕事上でも日本語の文章に日常的に接するようになった。
 しかし、日本語の歌となると、また話は別である。普段はクラシックばかり聴いているが、ときどき、日本語の歌が無性に聴きたくなる。幸いなことに、今は、ネット上でいくらでも音源が入手できる。でも、もうちょっといい音で日本語の歌が聴きたいと思う。
 そんなわけで、この夏の帰国中に買ったCDが数枚ある。それらの大半は、私にとって思い出深い曲。正直に言うが、それらを聴いていると、いろいろな思い出が心に湧き出して来て、ときに涙を禁じ得ない。
 他方、それらのCDで今回初めて聴く曲も少なくなかった。それらの曲は、新鮮、かつ限りなく懐かしい。ここ数日、毎日聴いているのが、岩崎宏美のカヴァーアルバムの第二弾 『Dear Friends II』(2003年)。どの曲も、曲そのものがいいのは言うまでもないが、しっとりと情感を込めて歌い上げる岩崎宏美の見事な歌唱力によって新たな息吹が吹きこまれている。アレンジも、曲想と歌い手の資質とをよく活かしている。とりわけ、オリジナルはちあきなおみが歌った飛鳥涼(現在の彼がどうであろうと、それは、関係ない)の作詞・曲「伝わりますか」と中島みゆきの作詞・曲「恋文」とは、心に深く触れた。それぞれ、そのリフレインはこうである。

今も たどれるものなら もう一度 もう一度
全てを無くす愛なら あなたしかない
さびしい夜は 娘心が
悪戯します
                             「伝わりますか」


恋文に託されたサヨナラに 気づかなかった私
「アリガトウ」っていう意味が「これきり」っていう意味だと
最後まで気がつかなかった
                             「恋文」