ザ・コミュニスト

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リベラリストとの対話―「自由な共産主義」をめぐって―(36)

2015-09-12 | 〆リベラリストとの対話

∞:総括的対論(中)

コミュニスト:前回、私が提唱するような貨幣経済を廃した共産主義が現実に成り立つかどうかは、果たして人類が本性とも言える強欲さを放棄できるかどうかという人類学的問いにかかってくると言われました。

リベラリスト:それに関する私の答えは、「放棄できない」です。この点であなたとは大きく意見が分かれるでしょうが、人類の強欲さは後天的あるいは政策的に体得されたものではなく、生来のもので、まだ証明はされていないものの、強欲さに関する共通遺伝子を持っているのではなかろうかと推測しています。

コミュニスト:実際、それは証明されていませんね。たしかに、人類は所有に対する並外れた欲望を共通して保持しているように見えます。しかし、一方でそうした欲望を抑制する精神も持ち合わせていますね。

リベラリスト:ええ。私の理解によると、資本主義とは、そうした所有欲を技術的な法や計量的な経済制度によってコントロールする巧妙な仕組みです。つまり多種多様な物や無形的なサービスに至るまで、物欲の対象となる商品化して貨幣交換によって規律しながら、生産・供給するというシステムです。このように、人類は商品という形で生存のネットワークを築く唯一の生物ですが、これをマイナスにばかり受け止めず、長所ととらえることはできませんか。

コミュニスト:私には難しいですね。必需物資まで商品化するから、貨幣の手持ちが少ない貧困者は必需物資も入手し難くなり、生命の危機さえ招来します。私は交換経済全般を否定はしませんが、物々交換と比べても、貨幣交換は生存権を脅かすシステムです。

リベラリスト:その点は、もう一つの人類的なシステムである福祉で補充すればよいと考えますが、あなたは否定的なのですよね。

コミュニスト:福祉も所有欲の前には常に制限されてしまうからです。その点、共産主義は所有欲を政策的にコントロールするのではなく、地球環境の持続可能性という大きな視座から、福祉をも本源的に包摂するような形でもってこれを昇華しようという革命的な試みだとも言えます。

リベラリスト:持続可能性も一般的に否定するつもりはありませんが、地球そのものが永遠に持続する保証はないわけです。確率として最も高いのは太陽の死滅による地球の連鎖的な死滅です。こうした外部的要因は、人間の手ではいかんともし難い。未来への責任も理念として大切ですが、人類の特性として現在という時間性を最も重視する現世的ということもありますから、遠大な持続可能性論によって所有欲を昇華しようとすることにも限界があると思います。

コミュニスト:どうも、いずれ地球は外部的要因で死滅するのだから、今のうちに搾り取れるだけ搾っておけと言っているようにも聞こえます。これはあなた方アメリカ人の本音ですか。

リベラリスト:それはいささか曲解です。アメリカ人に現世的性格が強いことは認めますが、現世的なのは人類全般の本性です。ですから理念としての環境的持続可能性を否定はしませんが、それも所有欲を規律する一つの契機ととらえるべきで、持続可能性の観点から共産主義へという流れには素直に乗れないのです。

コミュニスト:人類は現世的ではありますが、同時に未来という時間観念も持っています。私はそういう二面性に期待をかけるのですが、甘いでしょうか。

リベラリスト:甘いというか、理想主義だと思います。理想は大切ですが、物事は理想どおりにいかないものです。とりわけ、革命というような一大事になればなおさら・・・・。

コミュニスト:革命の実現可能性は社会学的な検討を要する問題ですので、最終回で議論するとして、人類の本性に関する問いについては、理想主義対現実主義という対立軸によるのではなく、先ほど指摘した人類の持つ二面的な性格をもっと直視し、そうした二面性を止揚するような視座を開拓すれば、資本主義を既定化する狭い観念から脱することができるのでないかと考えるものです。

※本記事は、架空の対談によって構成されています。

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