ジェフリー・バワが設計した「ライトハウス」ホテルから出発し、19時過ぎの直行便で帰国便にのる一日。
※「ナンバー・イレブン」への訪問記はこちらにも載せています
「ライトハウス」は地元の人にも人気。今日も結婚式が行われる↓
バスの待つエントランスで、結婚式のお客を迎える太鼓が鳴り響く↓
高速道路をつかって一路北上。首都スリ・ジャヤヴァルダナプーラ・コッテ近くの出口で降り↓
人口の湖越しにジェフリー・バワ設計の国会議事堂を見る↓
※昨年国会議事堂を訪問した時の日記をこちらに載せています
↓仏教系放送局の前をとおる↓
↓ハスの花の形をした中国援助の会議場↓
●独立記念堂がみえてきた↓
キャンディで退位させられた最後の王、彼の署名した建物と同じにつくってある
※こちらからごらんください
☆装飾にはブッダ生涯だけでなく、そこへ至る魂が経験してきたたくさんの別の生涯の話も刻んである。
ひとつひとつ知りたいけれど、時間も知識も足りない。
↓この自分の首を持つ人物の話は?↓
別に書きます
昼食は、元バワの事務所であった「ギャラリー・カフェ」メニューはいつも変わらないが、変わらなく美味しい。バワの志向したエアコンの必要ない空間が心地よい↓
ここにもライトハウスでみかけた「マルタヴァンの壺」が↓
***
今回のコロンボの観光では、バワが住んだ「ナンバー・イレブン」」の見学を入れた。
※毎年同じ町を訪れても少しずつ違った観光内容にしている。《手造の旅》に、まったく同じものはありません。
バワは、元事務所「ギャラリーカフェ」(さっき我々がランチを食べた)との間を徒歩で行き来していたようである。
大都会の一角に残る、植民地時代のおちついた住宅地区↓
この一角にある四軒長屋のひとつにバワがすみはじめたのは三十代の終わりごろ↓
イギリスで建築の勉強をして資格をとり、スリランカへ戻って二年後↓イギリスで乗っていたロールス・ロイスも持って帰ってきた↓
狭い空間なので見学は予約制。一回に二十人程度しか入れない。まずはビデオで概略説明↓
その後、英語ガイドさんが案内してくれる↓
下の写真は入り口近くから家の奥へ続く直線の廊下。これがもともとは長屋をつなぐ路地であった↓
奥に間接光がふんだんに入ってくる。五つある「光の井戸」と呼ばれる小さな吹き抜けの他にも、↓こんな天井窓があけられていたりするのだ↓この羽をひろげたフクロウは「カンダラマ」ホテルで巨大に飾られていたのと同じラキ・セナナヤケの作品ですね↓
もともとは平屋なのだが、改築して三階にテラスをつくった、そこへ上ってゆく白い階段↓まるでギリシャの修道院のようだ↓
屋上テラスは小ぢんまりとして飾り気がない↓
バーカウンターは用意されていて、ここでどのような時間が感じさせてくれる↓
見下ろすと、となりに昔ながらの平屋の長屋が見えた。これも、バワが改築を請け負ったものなのだそうだ↓
寝室やリビングは撮影禁止なので全体の雰囲気を伝えるのがむずかしいが、「カンダラマ」「ライトハウス」といったバワの代表建築に二泊ずつした我々には見学する価値がある場所である。
*****
バワの手がけた湖の上の寺院に寄ったが、はじめて訪れた時のシンプルな構造にどんどん追加されていてびっくり。湖を見下ろす巨大なビルが建設されているのにもびっくり↓
スリランカ、これからもっともっと変わってゆくことでしょう。
最後にジャヤヴァルダナセンターへ寄ってから空港へ向かった。同じようなコースで毎年訪れているスリランカだが、まだまだ新しい視点を得ることができる厚みがある。
※「ナンバー・イレブン」への訪問記はこちらにも載せています
「ライトハウス」は地元の人にも人気。今日も結婚式が行われる↓
バスの待つエントランスで、結婚式のお客を迎える太鼓が鳴り響く↓
高速道路をつかって一路北上。首都スリ・ジャヤヴァルダナプーラ・コッテ近くの出口で降り↓
人口の湖越しにジェフリー・バワ設計の国会議事堂を見る↓
※昨年国会議事堂を訪問した時の日記をこちらに載せています
↓仏教系放送局の前をとおる↓
↓ハスの花の形をした中国援助の会議場↓
●独立記念堂がみえてきた↓
キャンディで退位させられた最後の王、彼の署名した建物と同じにつくってある
※こちらからごらんください
☆装飾にはブッダ生涯だけでなく、そこへ至る魂が経験してきたたくさんの別の生涯の話も刻んである。
ひとつひとつ知りたいけれど、時間も知識も足りない。
↓この自分の首を持つ人物の話は?↓
別に書きます
昼食は、元バワの事務所であった「ギャラリー・カフェ」メニューはいつも変わらないが、変わらなく美味しい。バワの志向したエアコンの必要ない空間が心地よい↓
ここにもライトハウスでみかけた「マルタヴァンの壺」が↓
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今回のコロンボの観光では、バワが住んだ「ナンバー・イレブン」」の見学を入れた。
※毎年同じ町を訪れても少しずつ違った観光内容にしている。《手造の旅》に、まったく同じものはありません。
バワは、元事務所「ギャラリーカフェ」(さっき我々がランチを食べた)との間を徒歩で行き来していたようである。
大都会の一角に残る、植民地時代のおちついた住宅地区↓
この一角にある四軒長屋のひとつにバワがすみはじめたのは三十代の終わりごろ↓
イギリスで建築の勉強をして資格をとり、スリランカへ戻って二年後↓イギリスで乗っていたロールス・ロイスも持って帰ってきた↓
狭い空間なので見学は予約制。一回に二十人程度しか入れない。まずはビデオで概略説明↓
その後、英語ガイドさんが案内してくれる↓
下の写真は入り口近くから家の奥へ続く直線の廊下。これがもともとは長屋をつなぐ路地であった↓
奥に間接光がふんだんに入ってくる。五つある「光の井戸」と呼ばれる小さな吹き抜けの他にも、↓こんな天井窓があけられていたりするのだ↓この羽をひろげたフクロウは「カンダラマ」ホテルで巨大に飾られていたのと同じラキ・セナナヤケの作品ですね↓
もともとは平屋なのだが、改築して三階にテラスをつくった、そこへ上ってゆく白い階段↓まるでギリシャの修道院のようだ↓
屋上テラスは小ぢんまりとして飾り気がない↓
バーカウンターは用意されていて、ここでどのような時間が感じさせてくれる↓
見下ろすと、となりに昔ながらの平屋の長屋が見えた。これも、バワが改築を請け負ったものなのだそうだ↓
寝室やリビングは撮影禁止なので全体の雰囲気を伝えるのがむずかしいが、「カンダラマ」「ライトハウス」といったバワの代表建築に二泊ずつした我々には見学する価値がある場所である。
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バワの手がけた湖の上の寺院に寄ったが、はじめて訪れた時のシンプルな構造にどんどん追加されていてびっくり。湖を見下ろす巨大なビルが建設されているのにもびっくり↓
スリランカ、これからもっともっと変わってゆくことでしょう。
最後にジャヤヴァルダナセンターへ寄ってから空港へ向かった。同じようなコースで毎年訪れているスリランカだが、まだまだ新しい視点を得ることができる厚みがある。