「衛兵交代がはじまっちゃう」
蒋介石を記念した巨大な中正記念堂は1980年に完成した↓
↓内部へ急ぐ
↓巨大な蒋介石の座像の前で
ビシッとした衛兵が交代儀式をしている↓
交代が終わると柵がどかされ、座像の前に立つ。
↓ワシントンDCのリンカーン記念堂を思い出させる。あれは1922年建造。その時代なら「あり」だったと思うけれど…
頭上には「青天白日旗」↓
↓外にでると「自由広場」がひろがっている↓
↓「以前は『大中至正』と書かれていたんですよ」とガイドさんおしえてくれた
それは国民党から民主進歩党へ政権交代が実現した時に実施された。
★「中正記念堂」も、その時には「台湾民主紀念館」と名前を変えられていたのだそうだ。
記念堂内部の展示の中に、日本が中華民国政府に降伏文書を渡す場面があった↓
↓1945年9月9日南京にて↓
中華民国の首都は今でも南京とされている。
※台北ではないのです
↓日本の降伏文書↓
蒋介石の乗っていたキャデラック↓
愛車かとおもいきや、これは重すぎてスピードが出ないと分かり、たった一度しか乗らなかったとは。
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故宮博物院へ向かう。
台北の中心部から北へ三十分ほど。
夜市で有名な士林へのMRT剣潭駅のそばを通る。
↑この線路の計画が持ち上がった当時、地元住民は風水を乱すと大反対したが、それを説得するために龍のカタチにしたのだと、ガイドさんが説明してくださった。ほほう。
↓故宮博物院到着
内部は専用のイヤフォンガイドを装着↓
↓最古の青銅器から
↓これはアイロンだそうな
↓玉の円盤
↓日本の貴族が持った尺にも影響をあたえた
↓西太后がつかっていたついたて
↓有名な象牙のボール入れ子
↓同じく入れ子になった木製の杯
サイの角をつかった杯
↓スタンプを手に押してもらって一度出て
すぐとなりに出来たレストラン棟へ
昼食時間をぐっとまわっていたのですぐに座れた
↓お得な定食
↓タンツー麺を注文した方いわく「台南の渡小月とは違う…」
↓この二色麺おいしかったです
食事の後ほんの二十分ほどだが再入場して特別展を見てきた
16世紀から19世紀にかけて欧米人が描いた台湾島の地図や民族がおもしろかった
↓ここは土着の部族が乱立する密林だったのか
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空港へ向かう前に、印象的なホテルを外観だけお見せしようとおもった。
↓丸山大飯店↓
↓内装よりもやっぱりこの立地と雰囲気がここのウリでしょう
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台北の松山空港↓市内からほんとに近い
さらに、今晩のフライトは台北・松山✈羽田空港 なんと二時間十五分だった!