旅倶楽部「こま通信」日記

これまで3500日以上世界を旅してきた小松が、より実り多い旅の実現と豊かな日常の為に主催する旅行クラブです。

近江長浜の魅力をもっと~江北図書館

2024-12-29 14:14:51 | 国内

江北図書館で「吾輩は猫である」初版本を間近に見せていただいた※右の版画はネコがビールを飲むラスト近くのシーン。
↓こういった希少本はこのガラス戸の向こうに保管されている。

希少図書だが予約すれば一般の人も閲覧することができる。
12/21館長が案内してくださった。

↑このエンクロサイペディア(ブリタニカ百科)の第九版は三面塗金↓
『Encyclopædia Britannica』第9版 
The Scholar's Edition(学究に愛された版)として名高い。
セント・アンドリュース大学教授T.S.ベインズやウィリアム・R.スミスが編集に携わる。
日本橋丸善で輸入販売が開始され、伊藤博文、尾崎行雄、徳富蘆花、犬養毅らが購入。
※上記のように解説されているブリタニカジャパンのヒストリーページにリンクします

↑江北図書館の現在の建物は昭和12年に建造された元「郡農会館」。

↑左上、法服を着た杉野文彌(1865-1932)が明治35年に開設した「杉野文庫」がもとになっている。
余呉湖の田舎で苦学し、自由に本を読めなかった自身の経験から、
故郷に私設の図書館を開いたのだった。
この時代は新しい日本文学の黎明期。
冒頭の「吾輩は猫である」は明治40年に刊行されている。

↑「夏目」のハンコが押してある↑

大河ドラマからみ「紫式部日記」の展示もあった↓

江戸時代の本から

わかりやすく解説してくださっている。


本をどう分類するかは難題。

↑「ネルソンとナポレオン」のとなりに「謡曲(能の言葉)評」、そのとなりに「法学通論」が並んでいる。

ご苦労が感じられます。
二階にあがってすぐに、古い木箱が目に留まった↓

「群書類従」は大著として名前をきいたことがあったが、塙保己一という人をちゃんと認識できた。
※こちらにもう少し書きました

↑二階天井の洒落たデザイン↑

↑この写真は江北図書館がこの建物に移ってくる前のものだと思われるが↑床は畳で、日本式に靴を脱いで上がる施設でありつづけているのがわかる。

片隅にあった↑回転書架は前出のエンクロサイペディア用のものだった↑

↑書籍カードはかつて図書館の必須だった↓

↑手書き文字が書かれた時のことを想像する。
↑ディッケンズの小説デビュー作「ピクウィック物語」ニューヨーク発刊

地方の小さな町で学ぼうとする人に、こういう本を手に取れる機会を提供していた場所なのだ。

久保寺館長↑2025年6月27-29《手造の旅》でまたお話いただけるのを楽しみにしています<(_ _)>






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「波の伊八」を知る~大山不動尊、行元寺、飯綱寺、+笠森観音、ホキ美術館、瑞洲亭

2024-12-23 14:02:59 | 国内
北斎にも影響を与えたと伝わる武志伊八郎信由は今、「波の伊八」と通称されている。

※こちらにも書きました
12月8日午後に訪れた大山不動尊は↓今年開山1300年を迎える古刹。

修験道、神道、天台宗、真言宗、変転はしたが近在の信仰を集め続けている。
1802年に建て替えた本堂の入り口に↓伊八が彫った二匹の龍↓

↑下に臥す脚に宝珠を握る「海の龍」↑波が大きな波頭をつくり上昇して雲に変わっている↑
↑左上の翼のある「空の龍」↑両方の周りに稲妻が見える↑
宗教宗派が変わっても、大山不動尊はずっと雨乞いの場所だった。
雷は科学的にも雲の中に溜まったマイナス電荷が地上のプラス電荷と接触して起きる放電現象。
伊八の龍は期せずしてそれを表しているようにさえ見える。

彫刻と同じ1802年に完成している本堂には↓より古い時代の厨子が見える↓

↑日光東照宮の彫刻に携わった彫り物大工が療養のために暖かい房総に滞在し、彫ったと伝わっている↑
↑たしかに東照宮の陽明門を思い出させる↑
厨子の縁台に↓伊八の写真集で見おぼえていた「俱利伽羅龍」がみえた↓

↑後ろに見える厨子の龍と呼応するようだ↑この場所のために彫られたのだろうか?
※間近に見せていただけるタイミングで俱利伽羅龍の足元に見事な波が彫られているのを教えていただいた。この波が見えなくなるような場所にもともと置かれていたとは思えなくなった…

↑外陣の巨大な絵馬など興味惹かれるモノはまだまだみられる…他日を期します。

翌日12月9日、冒頭写真の波の欄間がある行元寺を訪れた。

円仁については2015年に山形の立石寺(いわゆる「山寺」)を訪れた時にはじめて知った。
※この時のブログにリンクします
円仁が唐から持ち帰ったサンスクリット語⇔漢字の辞書を、2022年に東洋文庫で見た※リンクします
最澄の弟子で、最澄を超えた人物だったと思う。
円仁が東国で最初にひらいた寺なので「東頭山(とうずさん)」と称されている。

江戸時代以前の天正14年(1586)に建設され↑元禄時代に拡張された本堂は火災に遭っていない。

↑拡張の際に、幕府から派遣された御用宮彫師 高松又八郎邦教の彫った鮮やかな欄間彫刻がある。
現代では伊八の方が有名だが、当時は高松又八郎の方がずっと格上。
伊八は先人の技に学んでいただろう。
一方、北斎の兄弟弟子五楽院等随の鷹の杉戸絵もある。
※行元寺のHPにリンクします

「波の伊八」の最高傑作と言われる「牛若丸と天狗」がある飯綱寺へ。

「千葉虹色こまち」さんのページに写真たくさん紹介されています※リンクします
屋外で風雨にさらされている伊八の木彫もたくさんある↓


↑この裏側

どれも波が躍動している。


注目される作よりもその周辺を見ていくことで真価が感じられる。


伊八もさることながら、次の世代になる※大木茂八の木彫にも惹きつけられた↓

※こちらにも書きました



江戸時代に奉納されたたくさんの天狗たち。

境内のキンカンを味わうこともできた。

**

外房の波はオリンピックのサーフィン会場につかわれるほど。

釣ヶ埼海岸にもよった。

五十嵐カノアをはじめ日本チームのサイン入りボード↑

房総の蜂蜜買ってみました
***
笠森観音へ

日本唯一の四方係=岩山のてっぺんにお堂を建て四方すべてを柱で支えている。

後一条天皇の勅願で最澄が彫った十一面観音立像を収めるために平安時代に建てられたと伝承は語るが、
昭和35年の調査で天正(安土桃山時代)の墨書が見つかり、その頃の建築ではないかとされている。

昭和の解体修理以前はいったいどんなだったのだろう。

周囲の森が見晴らせる。
****

ホキ美術館は、日本人画家の超写実絵画を専門に集めている。
2010年に開館した時には周囲の住宅街はなかったとのこと※HPにリンクします

*****
ご希望の方と「瑞洲亭」で夕食。

旧スイス大使館を移築した。

格天井の応接室の個室でいただきました。

燻製の煙を閉じ込めた球をひらくと




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「ら・みらど~る」の夕暮れと朝

2024-12-19 22:57:24 | 国内
まさに「ら・みらどーる」=展望台


日暮れの早い12月。
午後三時過ぎ、外房鴨川のホテルに到着。

アンティークホテルをつくったオーナーさんのお話をきいて、

個性的な名前の部屋に荷物を置いて、
近くの展望台まで歩いた。
「魚見塚」と呼ばれる、かつて漁師たちが魚がやってくるのを見張っていた場所。

頂上に立つ「暁風」と題する女性像は、地元の彫刻家長谷川昴(はせがわこう)の作品。

調べてみると高村光雲の弟子で「東京湾観音」を制作した人だった※鴨川市のHPにリンクします

日没を見届けて

坂を下りる戻り道。ホテルの敷地にに入る時に冒頭写真の景色が見えた。

ダイニングに入る

↑カルパッチョ↑黒いのはクジラ↑海老もおいしい。千葉県の外房は近年、伊勢海老水揚げ日本一。

キンメダイ↑黒酢ソース

チキンのコンフィ

楽しい夜になりました
その夜、ホテル入り口前から星がとてもきれいだったそうな。

翌朝、大浴場


外房総に太陽がのぼる。

「ら・みらど~る」は南フランスかスペインのようなたたずまいなのに、実は日本的なおもてなし精神で運営されている。
ヨーロッパのプチホテルのような空間が

アンティークでいっぱいで

最初は誰でも「ヨーロッパみたいだ」と感じるのだけれど、時々日本的で良いなぁと思わせてくれる。
玄関で靴を脱いでスリッパですごすし、クローゼットには浴衣まで用意されていた。

朝食でびっくりしたのは↓このスープ

ひと口飲むと海老の出汁がくちいっぱいに(^^♪
ほんとうの美味しさは写真に写らない。
左上に映っているマチェドニア(いわゆる「フルーツポンチ」)の蜂蜜は房総の日本ミツバチのもの。
そのまま味わうととても濃厚。季節によっても味がちがうだろう。


12月の房総は青空の日が多い(^^♪


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岩谷観音堂、灯篭坂大師切通、「紅葉ロード」から外房へ

2024-12-19 09:42:24 | 国内
不動明王が入り口に立っている。

●岩谷観音堂は古代の古墳横穴を拡張してつくられた仏教寺院。

埼玉の「吉見百穴」と同じように6世紀から8世紀ごろの横穴墳墓を
鎌倉時代から明治時代に至るまで、仏教寺院として彫りこんでいった。

↑第1窟は↑本堂が覆いかぶさっている崖の中↓

↑閉められている扉の向こうには岩に彫り込まれた阿弥陀如来と観音菩薩、それに縄文時代の巨大な石の棒も祀られているのだそうだ…見てみたい。
この奥ですが…
第2窟は本堂横から回廊になった通路(冒頭写真がその入り口)
さらに上への階段も続く。

現在は14窟と数えられているが、周囲にはかつてお堂だっただろう穴がたくさん見られる。
江戸から明治にかけての賑わいが感じられる。寄進者の地名や講の名前が刻まれ、番号がふってある。

↑拙い千手観音像↑顔が削られたのは廃仏毀釈の時?
↑川から見上げた崖に位置しており、上総湊港から湊川を数百メートル入っただけ、海からも近い。

周囲には14窟よりももっと、見どころが埋もれていそう。

**車で少し移動

●灯篭坂大師切通

今回の旅で最も体験していただきたかった場所※9月に小松が訪れたブログにリンクします

↑9月の写真より↑この隧道はいちばんうえの四角くみえる部分を明治期に歩行者用通路として貫通させ、その後車も通れる道にするために下まで広げた↑

↑切通しを抜けて左の階段を上がったところに↑この灯篭坂大師がある↓

切通の上部だけが開いていた明治時代まで人々はこの道階段を上っていたにちがいない。

↑お堂まで上がると海が見える↑
↓灯篭坂大師からさらに上がる石段が今もある↓最初の切通しができる以前に使われていた道だ。こちも石の壁を掘り抜いてつくられた道だったのがわかる。

↓かつての主要道路↓

小さな城があったという峠を越えて続く↑
↓今は、貫通した国道がかつての旧道の下を通っている


内房総の海の向こうに

富士山が見える。
***午後、房総半島内陸部を通って外房へ向かう。

182号線は「紅葉ロード」と呼ばれている。

房総半島南部は12月一週目でもまだ紅葉の時期だ。

富津市のワゴンカーが軽食スタンドを出していた。



晩秋の午後


****
鴨川市に入り、カステラ工房「ルーアシェイア」に寄った。

「千葉でなぜカステラ?」と小松も思ったが、
それにはちゃんと理由がある※HPにリンクします
以前試食させてもらってとてもおいしかった。


夕暮れ前に鴨川市の高台にある「ら・みらどーる」に到着。



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トベラ実る金谷街歩きと鋸山

2024-12-15 17:09:42 | 国内
房総石の壁に南国風な実が赤く割れている。
つい先月、五島列島の福江島のさらに離島・嵯峨島で割れる前の実を見た↓※11/21五島列島のブログにリンクします

今頃↑嵯峨島の実も赤く割れているのかもしれない。
※調べてみるとトベラという名前。ラテン語名もPittsporum tobira。日本語からつけられた?

富津岬から金谷の街にある鋸山美術館に到着。

※11月に下見しておいてよかった

中庭でお弁当をいただきます↑「そてつ農園」の人気お弁当
※「そてつ農園」のHPにリンクします

↑右下のが「鰺飯おにぎり」(^-^)
個人的には焼き鳥が気に入りました(^^♪
鋸山美術館は現代アートもちらほら。

↑こちらは現代アートじゃなくて鋸山から切り出した石を下すために使っていた滑車↓

↑山頂の博物館の解説版↑下の方法に使われていた↑「今」と書かれているが切り出しは1985年に終わっている。

↑これは何?意図的置かれているが解説はなかった。
金谷の街は昭和な商店がいくつもある。

グルメ番組でもとりあげられたのだそうだ。

鋸山ロープウェイ、今回は「たくさん歩ける組」と「ちょっと歩いたらロープウェイでもどる組」に分けた。

標高三百メートルちょっととは思えない絶景へ。

↑人がこの崖を削り出した↑鋸山の北面だけが切り出されたのは南側に古刹・日本寺があったから。
採石がはじまるはるか前、奈良の大仏と同じころに開山されたとされている。
到着してむかったのは「百尺観音」。手掘りの跡が残る壁を抜けていくと…

高さ30mの観音像が彫り込まれている。
ここまで来るのがやっとやっとという方は、小松とロープウェイで戻り、バスで「大仏」下の駐車場へ。
健脚組は鋸山専門ガイドさんと歩きましょう(^-^)
歩いてきます(^-^)
・・・
小松はロープウェイでバスに戻る組といっしょ

12月の陽は早くも夕暮れている。

バスで大仏下の駐車場に先回り。

駐車場から大仏への途中、良い感じの紅葉。

奈良の大仏より大きい・日本一の大仏を見上げていると、
歩く組がガイドさんと到着した。16時半に日本寺の境内を出た。

全員で山を下り、バスは海岸沿いの道を北上。

日が暮れる前に「いとや」に到着。

地元の人気店。

江戸前オイスターもあった。
人気アイドルグループがカレンダー撮影をしたのだそうな。
我々の宿泊は君津駅前




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