お正月の風物詩にもなっている箱根駅伝を今年はじめて観戦しました(といっても全部ではないし両日ともゴールの時には半分寝てましたが…)。
2日間にわたる長丁場であり、今まで外出などしていてちゃんと見たことがなかったのですが、今回気になったのは、やはり復路8区の「あの場面」。
某地方紙は下記のように無責任な“感動”の再生産を書き散らかしていますが、難波選手やアンデルセン選手のような状態は生命が危機にさらされている境界線上にあり、今回たまたま回復したからといって、安易に「感動」とか「気力」などと讃えるべきではありません。スポーツ医学に裏打ちされていない精神主義や“美談”の陰で、どれほど多くのアスリートが選手生命を縮め、そして実際に命を奪われてきたか。。
また、たとえ肉体的に回復したとしても、精神的なトラウマから次が走れなくなることもあるかもしれません。
もしこれが普通のハーフマラソンだとしたら、まだ残り5キロもあるあの時点では、即座に棄権させたはずです(まともな指導者や大会役員なら)。それを無理に走らせたのは、駅伝、それも“箱根駅伝”という特殊な競技と、それを取り巻く二重三重の社会的・商業的なプレッシャーがあったためではないでしょうか。
まして、往路で優勝し、その時点でもトップを走っていた状況で棄権させるのは勇気がいることかもしれませんが、私たちは選手の命を守るその勇気をこそ讃えるべきであって、どちらに転ぶかわからないような「賭け」やその結果としての「感動」を賞賛すべきではありません。
そのような問題意識の欠如した低級な言説はマスコミの犯罪とすら言って過言ではないのですが、この新聞社はこの件に限らずいつものことなので、申し入れしたりする気力もなくしています。(ネット上の記事は消えてしまうので全文引用して保存しておきます)
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天鐘(2006/01/04掲載)
新春恒例の箱根駅伝。亜細亜大学が大逆転で初の総合優勝をしたが、復路8区のあの場面も印象的だった▼順天堂大学キャプテンの難波祐樹選手だ。先頭を走っていたのが、足元がふらつき始めた。監督の差し出した水を飲むと足がとまり、よろけて歩きだす。フラフラなのにまた必死に走り始め、後続の選手に追いつかれ抜かれながらも中継地点にたどり着き、崩れ落ちた▼フラフラの走りといえばロサンゼルス五輪の女子マラソン、スイスのアンデルセン選手が忘れられない。猛暑の中で熱中症となって意識は朦朧(もうろう)、まるで操り人形のような足取りで競技場へ入ってきた。助けようとする関係者の腕を拒否して、歩いてはしゃがみ、また歩いてゴールに倒れこんだ▼日本人でも同じような経験をした人がいる。十一年前のユニバーシアード福岡大会女子マラソンの鯉川なつえ選手だ。トップを独走していたが、あと三キロの地点でおかしくなる。右へ左へとコースをはずれそうになり、はては逆走も。脱水症でついに力尽きてしまった▼かつて、倒れた選手を役員が抱え起こしてゴールさせたために一度優勝とされながら後で失格となった“事件”が五輪であった。が、助けた人の気持ちが分からないでもない。意識を失うほど死力を尽くして戦うアスリートには、誰もが感動する▼それを象徴するのが昨今のスポーツ番組の高視聴率であろう。一九五三年のきょうは、箱根駅伝がNHKラジオで初めて実況中継された日だ。
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参考:
箱根駅伝批判(1)(2)(3) 成田好三(萬晩報)
箱根駅伝が抱える問題(Wikipedia)
2日間にわたる長丁場であり、今まで外出などしていてちゃんと見たことがなかったのですが、今回気になったのは、やはり復路8区の「あの場面」。
某地方紙は下記のように無責任な“感動”の再生産を書き散らかしていますが、難波選手やアンデルセン選手のような状態は生命が危機にさらされている境界線上にあり、今回たまたま回復したからといって、安易に「感動」とか「気力」などと讃えるべきではありません。スポーツ医学に裏打ちされていない精神主義や“美談”の陰で、どれほど多くのアスリートが選手生命を縮め、そして実際に命を奪われてきたか。。
また、たとえ肉体的に回復したとしても、精神的なトラウマから次が走れなくなることもあるかもしれません。
もしこれが普通のハーフマラソンだとしたら、まだ残り5キロもあるあの時点では、即座に棄権させたはずです(まともな指導者や大会役員なら)。それを無理に走らせたのは、駅伝、それも“箱根駅伝”という特殊な競技と、それを取り巻く二重三重の社会的・商業的なプレッシャーがあったためではないでしょうか。
まして、往路で優勝し、その時点でもトップを走っていた状況で棄権させるのは勇気がいることかもしれませんが、私たちは選手の命を守るその勇気をこそ讃えるべきであって、どちらに転ぶかわからないような「賭け」やその結果としての「感動」を賞賛すべきではありません。
そのような問題意識の欠如した低級な言説はマスコミの犯罪とすら言って過言ではないのですが、この新聞社はこの件に限らずいつものことなので、申し入れしたりする気力もなくしています。(ネット上の記事は消えてしまうので全文引用して保存しておきます)
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天鐘(2006/01/04掲載)
新春恒例の箱根駅伝。亜細亜大学が大逆転で初の総合優勝をしたが、復路8区のあの場面も印象的だった▼順天堂大学キャプテンの難波祐樹選手だ。先頭を走っていたのが、足元がふらつき始めた。監督の差し出した水を飲むと足がとまり、よろけて歩きだす。フラフラなのにまた必死に走り始め、後続の選手に追いつかれ抜かれながらも中継地点にたどり着き、崩れ落ちた▼フラフラの走りといえばロサンゼルス五輪の女子マラソン、スイスのアンデルセン選手が忘れられない。猛暑の中で熱中症となって意識は朦朧(もうろう)、まるで操り人形のような足取りで競技場へ入ってきた。助けようとする関係者の腕を拒否して、歩いてはしゃがみ、また歩いてゴールに倒れこんだ▼日本人でも同じような経験をした人がいる。十一年前のユニバーシアード福岡大会女子マラソンの鯉川なつえ選手だ。トップを独走していたが、あと三キロの地点でおかしくなる。右へ左へとコースをはずれそうになり、はては逆走も。脱水症でついに力尽きてしまった▼かつて、倒れた選手を役員が抱え起こしてゴールさせたために一度優勝とされながら後で失格となった“事件”が五輪であった。が、助けた人の気持ちが分からないでもない。意識を失うほど死力を尽くして戦うアスリートには、誰もが感動する▼それを象徴するのが昨今のスポーツ番組の高視聴率であろう。一九五三年のきょうは、箱根駅伝がNHKラジオで初めて実況中継された日だ。
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参考:
箱根駅伝批判(1)(2)(3) 成田好三(萬晩報)
箱根駅伝が抱える問題(Wikipedia)