万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

フィギュアの審査システムは社会悪か

2010年04月13日 15時52分11秒 | 社会
 フィギュア・スケートは、バンクーバー・オリンピックと世界選手権、二度にわたって審査に疑問の声が上がるような結果となりました。この審査システム、スポーツに留まらず、悪しき競争システムの縮図なのではないかと思うのです。

 何故ならば、競争の結果に関して主導権を握っているのは、選手ではなく、審査員であるという本末転倒が起きているからです。通常のスポーツでは、結果は、選手のパフォーマンスについてくるものです。陸上競技や競泳などでは、記録が全てですし、得点を競う競技でも、勝敗は動かしようがありません(もっとも、時には審判が不公平という問題も発生するのですが・・・)。フィギュアという競技もまたスポーツですので、本来、技術の高さこそ評価基準となるべきです。しかしながら、この競技では、その本質から離れて、表現力や曲の理解といった項目に高い配点や加点をつけることで、審査基準に最も忠実に従った選手が勝つよう仕組まれてしまっているようなのです。この方法は、陸上競技に譬えてみれば、最高の記録を出しても、選手の手の降りや、着地の態勢がきれいではないとして、減点するようなものです。しかも、疑惑の的となった韓国の選手の場合、韓国チームが、審査員との定期的なチェックの場を設けていたというのですから、結果は最初から決められていたようなものです。競技の公正性に照らしてみれば、非難を浴びても致し方ありません。公平性を欠いた競争は、醜悪でしかないのです。

 ここまで審査システムそのものが不正に加担しているとなりますと、社会から公正性を失わせ、高いレベルに挑戦する意欲を削ぐという意味において、”社会悪”とさえ思えてしまいます。疑惑に応ることなく、このシステムを頑なに維持しようとするフィギュア界の体質とそれを非難しようとしないマスコミは、スポーツ界を越えて、人々に不快感を与えているのではないでしょうか。

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コメント (4)
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