万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

核兵器の効果をめぐる問題-攻撃力と抑止力の両面性

2019年07月11日 17時16分28秒 | 国際政治
人類史上、最初に投下された核兵器は、大量破壊をもたらす攻撃兵器として使用されました。一瞬にして市民諸共に一つの都市を焼き尽くすその凄まじいまでの破壊力故に、非人道的な兵器とみなされ、国際レベルにおける管理・規制の対象となったと言えます。このため、一般レベルにおいては1970年に核拡散防止条約(NPT)が締結されましたし、最近では、現状における加盟国は非核保有国の有志に限られているとはいえ、核兵器禁止条約も成立しています。その一方で、トランプ政権下において米ロ間で締結されていた中距離核戦力全廃条約(INF)は破棄されており、核兵器の規制をめぐっては、‘前進?’と‘後退?’がせめぎ合っていのが現状です。このため、核に関する議論も白熱し、その対応も国毎に分かれるのですが、そこには一つの論点が抜け落ちているように思えます。それは、核兵器の効果をめぐる議論です。

 上述したように、核兵器は、従来の常識を超える究極的なまでの破壊力を有する攻撃兵器として歴史に登場しています。しかしながら、核はその出現と同時に抑止力をも備えるようになりました。何故ならば、広島・長崎の目を覆うばかりの惨状を人類は目の当たりにしたため、如何なる国も核攻撃を怖れるに至ったからです。つまり、核を保有していれば、他の国から攻撃を受ける可能性を著しく低めることができるのです。‘核の抑止力’とは、核に対する恐怖心に基づく他国からの攻撃回避効果を意味しており、‘核の傘’とは、この効果が核保有国の同盟国にまで及ぶことを表現した言葉です。

 核兵器の効果としての攻撃力と抑止力の両面性は、本来であれば、当然に国際レベルにおける核の規制・管理体制の構築に際して最も考慮されるべき点です。しかしながら、何れの主張にも、どちらか一方に偏るか、あるいは、攻撃力と抑止力との間に不整合性が見られるように思えます。

 例えば、核兵器禁止条約は、核の攻撃性のみを判断基準として作成されています。‘核は人類をも滅ぼしかねない破壊力を有するので、全ての諸国はそれを保有してはならない’とする危険物は完全除去すべしとする全面禁止の主張です。しかしながら、実際には核には攻撃力の裏面としての抑止力もありますので、この主張に従えば、全ての国が攻撃力と一緒に抑止力をも捨てることとなります。国際社会の現状を見ますと、同条約に加盟していない核保有国、並びに、非保有国は少なくありませんので、この主張に従えば、同条約の加盟国は攻撃力と抑止力の両者を失い、安全保障の観点からしますと極めて危うい状況に置かれるのです。現核保有国を含めて全世界の諸国が核兵器を同時に放棄しない限り、同条約の理想は実現しないのです(‘過渡期’にあっては逆に危険が増大する…)。

 その一方で、NPTは、核兵器禁止条約よりは遥かに‘まし’ではあります。核保有国が‘世界の警察官’の任務を誠実に果たしさえすれば、核保有国から不法・不当な核攻撃を受けることはありません。かつ、警察役の核保有国を除いて他の諸国も等しく核を保有していないのですから、一先ずは自ら核武装しなくとも自国の安全が保障されるからです。

ところが、NPT体制にも盲点はあります。核保有国が警察官ではなく‘強盗’となるリスク等に加え、同体制には、攻撃力と抑止力の間に不整合性があるのです。この不整合性とは、核保有国の核兵器は、非核保有国が核を保有しようとした場合、それを強制的に取り上げる物理的な力とはならない点です。つまり、このことは、警察役の核保有国は、自らの核保有を以ってしても他の諸国の核保有を止めることはできず、かつ、非核保有国による核保有の絶対的なリスク排除を以って正当化することができないことを意味するのです。核不拡散の任を遂行するためには、むしろ、全ての非核保有国に優る圧倒的な通常兵力、あるいは、経済制裁を含む他の手段を要します。しばしばそれは、核保有国と雖も一国の能力では難しく、国連等を舞台とした国際協力を必要とするのです。そしてこの盲点を突いたのが、北朝鮮であり、イランであったのではないでしょうか。

以上に述べたように、核の全面禁止や現行のNPT体制にも弱点があるとしますと、国際社会は核兵器をどのように扱うべきなのでしょうか。一つの案は、核の抑止力に期待し、全ての諸国に核保有を認めるというものです。この案は、全面禁止とは逆に抑止力を基本とした安全保障体制となりましょう。核には同時に攻撃力も備わるため、無法国家が引き起こす核戦争のリスクを完全には排除できないものの、この案では、全ての国は一矢を報いることはできますので、少なくとも一方的な核攻撃に晒されるという危険からは脱することはできます。強盗化した核保有国による核の先制攻撃に晒されている現実からしますと、非核保有国にとりましては決して悪い案ではないはずです。それとも、NPT体制の盲点を埋める何らかの制度的な改善を試みるべきなのでしょうか。例えば、核保有国の資格を厳格にし、中国やロシアといった国際法を順守しない無法国家から資格を剥奪する、インド、パキスタン、並びに、イスラエルに対して非核化を義務付ける、あるいは、核保有国に北朝鮮やイランの核放棄の強制を義務化する、といった方法も考えられます(もっとも、非現実的ではあります…)。

非核保有国によるイランや北朝鮮の核保有問題が緊迫化する中、国際社会は応急的な対応に終始することなく、今般の核問題の原因の一つでもあるNPT体制の欠陥を直視すると共に、国際レベルにおける核の管理・規制を含む安全保障体制の再構築について議論を始めるべきなのではないかと思うのです。

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コメント (7)
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