万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

武漢起源説はそもそも中国が主張したのでは?

2020年05月17日 11時23分04秒 | 国際政治

 アメリカと中国との間で新型コロナウイルスの起源をめぐる論争が先鋭化する中、中国政府は、積極的な情報戦を仕掛けているようです。その一つが、既に新型コロナウイルスは、中国以外の諸国で広がっており、武漢での流行も外部から持ち込まれたウイルスによるものである、というものです。‘真犯人’については、アメリカ説をはじめブラジル説など多岐に及ぶのですが、この情報戦、中国の勝算は低いように思えます。

 今になりまして、中国が必至の形相で武漢発祥説を否定するのは、同ウイルスのパンデミック化の責任を厳しく問われているからに他なりません。各国で進められている対中賠償請求の額を予測すればこそ、できうる限り自国に対する請求額を低く抑えたいと考えるでしょうし、可能であれば責任そのものを他国、あるいは、他者に転嫁したいはずです。武漢が発祥地でないともなれば、これらの両者を同時に手にすることができるのです。情報戦に多額の国費をつぎ込んだとしても、自国の面子、並びに、巨額の賠償金を思えばそれは微々たるコストに過ぎないのでしょう。

 かくして、中国には、武漢起源説を否定したい強い動機があるのですが、時系列で整理してみますと、他所発祥説では辻褄が合わない箇所が続出してしまいます。第一に、そもそも、武漢起源説を公式見解として発表したのは中国政府自身に他なりません。すなわち、武漢での感染拡大を隠し切れなくなった中国政府は、当初から同ウイルスについて武漢の海鮮市場で取引されていた野生動物から人へと感染したものであると説明していたのです。しかも、同ウイルスの遺伝子解析の結果として、雲南菊頭コウモリを宿主、あるいは、中間宿主とするウイルス(RaTG13)との間に96%という高い塩基配列の一致が見られるとし、同ウイルスの変異体と見なしたのです。この説明を聞けば、誰もが同ウイルスは武漢において発祥したと信じるはずです。WHOによる基本的な説明も、中国の主張をなぞるものでした。

 仮に、新型コロナウイルスが武漢以外の地から持ち込まれたとしますと、ここに、‘何故、中国は敢えて自国起源を認める偽情報を発信したのか’という疑問も湧いてきます。科学的な証拠まで揃えたのですから、手の込んだ国家ぐるみの‘捏造’ということにもなりましょう。IT先進国でもある中国の高度な情報収集能力を以ってすれば、中国政府は、アメリカをはじめ他国の感染症の発生状況に関する情報はハッキングやスパイ行為を働かなくとも容易に入手していたはずです。武漢にあってSARSに類似した感染症の発生が最初に報告された際には、まずは海外起源説の線で対応したはずなのです。

 それでは、何故、中国は、武漢起源説を海外に向けて発信したのでしょうか。第一の理由として推測されるのは、全世界を見渡しても、武漢で発生したような症状を呈する感染症はなかった、というものです。似たような症状の感染症が海外において発見できなかったため、自らも武漢発祥を疑わなかったのかもしれません。もっともこの憶測は、武漢起源説は偽情報ではなく、やはり事実であったということにもなりましょう。少なくとも、この時期にあって、医療崩壊や感染者の急激な増加など、武漢のような惨事に至った都市は他にはありませんでした(新型コロナウイルスは、強力な感染力や免疫系へのダメージを含む多様な症状に加え、短期間における急激な病状悪化やサイトカインストームによる多臓器不全などの特徴がある…)。

 第二の推測は、武漢のウイルス研究所からの流出を隠すためというものです。人工ウイルスか否かに拘わらず、同ウイルスには、武漢のウイルス研究所から広がったとする疑惑があります。同疑惑は既に国際問題化しており、アメリカのトランプ政権が公式に同説を主張すると共に、オーストラリア政府も国際調査団による厳正な調査の実施を求めています。同研究所が新型コロナウイルスの真の‘起源’であるとなりますと、中国政府の責任は自然発生の場合の比ではありません。そこで、武漢のウイルス研究所に関心が集まらないよう、武漢の海鮮市場をスケープゴートに仕立てようとしたのかもしれないのです(当初、中国政府は、武漢ウイルス研究所で造られた人工ウイルスとするよりも、生鮮市場で自然発生した天然ウイルスとした方が、すなわち、新型コロナウイルス禍は自然災害であると喧伝する方が、予測される国際社会からの厳しい批判や賠償請求はかわせると考えた?)。

 中国政府が、あくまでも海外起源説を主張しようとするならば、同政府は、初期段階における重大な情報隠蔽や封じ込め策の怠慢のみならず、科学的根拠付きの武漢起源を認めた当初の公式見解についても(RaTG13の説明はどうなるのでしょうか…)、誰もが納得するような説明を提示すべきと言えましょう。それができないとなれば、いよいよもって武漢起源は確定的となるのではないでしょうか。

 


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