各国ともに新型コロナウイルス禍による混乱と経済活動の委縮に苦しむ中、香港問題に対する国際的な関心が薄れたと見た中国は、香港の民主派を封じるべく取り締まりの強化に動いているようです。延期の末に今月22日から開催される全人代にて、国家安全法を制定する方針とも報じられており、こうした中国の弾圧姿勢に対してアメリカは強く反発しています。
米ソ両国の超大国が鋭く対峙していた第二次世界大戦後の冷戦構造は、資本主義対共産主義を基本構図とするイデオロギー対立の色彩が強く、古今東西の歴史に散見される大国間の覇権争いや、国益の衝突とは一線を画していました。しかしながら、冷戦崩壊後にあっては、共産主義国であった中国も経済面において計画経済を放棄して改革開放路線に舵を切ったため、国際社会を舞台としたイデオロギー対立は影を潜めるようになります。そして、中国がWTOへの加盟を果たし、西側諸国が作り上げてきた自由貿易体制に加わったことで、グローバリズムが一気に全世界に拡大することとなったのです。あたかも、一切の対立などこの世には存在しないかのように…。グローバリズムが理想とする世界では、人種、民族、宗教等のあらゆる違いと同様に、イデオロギーや価値観の違いも消え去っているのでしょう。
もっとも、経済の分野にあって世界第二位の経済大国に成長し、巨額の貿易黒字を積み上げるようになった中国は、世界最大の貿易赤字国であるアメリカとの間で貿易摩擦が生じるようにもなります。ここまでの展開は、1980年代の日米貿易摩擦と凡そ同様のプロセスを辿っています。米中対立も、当初は米中貿易摩擦と称されたように、貿易収支の不均衡が最大の懸案とされ、かつての日米交渉のように、アメリカ側が中国側に対して是正を要求するに至るのです。しかしながら、その後の流れは、日米間と米中間とでは大きく違っているように思えます。日米貿易摩擦では日米同盟も維持され、両国間の政治的関係には変化をもたらさなかったのですが、昨今の米中貿易摩擦での対立は、経済分野では収まらなかったからです。
まずもって、最先端のテクノロジーを手にして軍事大国に伸し上がった中国は、冷戦終焉後にあって一強となっていたアメリカに挑むと共に、周辺諸国にも軍事的な脅威をあたえるようになりました。この段階では、上述した古典的な世界への回帰とも言えるのですが、今日の中国の台頭は、同時に、価値観、否、国家体制をめぐる対立の復活を意味しているように思えます。万国の労働者に団結を呼びかけ、世界革命を標榜する共産主義思想とは、その本質において国境線を持ちません。かつてのソ連邦がそうあったように、実態が暴力による侵略であったとしても、共産主義というイデオロギーが他国の支配を都合よく正当化してしまうのです。
しかも、資本主義対共産主義を対立軸としていた冷戦期とは違い、中国自身が‘資本主義国’となった今日では、米中間の政治上の対立は民主主義体制対独裁(一党独裁)体制の様相を呈してきています。言い換えますと、表向きの友好ポーズはどうあれ、全ての民主主義国家は潜在的には中国の‘敵’となり得るのです。香港の民主主義が消滅の危機にあるように、全世界の民主主義国家も、自らの国家体制を中国によって潰されかねないのです。一方、この構図を逆から見ますと、習近平政権による香港に対する弾圧の強化は、中国が全世界の民主主義国家を‘敵’に回すことをも意味します。民主主義は人類普遍の、統治を支える本源的な価値であるのですから、中国は人類の‘敵’ということにもなるのです。
中国が危険な‘敵国’である以上、他の民主主義諸国が中国から離れてゆくことは当然の帰結と言えましょう。世界支配の野望に目がくらんでいる中国は、その意味するところを、そして、その行き着く先を理解していないのではないかと思うのです。