万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

WHOは何処に向かうのか?

2020年05月30日 12時43分55秒 | 国際政治

 アメリカのトランプ大統領はWHOからの事実上の脱退を表明し、両者の決裂は決定的となりました。最大の拠出国を失うわけですから、WHOの財務が悪化することは必至なのですが、先行きが不透明化する中、テドロス事務局長は、WHO独自の財団の設立を打ち出しています。

 同財団について、テドロス事務局長は、WHO独自の財団設立構想は、アメリカとの対立による資金不足を直接の原因としているのではなく、同局長が2017年の同ポスト就任以来温めてきた長期的な制度改革の一環として説明しています。拠出金の80%占める任意拠出金ではその使途が特定の事業に限定されているため、WHOが柔軟な対応、あるいは、独自性を発揮することはできないそうです。比較的裁量度の高い残りの20%の予算も加盟国の拠出金に依存しており、同局長としては、財団を設立することで個人や企業等からの寄付金を募り、資金調達のすそ野を広げたい、ということなのでしょう(もっとも、この説明が正しいとは限らない…)。

 しかしながら、このWHO財団の行方、中国がテドロス事務局長の後ろ盾である点を考慮しますと、悪い予感しかしないのです。そもそも、中国はWHO予算への貢献度は極めて低く、アメリカと間には雲泥の差があります。任意拠出金だけを見ても僅か0.21%に過ぎないのですから(アメリカは凡そ15%)。その一方で、SARSなどの他の感染症を含め、新型コロナウイルスの震源地となった中国は、同機関から長期にわたって多大な恩恵を受けてきました。つまり、WHOを介してアメリカの予算が中国の感染症対策や公衆衛生の向上のために費やされる、という構図が長らく続いてきたのです。

 一旦、加盟国からの拠出金が国際機関の‘金庫’に納められてしまいますと、加盟国間の受益と負担の関係を見えなくしてしまうものです。このため、実質的にアメリカが中国を資金面で支援していたとしても、中国はアメリカに対して特段に恩義を感じることはない、ということになります。それどころか、WHOのトップの座を潤沢なチャイナ・マネーで掌握し、より自国に都合の良い方向にコントロールしようとしたのですから、トランプ大統領の脱退の決意も理解に難くはありません。

 そして、仮にテドロス事務局長が就任当初から‘制度改革’を目指していたとしますと、この計画の影の発案者が中国であった可能性も否定はできません。上述したように、財団設立の目的がWHOの自由裁量の幅を広げることにあるならば、この目的の正体は、最大の拠出国であるアメリカの影響力を排除し、中国の意向で自由に予算配分ができる体制への変革であったとも推測されるのです。民間からの自発的な寄付という形であれば、最早、アメリカはWHOの運営に口出しはできないと考えたのでしょう。

 テドロス事務局長は、WHO財団が最初に取り組むのは感染症に対する緊急対応並びにパンデミック対応と述べていますが、自らの初期対応の失敗を資金不足のせいにしているようにも聞こえ、先が思いやられます。しかも、‘財団’という形式は、表向きのクリーンさとは裏腹に、常々腐敗の温床となる傾向にもあります(悪事のカモフラージュの側面も…)。既に、任意拠出金額においてアメリカに次いで第二位のランクにある「ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団」のビル・ゲイツ氏は、WHOに対して影響力を保持しています。今般、WHO財団が新設されるとすれば、中国に限らず、‘大口の出資者’によってWHOが私物化されてしまうリスクも生じることでしょう。

 テドロス事務局長の制度改革とは、その実、WHOの存在意義をも喪失させかねない改悪、否、破壊行為ともなりかねません。アメリカのみならず、日本国政府もまた、‘国際組織無誤謬神話’から脱し、WHOの将来的なリスクをも見越した賢明なる判断を為すべきなのではないかと思うのです。


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