万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

中国のデジタル人民元の野望は挫折する?

2020年05月24日 13時01分13秒 | 国際政治

 フェイスブックのリブラ構想は国家による反撃を受けてあえなく頓挫しそうな気配が漂う中、コロナ禍による混乱をよそに、中国では、デジタル人民元の発効に向けた動きが加速化しているそうです。世界初の試みとはいうものの、同構想に込めた中国の野望は、首尾よく達成されるのでしょうか。

 中国がデジタル人民元の発行を急ぐ主たる目的としては、(1)リブラ等の民間デジタル通貨の中国国内の流通拡大による人民元の不安定化の阻止、(2)政府による金融・経済の統制強化、(3)米ドルにかわる国際基軸通貨化が指摘されています。

現状からしますと、仮にリブラなどの民間デジタル通貨(私造通貨?)の発行が許可されたとしても、その時期は大幅に遅れると共に、国家の金融政策の権限を侵食しないように、様々な制約が課せられることが予想されます。否、中国政府が人民元と民間デジタル通貨との交換を禁止すれば、人民元不安定化の脅威は簡単に取り除くことができますので、デジタル人民元の発行を急ぐ理由は、自国通貨の不安定化リスクの排除という(1)の目的ではなさそうです。

 それでは、(2)の目的はどうでしょうか。中国当局が統制強化を必要とする理由としては、脱税、資金の海外流出、並びに、シャドーバンキングの蔓延があります。確かに、人民元紙幣が全世界から一掃されてデジタル通貨のみが流通する状況に至れば、人民元の流れはコンピューター上に可視化されて全て当局によって把握することができるようになりましょう。その一方で、他国と比較して規制が厳しい現状でさえ犯罪や不法行為が横行するぐらいですから、デジタル化したとしても、共産党幹部並びに富裕層から一般国民に至るまで、当局の監視の目の届かない他の外貨を獲得しようとするかもしれません。つまり、隠し資産であれ、一般の商取引や投資を目的とするものであれ、中国国内にあって水面下では外貨需要が増加し、むしろ退治しようとした‘闇経済’を拡大させるかもしれないのです。これでは、対抗馬となる外貨がリブラではないにせよ、自ら(1)の問題を引き寄せるようなものです。

 デジタル人民元の国際基軸通貨化につきましても、中国が、輸出大国である以上、その実現は望み薄です。米ドルは、アメリカが、戦後、一貫して輸入大国であったからこそ国際基軸通貨となり得たとも言えます。貿易決済に付随して、大量の米ドルが全世界の諸国に向けて供給されたからです。一方中国は、輸出主導型の経済運営により米ドルを中心とした外貨を積み上げることで現在の地位を築き上げてきました。この点に鑑みますと、たとえデジタル化されたとしても、人民元には国際基軸通貨の地位を得るための要件が欠けているのです。

 以上に三つの主要な目的について簡単に検証してみましたが、何れをとりましても、その目的を達成することは難しそうです。それでは、何故、挫折が予測されているにもかかわらず、なおも中国はデジタル人民元の発行を急ごうとしているのでしょうか。その理由は、表向きの目的とは別の目的であるからなのではないかと推測されます。おそらく、裏の目的とは、デジタル人民元の‘デジタル政府通貨’化による‘人民元通貨圏’の形成であり、少なくとも、この方法なくして(3)の目的を達成し得ることは殆ど不可能です(なお、ベーシックインカムも、政府通貨の問題と絡んでいるのでは…)。つまり、中国は、貿易決済ではなく、無償供与や融資といった別の方法でデジタル人民元を世界各国、とりわけ一帯一路構想に取り込まれた諸国に提供し、現地通貨を駆逐して人民元通貨圏に取り込んでしまおうと目論んでいるのかもしないのです(中国政府は、デジタル政府通貨を一瞬のうちに無制限に発行できますので、他の諸国は民間デジタル通貨ではなくデジタル人民元を脅威とする(1)の危機に直面する…)。

 さらに、アリペイといった中国系IT企業のスマホ決済システムを海外の諸国でも普及させれば、比較的容易にデジタル人民元を海外諸国で流通させることができます。また、中国企業の海外進出や移民の増加は、‘人民元通貨圏’の形成には好都合でもあります。もっとも、現段階では、中国政府は、デジタル人民元の使用は中国国内に限定していますので、‘人民元通貨圏’に飲み込まれるリスクは引くようにも見えます。しかしながら、コロナ禍を機とした中国のマスク外交に惑わされた諸国も多く、また、チャイナ・マネーに篭絡されている諸国も少なくない状況にあっては、デジタル人民元の国内使用を認める国が出現する可能性も否定はできません。また、従来の人民元とデジタル人民元を区別することはできるのか、という問題もあり、‘気が付いた時には既にデジタル人民元が海外諸国でも使用されていた’ということにもなりかねないのです(民間デジタル通貨とは違い、中国政府が全人民元をデジタル化すれば、自ずと海外でも使用されることに…。当初より、いずれは、デジタル人民元を海外でも流通させる計画なのでは?)。

 以上に述べてきましたように、中国のデジタル人民元の発効には、一帯一路構想とセットとなる‘人民元通貨圏’構想が潜んでおり、その先には、政治分野も含めた世界大での‘大中華圏構想’も見えてきます。デジタル人民元の発行が中国による世界支配へのステップであるとすれば、他の諸国は、デジタル通貨の扱い、さらには、既成事実を追認するのではなく、通貨というもののについて根本的な議論を試みるべきではないかと思うのです。


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