万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

黒川検事長辞任の怪

2020年05月21日 10時45分46秒 | 日本政治

 報道によりますと、渦中の人でもあった東京高等検察庁の黒川弘務検事長は辞任の意向を総理官邸に伝えたそうです。辞意を表明した直接の切っ掛けは不祥事の発覚なのですが、一連の流れにはどことなく怪しさも漂っているように思えます。

 黒川検事長の辞任を招いた不祥事とは、コロナ自粛中の期間にありながら、産経新聞社の記者、並びに、朝日新聞社の元記者と一緒に‘賭け麻雀’に興じていたというものです。法務省もこの事実を認めており、同氏の失脚を狙った捏造スキャンダルではなさそうです。動かしがたい事実なのですが(もっとも、掛けたかどうかは調査中らしい…)、それが、事実であるだけに‘怪しい’のです。

 同氏の軽率な行動については、国民の誰もが‘信じがたい’と思うはずです。検事長自身も、自らがある意味で‘時の人’となっていることは自覚していたはずであるからです。法改正に先立って、既に内閣による定年延長の措置が野党から激しく批判されており、国民の多くも同氏の名を知るに至っておりました。マスメディアも当然に同氏の動向を追っていたのでしょうから、通常であれば細心の注意を払って自らの行動を‘自粛’したはずなのです。どこからはたかれても埃が出ないように…。

ところが、こともあろうか、‘賭け麻雀’のお仲間たちはいずれもマスコミ人ばかりです。しかも、左右を代表する大手新聞社の記者達なのですから、自ら仕掛けられた‘罠’に飛び込んでいったようなものです。しかも、社会悪と対峙する検事の立場にもありますので、‘賭け麻雀’の事実が明るみになれば、自らの地位が危うくなることも十分に承知していたはずなのです。一般常識に照らしますと、東京高等検察庁の検事長の職は、その検事としての有能さと努力、そして何よりも順法精神が評価されて到達したポストであると推測されることから、今般の行動は、どう考えましても‘信じがたい’のです。

 それでは、何故、自滅とも言うべきかくも愚かしい行動を黒川検事長はとったのでしょうか。そこで、一つあり得る推理があるとしますと、それは、黒川検事長は‘捨て石’となったのではないか、というものです。今般の検事総長を含む検察幹部に最長で3年の定年延長を認める特例措置は、当初案では含まれてはいなかったものの、政権側が黒川検事長のために新たに設けたとする疑いが呈されてきました。黒川氏ターゲット論の文脈では、検察庁法の改正を拒む最大の要因は、黒川検事長その人にあることとなります。

 報道によりますと、菅官房長官は、今国会での成立を一時的には見送ったとはいえ、検察庁法の改正そのものは諦めていないそうです。昨日20日の衆院内閣委員会の席で、同官房長官は、次期国会での成立を目指す旨を表明しています。菅官房長官を黒川検事長の後ろ盾とする指摘もあり、政治と検察との癒着も疑われてきたのですが、このことは、黒川氏が政治によって操られてきた可能性を示唆しています。すなわち、今般の検察庁法の改正は、組織としての検察は蚊帳の外に置きつつ、一部の検察幹部を取り込む形で、政治サイドにおいて進められてきたものと推測されるのです。そして、仮にこの推理が正しければ、黒川検事長は、時期は少々遅れるものの予定通りに検察庁法の改正を実現させるために、政治サイドからの要請を受けて敢えて不祥事を起こし、‘悪役’を引き受けた、ということになりましょう。‘賭け麻雀’のお仲間たちは揃ってマスコミ人ですので、リークのお膳立ても整えられていたのです。

 それでは、黒川検事長の辞職を以って一件落着となり、政治サイドの目論見通りに次期国会にあって同法案はすんなりと可決成立するのでしょうか。政府としては、法案成立の最大の阻害要因と目されてきた黒川検事の問題が消えるのですから、世論の反発や批判も同時に収まるものと期待しているかもしれません。しかしながら、政治サイドの真の狙いは、準司法機関である検察の人事権の掌握にあるのでしょうから、黒川検事長辞任によって国民の理解を得られるとは思えません。否、そもそも同法案は権力分立のバランスを崩す結果を招きますので、如何なる理由や説明を以ってしても国民を納得させることはできないことでしょう。

 検察庁法改正につきましては、既に、問題の焦点は黒川氏から日本国の統治機構そのものに移りつつあります。上述した黒川検事長捨て石説の推理が正しいのかどうかは今後の調査を待たなければならないのですが、同氏の辞任の如何に拘わらず、今般の検察庁法の改正は日本国の危機でもあります。法の前の平等も蝕まれ、政治腐敗を助長しかねないのですから、同法案の成立は、将来にわたって断念されるべきではないかと思うのです。


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