万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ドイツは中国からEUに回帰?

2020年05月26日 12時50分43秒 | 国際政治

 新型コロナウイルスによる感染症のパンデミック化は、中国が牽引してきたグローバリズムに地殻変動をもたらしています。ポストコロナの時代を睨んだ脱中国の動きが加速しており、中国発のパンデミックは、地球を一周して自らが立脚してきた経済システムをも崩しかねない様相を呈しています。ヨーロッパも例外ではなく、自由貿易主義の擁護者であったEUでも、医療物資の分野を中心に域内生産を拡大させる方針を示すようにもなりました。

 ところで、EUとグローバリズムとの間には、その誕生から微妙なジレンマがありました。モノ、サービス、資本、人から成る4つの移動自由を基本原則として掲げるEUは、自由貿易よりもさらに自由化の範囲を広げた市場統合を目指し、実際に、加盟国間に設けられていた関税や非関税障壁の撤廃によって、欧州市場と称される単一市場を完成させています。自由化に邁進してきた立場からしますと、グローバルレベルでの自由化にも積極的であり、トランプ政権が掲げた‘アメリカ・ファースト’の方針に対して、中国と声を揃えて反対の意を唱えたのもEUであったのです。

 その一方で、急速なグローバル化の進展は、EUにとりましては、誤算であったのかもしれません。欧州市場の建設のそもそもの目的は、英仏独等の‘域内先進国’から新規加盟国といった‘域内後進国’に製造拠点や投資が移動し、域内全体の経済成長を促すというものでした。前者は後者の成長の果実を受け取りつつ規模の経済を活かすと共に、後者もまた、巨大市場への参加により経済発展の機会を得るものと期待されたのです。

しかしながら、EUにおける市場統合と凡そ同時並行的に拡大したグローバリズムの拡大は、この当初の目論見とは別の方向へと向かわせます。何故ならば、ドイツ企業の多くは、中東欧諸国や南欧諸国といった‘域内後進国’よりも、より条件の良い中国への移転を選択したからです。緩い規制、低い労働コスト、割安な為替相場、市場規模の大きさ等々、何れの観点から見ても中国の方が有利であり、ドイツの企業は大挙して中国に工場を構えることとなったのです。今では、ドイツ企業の製品の殆どに‘Made in China’のラベルが張られています。

 この結果、独中関係が深まる一方で、EUの新規加盟国群はグローバリズムの波に乗り遅れ、取り残されることとなりました。しかしながら、上述した4つの移動の自由を理想として掲げてきた手前、EUは、グローバルレベルでの自由化をも推進せざるを得ない立場にあります。自由貿易主義を否定すれば、深刻な自己矛盾に陥るからです。この間、中国は、ドイツとの関係を足掛かりとして欧州市場を自国製品の輸出市場と化すことに成功するのです。

 時間は待ってはくれず、自由貿易主義のジレンマを前にして立ち竦むうちに、EUでは域内格差が広がり、ドイツの一人勝ち状態も放任されることとなりました。中国において安価なコストで大量生産し、それをドイツの国内市場のみならず、域内全域において無関税で販売できるのですから、ドイツのポジションは最強です。利益の一部は税制を介してEUの財政に貢献したとしとしても、財政基盤の弱い南欧や中東欧諸国はしばしば危機的状況に見舞われたのです。

 かくしてEUは、暫くの間、自由貿易主義のジレンマ、否、呪縛から抜け出すことができずにいたのですが、新型コロナウイルス禍は、ドイツと中国との関係が見直されることで、同問題が解消へと向かうチャンスとなるかもしれません。ドイツ企業の多くが中国から国内、あるいは、EU域内に製造拠点を戻すとすれば、欧州市場建設の目的が遅ればせながら達成されるかもしれないからです。もっとも、ドイツ企業は域内回帰ではなく、インド等の別の域外国を選択するかもしれませんし、また、欧州市場のブロック化の懸念も指摘されています。全ての問題が解決されるわけではないのですが、少なくとも、自由貿易主義のジレンマに対する認識が深まれば、自由化一辺倒の方針に軌道修正を試みる機会となるのではないかと思うのです。


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