万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

トランプ大統領の不正投票発言とIT大手の問題

2020年05月28日 12時35分09秒 | アメリカ

 アメリカでは、目下、激しい大統領選挙戦が戦われています。二期目を目指す現職のトランプ大統領に対して、民主党の候補者はバイデン元副大統領に絞られてきた模様です。両陣営間の舌戦も激しさを増しているのですが、こうした中、トランプ大統領のツウィートが物議をかもしていると伝わります。

 それでは、トランプ大統領は、ツイッターにどのような‘つぶやき’を投稿したのでしょうか。それは、「投票用紙は偽造され、違法に印刷され、不正に書き込まれる」というものです。実のところ、民主党陣営に対する不正投票疑惑は今に始まったことではなく、前回の大統領選挙にあっても囁かれていました。アメリカでは、しばしば票の数え直しが行われるのも、有権者の多くが選挙結果を疑うからなのでしょう。民主主義国家は、選挙制度によって支えられていますので、選挙結果に不正があれば、権力の正当性は失われるのです。

 トランプ大統領は、不正選挙を疑う多くの国民の懐疑心に訴えたとも言えるのですが、ここで問題となるのは、同発言によって指摘された内容が事実であるのか、否か、という点です。大統領職とは、機密情報を含めてあらゆる情報が集まる、いわば情報の中枢ですので、同発言内容が事実である可能性は相当に高いとは言えましょう。しかしながら、国民の多くは、事実であるかどうか確かめるすべがありません。また、事実であることが確認されますと選挙不正を働いてきた張本人ともなるのですから、民主党陣営にとりましては極めて不都合な発言となりましょう。

 真偽不明の発言ではあったのですが、ここで、すかさず介入を見せたのがツイッター社です。同社は、トランプ大統領の投稿に「事実を知ろう」という警告文を表示し、利用者に対して同発言が‘フェイク’である可能性を示唆し、その信憑性について注意を促したのです。確かに、トランプ大統領は証拠を提示しているわけではありませんので、同社が、鵜呑みにしないように訴えることは公平性や事実尊重の観点からして理解に難くはありません。しかしながら、ツイッター社の介入についても、問題がないわけではないように思えます。

第1に、トランプ大統領が常々批判してきたように、同社が民主党寄りのスタンスにあるならば、それは、特定の政治的信条に基づく‘政治介入’ということになりましょう。上述したように、トランプ大統領の発言は民主党にとりましては痛手となります。SNSは今や公共インフラ化している現実からしますと、同社による介入は公共空間の私物化ともなりかねないのです(情報インフラの私物化問題については詳しくは後日に…)。

第2の問題点は、フェイクニュースが問題視されている今日にあっては、SNSの利用者の大半は、フェイク、あるいは、真偽不明の情報や憶測が混じっていることを理解した上で、政治家の発言を受け止めていることです。過去の政治家の発言を具にチェックをしてみれば、その全てが事実や現実に合致しているわけではありません。況してや、同大統領の発言をよく読みますと、過去形ではなく、未来形(will)で書かれています。つまり、大統領としては、今年11月に予定されている大統領選挙に際して郵便投票の導入が拡大すれば不正選挙が行われるリスクが高まることを、国民に伝えようとしたとも解されるのです(もちろん、過去の事実に基づく予測かもしれませんが…)。同発言が未来に向けられていたとしますと、ツイッター社の警告は過剰反応ということになり、政治的な意図がなおさら強く疑われることとなるのです。

第3に指摘すべきは、事実を知るように訴えたものの、国民の信頼に足るほどツイッター社自身が真に事実を重視しているのか、疑わしい点です。ツイッター社のみならず、IT大手による集計にはその誕生の時から操作が加えられているとする指摘があります。SNS、ブログ、YouTube等のアクセス数、訪問者数、閲覧者数、視聴回数、ランキングなどの数字は、時にして不自然な動きを見せます(かく言う私も、あり得ない数字に遭遇…)。IT大手は、日々、運営者側が集計数を操作できる事例を自ら人々に知らしめているのですから、‘不正選挙など絶対にない’と言い切れる立場にはないはずなのです。

第4に、同社が事実を知ろうと訴えるならば、その具体的な手段をも提示すべきとも言えましょう。自らにとりまして不都合な情報に対しては、‘それは虚偽である’とする反論の仕方は、どこか、中国の手法を彷彿とさせます。中立・公平な機関による厳正な調査が実施されれば、トランプ大統領の発言こそ、事実であることが証明されるかもしれません。

以上に述べてきましたように、今般の一件では、ツイッター社の対応にも問題がありそうです。そして、この問題は、IT大手が本来自由であるべき言論空間への介入を強めてきたという民主主義国家が直面している、今日的な危機をも表しているように思えるのです。


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