東京国立近代美術館で開催された、“揺らぐ近代”を見た帰り、常設展を見てきました。その時見た作品の中に、びっくりする絵がありました。それが、チラシの中央に描かれている「眼のある風景」(38)です。作者の名前は、靉光(あいみつ)と言います。知りませんでした。
本名は、石村日郎(にちろう)。1907年広島県に生まれ、1924年上京。“池袋モンパルナス”と呼ばれた地域で活動していたそうです。東京生まれの私ですが、この地名は聞いたことがありません。どなたかご存知でしょうか?とにかく、この作家については知らないことばかり…。
“眼のある風景”に驚かされ、その幻想的な作風に驚かされていたら、その靉光の作品を集め紹介する、“生誕100年 靉光展”が、開催されることを知りました。気になります。そこでどんな作品を描く人なのか、調べてみたら… 驚きです。
どうして、こうも作品に統一感がないのか…。というより1点1点、ちがうのです。作品から受ける印象が。「眼のある風景」からは、その眼の先にあるものをなんとか探し出そうとする意識が生まれるし、「編み物をする女」(34)からは、白い顔の中国人形のイメージを…。
「梢のある自画像」(43)の表情は苦悩を感じるし、「コミサ(洋傘による少女)」(29)に至っては、まるでルオーの作品のよう。他にも「鳥」(42)や「二重奏」(41)の緻密な描き方、「女」(34)のユーモア、「海」(43)の大胆な波の色!そのどれも、似ていないのです。
彼の作品は、生前自ら多くを破棄し、広島に残した作品たちは原爆によって消失。しかも本人は、召集、終戦後まもなく異国上海で、わずか38歳という若さで戦病死。遺された作品は、数少ないのです。その約130点が、展示されます。どんな展示会なんでしょうね~?
本名は、石村日郎(にちろう)。1907年広島県に生まれ、1924年上京。“池袋モンパルナス”と呼ばれた地域で活動していたそうです。東京生まれの私ですが、この地名は聞いたことがありません。どなたかご存知でしょうか?とにかく、この作家については知らないことばかり…。
“眼のある風景”に驚かされ、その幻想的な作風に驚かされていたら、その靉光の作品を集め紹介する、“生誕100年 靉光展”が、開催されることを知りました。気になります。そこでどんな作品を描く人なのか、調べてみたら… 驚きです。
どうして、こうも作品に統一感がないのか…。というより1点1点、ちがうのです。作品から受ける印象が。「眼のある風景」からは、その眼の先にあるものをなんとか探し出そうとする意識が生まれるし、「編み物をする女」(34)からは、白い顔の中国人形のイメージを…。
「梢のある自画像」(43)の表情は苦悩を感じるし、「コミサ(洋傘による少女)」(29)に至っては、まるでルオーの作品のよう。他にも「鳥」(42)や「二重奏」(41)の緻密な描き方、「女」(34)のユーモア、「海」(43)の大胆な波の色!そのどれも、似ていないのです。
彼の作品は、生前自ら多くを破棄し、広島に残した作品たちは原爆によって消失。しかも本人は、召集、終戦後まもなく異国上海で、わずか38歳という若さで戦病死。遺された作品は、数少ないのです。その約130点が、展示されます。どんな展示会なんでしょうね~?