報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
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 実際のものとは異なります。

“私立探偵 愛原学” 「煙に巻く斉藤秀樹」

2021-10-17 21:05:14 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[8月1日16:00.天候:晴 東京都墨田区菊川 愛原学探偵事務所]

 私は言われるがまま、斉藤社長のスマホに掛けてみた。

 斉藤秀樹:「はい、もしもし?」
 愛原:「あっ、斉藤社長ですか?愛原ですけど……」
 秀樹:「ああ、愛原さん、先ほどはどうも。白井画廊の事、何か分かりましたか?」
 愛原:「いえ、それはまだです。社長のお知り合いの画廊の方の情報が頼りです」
 秀樹:「向こうもサービス業ですから、平日よりも週末の方が忙しいのです。まあ、数日ほど待ってみてください。もし1週間経っても連絡が無いようでしたら、こちらから催促しますから」
 愛原:「お手数お掛けします」
 秀樹:「いえいえ。私が絵を1枚買うと言った以上、向こうも手は抜かないでしょう。何せ、売り上げが掛かっているのですからなぁ。はっはっは」
 愛原:「恐れ入ります。実は今お電話差し上げたのは、別の事でして……」
 秀樹:「別の事?何でしょう?私が答えられるものだと良いのですが……」
 愛原:「恐らく回答可能だと思います。何故なら、社長の御宅に関してのことなのですから」
 秀樹:「……なるほど。とはいうものの、全て答えられるかどうか分かりませんよ?例えばセキュリティ関係のこととか……」
 愛原:「いえ、そういうことではありません。私も探偵ですし、その前は警備会社で働いていたのですから、そう易々とセキュリティ関係の事については喋れないというのは分かります。そうではなくて、1階のトイレのことです」
 秀樹:「1階のトイレ?何か不具合でもありましたか?」
 愛原:「私が以前お借りした時は洋式トイレだったはずが、先ほどリサがお借りした時は和式だったというんです。何かお心当たりはありますか?」
 秀樹:「ああ、そういうことでしたか。答えは両方です」
 愛原:「両方!?ということは、1階にトイレは2つあると?」
 秀樹:「図面上は1ヶ所です。しかし、便器は2つあるということですよ」
 愛原:「??? 仰ってる意味がよく、分からないのですが……。廊下から入ってドアを開けますと、直に便器と手洗い用の洗面所がありますね。そこに便器が2つあると?」
 秀樹:「そんなところです」
 愛原:「????????」

 私はまだ意味が分からなかった。
 言葉に詰まっていると、斉藤社長はそれを見越してか、笑いながら言った。

 秀樹:「実はあのトイレ、洋式と和式を切り替えることができるんです」
 愛原:「はあ!?そんなことができるんですか!?」
 秀樹:「それができるんですよ」
 愛原:「失礼ですが、どうしてそんな面倒臭いことを?」
 秀樹:「理由は2つあります。1つは来訪者対策」
 愛原:「?」
 秀樹:「私もこういう立場ですから、多くの来訪者があります。その中には、和式しか使用できない方もいらっしゃいましてね。本当は愛原さんの仰る通り、トイレを2つ造れば良い話なのですが、何しろあの敷地面積ですから。まさか、外に造るわけにもいきませんしね。そこで便器をその都度、切り替えることができるようにしました」
 愛原:「も、もう1つは?」
 秀樹:「娘の教育の為です。最近は多くの家庭で、洋式トイレが当たり前になりました。すると、和式トイレを使用したことの無い子供が、いざ学校や公共のトイレで和式に当たった時、使えなくなるわけです。それを防ぐ為、あえて和式トイレを用意することにしました」
 愛原:「そ、そうでしたか。因みに、どうしてリサの時は和式になっていたのですか?」
 秀樹:「娘が帰って来たことで、そこのトイレを使うだろうと思ったからです。実際はリサさんが使ってましたね。もしも今後あのトイレを使うことがある時は言ってください。使い易い方に切り替えますから」
 愛原:「わ、分かりました」
 秀樹:「これで解決しましたね。今後も何か分からないことがありましたら、何なりとお聞きください。但し、答えられるものとそうでないものがありますが」
 愛原:「分かりました。大変ありがとうございます。それでは、失礼致します」

 私は電話を切った。
 因みにスマホはスピーカーホンにしていたので、今のやり取りはこの場にいる全員に聞こえていた。

 高橋:「さすが金持ちの家は違いますね」
 愛原:「確かに、あの1フロア辺りの面積がさほど広くない家にトイレを2つ造るのは難しいかもしれない……」

 私達は納得してしまったが、善場主任はそれでも納得できないといった感じだった。

 善場:「愛原所長」
 愛原:「何ですか?」
 善場:「確かに斉藤社長は、もっともらしいことを言っていました。回答には淀みの無いものでした」
 愛原:「ええ。ウソをついているようには聞こえませんでしたね」
 善場:「はい。恐らく、所長に答えた2つの回答は正直なものなのでしょう。事実、言われてみれば納得できるものでした」
 愛原:「そうですね。金の掛かる構造でしょうが、メイドさんを何人も雇えるような御宅ですし……」
 善場:「しかし、社長は2つ『だけ』とは言っていませんでした。これは恐らく、今の2つの回答は表向きで、本当の理由が別にあるのかもしれません」
 愛原:「ええっ?」
 高橋:「姉ちゃん、さすがに考え過ぎじゃねぇか?」
 善場:「他にも怪しい点がありました。所長、もしも私が帰った後で、『所長の御宅のトイレの構造について聞きたい』と電話してきたら、どう思いますか?」
 愛原:「えっ、何でって思いますね。どうしてそんなことを聞かれるんだろうって思います」
 善場:「はい、それが普通です。しかし社長は、『どうしてそんなことを聞くのか』とは言ってませんでしたね」
 愛原:「た、確かに……」
 善場:「仮に、所長から後でそのような電話があることを想定していたとすれば、話は別ですが……」
 愛原:「じゃあ、社長はわざと1階のトイレを和式に切り替えていたということですか?」
 善場:「そうです」
 高橋:「でも、切り替えていた理由をちゃんと社長は言ってたじゃねーか。『娘の教育の為だ』『娘が帰って来て、使うだろうから切り替えていた』って」
 善場:「果たしてそうでしょうか?」
 高橋:「どういうことだ?」
 善場:「斉藤絵恋さんは、普段から実家の1階のトイレを使うのでしょうか?」
 リサ:「……あまり見たことない。どちらかというと、自分の部屋がある3階のトイレを使ってる」
 善場:「そのトイレは洋式?」
 リサ:「そう」
 善場:「和式になっていたことは?」
 リサ:「無い」

 リサは首を横に振った。

 リサ:「ただ、1階のトイレは使ったことはあるんだと思う。学校のトイレで和式しか空いてなかった時、『実家じゃ和式トイレを使わされていたから使える』って言ってたことがある」
 善場:「なるほど。少なくとも、社長が所長に言ったこと自体はウソではないようですね」
 リサ:「うん。でも、サイトーの家で和式トイレを見たことが無かったから、どこにあるんだろうとは思ってた。聞こう聞こうとは思ってたけど、サイトーと会う度、いつも忘れてて……」
 善場:「で、今日1階のトイレを使った時、和式になってて、『あ、これのことだ』って思った?」
 リサ:「うん。でも、『いつも洋式なのに何で?』って思った」
 愛原:「リサは1階のトイレも使わせてもらうことがあるからな」
 リサ:「うん」
 善場:「リサがあの家を訪ねる時って、絵恋さんも一緒だよね?」
 リサ:「うん。むしろサイトーに連れられたり、呼ばれたりして行く」
 善場:「その時、1階のトイレを使う度、洋式だった?」
 リサ:「いつも使うわけじゃないけど……。でも、たまに使わせてもらう時は洋式だった」
 善場:「つまり、絵恋さんがいるからといって、いつも和式になっているわけではないのね」
 愛原:「今回はたまたまだったのでしょうか?」
 善場:「……社長はそう言うでしょうね」

 しかし、推理はここまでであった。
 善場主任は昼食会の時、リサの料理にだけ何か盛られており、それで腹を壊してトイレに行くように仕向けたのではないかと。
 だが、既に通じを2回していたリサの便からは、例の寄生虫やT・Gウィルスは検出されても、腹を下した原因となった物質は検出されなかった。
 下痢の症状が2回だけとなると、たまたま体内の寄生虫やウィルスが悪さをしただけと捉えられても仕方が無いからである。

 善場:「……してやられたかもしれない」

 善場主任は帰り際、悔しそうにそんなことを呟いていた。
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