[8月9日14:00.天候:晴 東京都渋谷区初台 京王電鉄初台駅→白井画廊跡]
菊川駅から乗り換え無しで初台駅に到着した私達。
再び猛暑の中、屋外へ放り出されることとなった。
愛原:「おー、甲州街道だ」
高橋:「そうです。で、上を通っているのが首都高4号線ですね」
愛原:「なるほど」
私達は地図を頼りに、白井画廊があったビルへ向かった。
駅前の甲州街道沿いや首都高速下は賑やかなものだったが、そこから一本路地を入れば静かになる。
これは何も珍しいことではない。
菊川だって、新大橋通りから一本路地を入れば静かなものだ。
違うのは、上に首都高が通っているか否か。
雰囲気も雑居ビルが建っていたり、マンションが建っていたりと様々。
新宿駅から一駅走っただけで、こうも違うのかと思う。
愛原:「あった、ここだ」
初台駅から5分ほど歩いた場所に、白井画廊があったビルはあった。
見た目は何の変哲も無いテナントビル。
7階建てで、1階に白井画廊が入居していたようだ。
で、1階部分はシャッターが降ろされ、『テナント募集中』の貼り紙がしてあった。
新宿にも近い場所なのだから、すぐにテナントが埋まりそうなものだが、昨今のコロナ禍による不景気で入居者がいないのかもしれない。
私は上の階に向かうエレベーターがあるエントランスに向かった。
管理人:「あ、すいません。今、エレベーターは点検中なので……」
1基しかないエレベーターは、業者による点検中だった。
週末にはよくあることだ。
事務所のビルも、よく週末には点検が入っていた。
しかし、マンションのエレベーターは平日に行われることが多い。
愛原:「いえ、大丈夫です。失礼ですが、ここの管理人さんですか?」
管理人:「はい、そうですが?」
定年退職後の再雇用先なのだろうか。
70歳近い年恰好の小柄な管理人がいた。
愛原:「実は1階に入居していた白井画廊さんのことで、お話を伺えればと思いまして……」
と言うと、管理人はサッと表情を変えた。
管理人:「お兄さん達、もしかして債権者の人達かい?」
愛原:「いえ、違いますよ。白井画廊さんが扱っていた絵のことについて聞きたいのです」
管理人:「私はただの管理人で、白井画廊さんのことはよく知りませんよ?」
愛原:「それでも、何か緊急な事があった場合の連絡先とかは控えられていたんじゃないですか?」
管理人:「それを何度も債権者の人達に聞かれましたよ。たけど、何度電話しても繋がらない。そりゃそうですよ。夜逃げしたっていうんですから。このビルのオーナーも、家賃を踏み倒されたとお怒りでねぇ……」
白髪が目立つ管理人は憤慨した様子で言った。
自分はただ単に管理会社から派遣されただけの管理人に過ぎないのに、債権者などの関係者から問い詰められたりしたのだろう。
愛原:「そこにあった絵とかはどうなったんですか?」
管理人:「粗方高そうな絵は、社長さんらが持ち逃げしましたよ。他の物については、債権者達が借金のカタに持って行きました。どうも胡散臭い所から金を借りていたのか、その筋っぽい人達なんかもいましてねぇ……」
愛原:「白井画廊ということは、社長さんの名前も白井さんと言うんですよね?」
管理人:「そうです。確か、白井でん……いや、違うな。何て読むんだったっけ……」
愛原:「伝三郎とか?」
管理人:「いや、違いますよ。伝とは書くんですけどね」
管理人はメモ用紙に名前を書いた。
管理人:「こんな字ですよ」
愛原:「『伝雄』?白井伝雄(つたお)というんですか?」
管理人:「あ、そうですよ!そんな読みでした!お兄さん、漢字得意ですな!」
愛原:「いくつくらいの人ですか?」
管理人:「そうですな……。あ、ちょうどお兄さんくらいの歳ですよ。背はもうちょっと高かったかな……」
私と同じくらいの歳か。
白井伝三郎には子供はいないというから、別の兄弟の息子かもしれない。
とはいうものの、ここで捜査は手詰まりになってしまう。
愛原:「因みに事務所跡を見せてもらうなんてことは……」
管理人:「見ても何にもありませんよ。債権者が借金のカタに、売れる物は何でも持って行きましたし。売れない物はオーナーの方で処分しました。その処分費用もバカにならないと大変お怒りで……」
愛原:「それは大変でしたね」
処分して掃除しなければ、次のテナントを呼べないからだろう。
不動産業は、こういうリスクがあるから大変だ。
愛原:「管理人さんは白井社長とは会ったことがありますか?」
管理人:「直接話をしたことはありませんでしたが、お見かけはしたことありますよ?とても羽振りの良さそうな感じでしたので、まさか夜逃げするとは思いませんでしたね」
愛原:「なるほど……。因みに白井画廊さんが借りていたのは、1階の事務所だけですか?」
管理人:「そうです。あとは地下1階の駐車場と倉庫ですね」
愛原:「駐車場と倉庫……」
管理人:「倉庫も何にもありません。一体、何で借りたのかも分かりませんよ」
愛原:「何も無くても構いませんので、見るだけ見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
管理人:「まあ、いいでしょう。もうすぐエレベーターの点検も終わりますし、私も仕事が終わりますので」
高橋:「もう仕事終わりなのか」
管理人:「本当は土日は休みなんです。だけど、週末にしかできない作業とかもあるから、そういう時は出勤するんですよ」
ということは、私はエレベーター点検業者に感謝しなければならないな。
しばらくして、私達は事務所があった所を案内してもらった。
確かに、事務所跡には何も無かった。
部屋がいくつかあったが、恐らく応接室とか社長室とかに使われたのだろう。
あとは給湯室とトイレ。
管理人:「このトイレもどうするか、オーナーは悩んでましたね」
愛原:「? どういうことですか?」
管理人:「このトイレ、白井画廊さんが入居した時に増設されたものです。もちろん、白井画廊さんのお金でね。もしも退去する時は原状回復するからとオーナーに約束したはずなんですが、ものの見事に破られましたよ」
確かにこのビルのトイレは、エレベーターホールの横にあった。
愛原:「どうして白井画廊は、トイレを増設したんですか?」
管理人:「お客様対策だと言ってましたね。まあ、高い絵を購入されるお客さんの中には年配者の方とかいて、トイレが近いからそのサービスの為だとか……」
愛原:「変な理由ですね」
管理人:「変な理由ですよ。でもまあ、費用は全額白井画廊さんの負担でしたからね」
高橋:「ん?何だこれ?」
高橋がある物を見つけた。
トイレは洋式便器と、手洗い用の小さな洗面台が付いているだけであった。
高橋が見つけたのは、とあるレバー。
トイレの外側にあった。
たまたま高橋がそこの分電盤みたいな箱の蓋を開けたのだ。
中にあったのはブレーカーのレバーとかではなかった。
『洋式⇔和式』と書かれたレバーがあり、レバーは『洋式』の方を向いていた。
愛原:「ま、まさか!?」
私はそのレバーを『和式』に倒した。
すると、ゴゴゴとモーターの唸る音がしたかと思うと、洋式便器が床下に引っ込み、代わりにそこから和式便器が現れた。
リサ:「あっ、これ!サイトーの家で見たものと同じ!」
愛原:「何だって!?」
ボックスの中を見ると、蓋の内側には、『通常は洋式の方にしておくこと』『お客様からの御要望、並びにL使用の時は和式可』と書かれていた。
愛原:「Lって何だ?」
高橋:「分かりません」
管理人:「凄い!こんな仕掛けがあったとは……!これじゃ、原状回復も大変だ。またオーナーが怒りそうだ……」
愛原:「なるほど。斉藤社長の家の1階トイレもこういうのだったか」
リサ:「でね、流すと穴が開いて下に落ちて行ったの!」
愛原:「なに!?」
私は和式状態で水を流そうとした。
しかし、どこにもボタンやレバー、センサーが見つからない。
愛原:「リサ?」
リサ:「うん。私も、し終わった後で水を流そうとしたんだけど、どこにもレバーとかが無くて。どうしようと思ってたら、勝手に穴が開いて下に落ちて行ったの」
愛原:「下に落ちたというのは、どういうことなんだ?」
リサ:「旧校舎のトイレみたいな感じ」
愛原:「つまり、ボットン便所みたいな感じか」
東京中央学園上野高校の教育資料館は、昭和初期に建てられた木造の旧校舎を転用したものである。
愛原:「どういう現象なのか見てみたいな。よし、探そう」
私達は和式トイレを流すスイッチを探した。
探しているうちに、ふと疑問に思う。
洋式トイレには、ちゃんと水洗レバーが付いていた。
なのに、どうして和式トイレには付いていないのだろうかと。
そして、リサの時はどうして流れたのだろうかと。
センサー式ではないのだろうかと思ったが、センサーらしき物は見つからなかった。
菊川駅から乗り換え無しで初台駅に到着した私達。
再び猛暑の中、屋外へ放り出されることとなった。
愛原:「おー、甲州街道だ」
高橋:「そうです。で、上を通っているのが首都高4号線ですね」
愛原:「なるほど」
私達は地図を頼りに、白井画廊があったビルへ向かった。
駅前の甲州街道沿いや首都高速下は賑やかなものだったが、そこから一本路地を入れば静かになる。
これは何も珍しいことではない。
菊川だって、新大橋通りから一本路地を入れば静かなものだ。
違うのは、上に首都高が通っているか否か。
雰囲気も雑居ビルが建っていたり、マンションが建っていたりと様々。
新宿駅から一駅走っただけで、こうも違うのかと思う。
愛原:「あった、ここだ」
初台駅から5分ほど歩いた場所に、白井画廊があったビルはあった。
見た目は何の変哲も無いテナントビル。
7階建てで、1階に白井画廊が入居していたようだ。
で、1階部分はシャッターが降ろされ、『テナント募集中』の貼り紙がしてあった。
新宿にも近い場所なのだから、すぐにテナントが埋まりそうなものだが、昨今のコロナ禍による不景気で入居者がいないのかもしれない。
私は上の階に向かうエレベーターがあるエントランスに向かった。
管理人:「あ、すいません。今、エレベーターは点検中なので……」
1基しかないエレベーターは、業者による点検中だった。
週末にはよくあることだ。
事務所のビルも、よく週末には点検が入っていた。
しかし、マンションのエレベーターは平日に行われることが多い。
愛原:「いえ、大丈夫です。失礼ですが、ここの管理人さんですか?」
管理人:「はい、そうですが?」
定年退職後の再雇用先なのだろうか。
70歳近い年恰好の小柄な管理人がいた。
愛原:「実は1階に入居していた白井画廊さんのことで、お話を伺えればと思いまして……」
と言うと、管理人はサッと表情を変えた。
管理人:「お兄さん達、もしかして債権者の人達かい?」
愛原:「いえ、違いますよ。白井画廊さんが扱っていた絵のことについて聞きたいのです」
管理人:「私はただの管理人で、白井画廊さんのことはよく知りませんよ?」
愛原:「それでも、何か緊急な事があった場合の連絡先とかは控えられていたんじゃないですか?」
管理人:「それを何度も債権者の人達に聞かれましたよ。たけど、何度電話しても繋がらない。そりゃそうですよ。夜逃げしたっていうんですから。このビルのオーナーも、家賃を踏み倒されたとお怒りでねぇ……」
白髪が目立つ管理人は憤慨した様子で言った。
自分はただ単に管理会社から派遣されただけの管理人に過ぎないのに、債権者などの関係者から問い詰められたりしたのだろう。
愛原:「そこにあった絵とかはどうなったんですか?」
管理人:「粗方高そうな絵は、社長さんらが持ち逃げしましたよ。他の物については、債権者達が借金のカタに持って行きました。どうも胡散臭い所から金を借りていたのか、その筋っぽい人達なんかもいましてねぇ……」
愛原:「白井画廊ということは、社長さんの名前も白井さんと言うんですよね?」
管理人:「そうです。確か、白井でん……いや、違うな。何て読むんだったっけ……」
愛原:「伝三郎とか?」
管理人:「いや、違いますよ。伝とは書くんですけどね」
管理人はメモ用紙に名前を書いた。
管理人:「こんな字ですよ」
愛原:「『伝雄』?白井伝雄(つたお)というんですか?」
管理人:「あ、そうですよ!そんな読みでした!お兄さん、漢字得意ですな!」
愛原:「いくつくらいの人ですか?」
管理人:「そうですな……。あ、ちょうどお兄さんくらいの歳ですよ。背はもうちょっと高かったかな……」
私と同じくらいの歳か。
白井伝三郎には子供はいないというから、別の兄弟の息子かもしれない。
とはいうものの、ここで捜査は手詰まりになってしまう。
愛原:「因みに事務所跡を見せてもらうなんてことは……」
管理人:「見ても何にもありませんよ。債権者が借金のカタに、売れる物は何でも持って行きましたし。売れない物はオーナーの方で処分しました。その処分費用もバカにならないと大変お怒りで……」
愛原:「それは大変でしたね」
処分して掃除しなければ、次のテナントを呼べないからだろう。
不動産業は、こういうリスクがあるから大変だ。
愛原:「管理人さんは白井社長とは会ったことがありますか?」
管理人:「直接話をしたことはありませんでしたが、お見かけはしたことありますよ?とても羽振りの良さそうな感じでしたので、まさか夜逃げするとは思いませんでしたね」
愛原:「なるほど……。因みに白井画廊さんが借りていたのは、1階の事務所だけですか?」
管理人:「そうです。あとは地下1階の駐車場と倉庫ですね」
愛原:「駐車場と倉庫……」
管理人:「倉庫も何にもありません。一体、何で借りたのかも分かりませんよ」
愛原:「何も無くても構いませんので、見るだけ見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
管理人:「まあ、いいでしょう。もうすぐエレベーターの点検も終わりますし、私も仕事が終わりますので」
高橋:「もう仕事終わりなのか」
管理人:「本当は土日は休みなんです。だけど、週末にしかできない作業とかもあるから、そういう時は出勤するんですよ」
ということは、私はエレベーター点検業者に感謝しなければならないな。
しばらくして、私達は事務所があった所を案内してもらった。
確かに、事務所跡には何も無かった。
部屋がいくつかあったが、恐らく応接室とか社長室とかに使われたのだろう。
あとは給湯室とトイレ。
管理人:「このトイレもどうするか、オーナーは悩んでましたね」
愛原:「? どういうことですか?」
管理人:「このトイレ、白井画廊さんが入居した時に増設されたものです。もちろん、白井画廊さんのお金でね。もしも退去する時は原状回復するからとオーナーに約束したはずなんですが、ものの見事に破られましたよ」
確かにこのビルのトイレは、エレベーターホールの横にあった。
愛原:「どうして白井画廊は、トイレを増設したんですか?」
管理人:「お客様対策だと言ってましたね。まあ、高い絵を購入されるお客さんの中には年配者の方とかいて、トイレが近いからそのサービスの為だとか……」
愛原:「変な理由ですね」
管理人:「変な理由ですよ。でもまあ、費用は全額白井画廊さんの負担でしたからね」
高橋:「ん?何だこれ?」
高橋がある物を見つけた。
トイレは洋式便器と、手洗い用の小さな洗面台が付いているだけであった。
高橋が見つけたのは、とあるレバー。
トイレの外側にあった。
たまたま高橋がそこの分電盤みたいな箱の蓋を開けたのだ。
中にあったのはブレーカーのレバーとかではなかった。
『洋式⇔和式』と書かれたレバーがあり、レバーは『洋式』の方を向いていた。
愛原:「ま、まさか!?」
私はそのレバーを『和式』に倒した。
すると、ゴゴゴとモーターの唸る音がしたかと思うと、洋式便器が床下に引っ込み、代わりにそこから和式便器が現れた。
リサ:「あっ、これ!サイトーの家で見たものと同じ!」
愛原:「何だって!?」
ボックスの中を見ると、蓋の内側には、『通常は洋式の方にしておくこと』『お客様からの御要望、並びにL使用の時は和式可』と書かれていた。
愛原:「Lって何だ?」
高橋:「分かりません」
管理人:「凄い!こんな仕掛けがあったとは……!これじゃ、原状回復も大変だ。またオーナーが怒りそうだ……」
愛原:「なるほど。斉藤社長の家の1階トイレもこういうのだったか」
リサ:「でね、流すと穴が開いて下に落ちて行ったの!」
愛原:「なに!?」
私は和式状態で水を流そうとした。
しかし、どこにもボタンやレバー、センサーが見つからない。
愛原:「リサ?」
リサ:「うん。私も、し終わった後で水を流そうとしたんだけど、どこにもレバーとかが無くて。どうしようと思ってたら、勝手に穴が開いて下に落ちて行ったの」
愛原:「下に落ちたというのは、どういうことなんだ?」
リサ:「旧校舎のトイレみたいな感じ」
愛原:「つまり、ボットン便所みたいな感じか」
東京中央学園上野高校の教育資料館は、昭和初期に建てられた木造の旧校舎を転用したものである。
愛原:「どういう現象なのか見てみたいな。よし、探そう」
私達は和式トイレを流すスイッチを探した。
探しているうちに、ふと疑問に思う。
洋式トイレには、ちゃんと水洗レバーが付いていた。
なのに、どうして和式トイレには付いていないのだろうかと。
そして、リサの時はどうして流れたのだろうかと。
センサー式ではないのだろうかと思ったが、センサーらしき物は見つからなかった。