報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“私立探偵 愛原学” 「白井画廊」

2021-10-18 20:28:27 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[8月9日14:00.天候:晴 東京都渋谷区初台 京王電鉄初台駅→白井画廊跡]

 菊川駅から乗り換え無しで初台駅に到着した私達。
 再び猛暑の中、屋外へ放り出されることとなった。

 愛原:「おー、甲州街道だ」
 高橋:「そうです。で、上を通っているのが首都高4号線ですね」
 愛原:「なるほど」

 私達は地図を頼りに、白井画廊があったビルへ向かった。
 駅前の甲州街道沿いや首都高速下は賑やかなものだったが、そこから一本路地を入れば静かになる。
 これは何も珍しいことではない。
 菊川だって、新大橋通りから一本路地を入れば静かなものだ。
 違うのは、上に首都高が通っているか否か。
 雰囲気も雑居ビルが建っていたり、マンションが建っていたりと様々。
 新宿駅から一駅走っただけで、こうも違うのかと思う。

 愛原:「あった、ここだ」

 初台駅から5分ほど歩いた場所に、白井画廊があったビルはあった。
 見た目は何の変哲も無いテナントビル。
 7階建てで、1階に白井画廊が入居していたようだ。
 で、1階部分はシャッターが降ろされ、『テナント募集中』の貼り紙がしてあった。
 新宿にも近い場所なのだから、すぐにテナントが埋まりそうなものだが、昨今のコロナ禍による不景気で入居者がいないのかもしれない。
 私は上の階に向かうエレベーターがあるエントランスに向かった。

 管理人:「あ、すいません。今、エレベーターは点検中なので……」

 1基しかないエレベーターは、業者による点検中だった。
 週末にはよくあることだ。
 事務所のビルも、よく週末には点検が入っていた。
 しかし、マンションのエレベーターは平日に行われることが多い。

 愛原:「いえ、大丈夫です。失礼ですが、ここの管理人さんですか?」
 管理人:「はい、そうですが?」

 定年退職後の再雇用先なのだろうか。
 70歳近い年恰好の小柄な管理人がいた。

 愛原:「実は1階に入居していた白井画廊さんのことで、お話を伺えればと思いまして……」

 と言うと、管理人はサッと表情を変えた。

 管理人:「お兄さん達、もしかして債権者の人達かい?」
 愛原:「いえ、違いますよ。白井画廊さんが扱っていた絵のことについて聞きたいのです」
 管理人:「私はただの管理人で、白井画廊さんのことはよく知りませんよ?」
 愛原:「それでも、何か緊急な事があった場合の連絡先とかは控えられていたんじゃないですか?」
 管理人:「それを何度も債権者の人達に聞かれましたよ。たけど、何度電話しても繋がらない。そりゃそうですよ。夜逃げしたっていうんですから。このビルのオーナーも、家賃を踏み倒されたとお怒りでねぇ……」

 白髪が目立つ管理人は憤慨した様子で言った。
 自分はただ単に管理会社から派遣されただけの管理人に過ぎないのに、債権者などの関係者から問い詰められたりしたのだろう。

 愛原:「そこにあった絵とかはどうなったんですか?」
 管理人:「粗方高そうな絵は、社長さんらが持ち逃げしましたよ。他の物については、債権者達が借金のカタに持って行きました。どうも胡散臭い所から金を借りていたのか、その筋っぽい人達なんかもいましてねぇ……」
 愛原:「白井画廊ということは、社長さんの名前も白井さんと言うんですよね?」
 管理人:「そうです。確か、白井でん……いや、違うな。何て読むんだったっけ……」
 愛原:「伝三郎とか?」
 管理人:「いや、違いますよ。伝とは書くんですけどね」

 管理人はメモ用紙に名前を書いた。

 管理人:「こんな字ですよ」
 愛原:「『伝雄』?白井伝雄(つたお)というんですか?」
 管理人:「あ、そうですよ!そんな読みでした!お兄さん、漢字得意ですな!」
 愛原:「いくつくらいの人ですか?」
 管理人:「そうですな……。あ、ちょうどお兄さんくらいの歳ですよ。背はもうちょっと高かったかな……」

 私と同じくらいの歳か。
 白井伝三郎には子供はいないというから、別の兄弟の息子かもしれない。
 とはいうものの、ここで捜査は手詰まりになってしまう。

 愛原:「因みに事務所跡を見せてもらうなんてことは……」
 管理人:「見ても何にもありませんよ。債権者が借金のカタに、売れる物は何でも持って行きましたし。売れない物はオーナーの方で処分しました。その処分費用もバカにならないと大変お怒りで……」
 愛原:「それは大変でしたね」

 処分して掃除しなければ、次のテナントを呼べないからだろう。
 不動産業は、こういうリスクがあるから大変だ。

 愛原:「管理人さんは白井社長とは会ったことがありますか?」
 管理人:「直接話をしたことはありませんでしたが、お見かけはしたことありますよ?とても羽振りの良さそうな感じでしたので、まさか夜逃げするとは思いませんでしたね」
 愛原:「なるほど……。因みに白井画廊さんが借りていたのは、1階の事務所だけですか?」
 管理人:「そうです。あとは地下1階の駐車場と倉庫ですね」
 愛原:「駐車場と倉庫……」
 管理人:「倉庫も何にもありません。一体、何で借りたのかも分かりませんよ」
 愛原:「何も無くても構いませんので、見るだけ見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
 管理人:「まあ、いいでしょう。もうすぐエレベーターの点検も終わりますし、私も仕事が終わりますので」
 高橋:「もう仕事終わりなのか」
 管理人:「本当は土日は休みなんです。だけど、週末にしかできない作業とかもあるから、そういう時は出勤するんですよ」

 ということは、私はエレベーター点検業者に感謝しなければならないな。
 しばらくして、私達は事務所があった所を案内してもらった。
 確かに、事務所跡には何も無かった。
 部屋がいくつかあったが、恐らく応接室とか社長室とかに使われたのだろう。
 あとは給湯室とトイレ。

 管理人:「このトイレもどうするか、オーナーは悩んでましたね」
 愛原:「? どういうことですか?」
 管理人:「このトイレ、白井画廊さんが入居した時に増設されたものです。もちろん、白井画廊さんのお金でね。もしも退去する時は原状回復するからとオーナーに約束したはずなんですが、ものの見事に破られましたよ」

 確かにこのビルのトイレは、エレベーターホールの横にあった。

 愛原:「どうして白井画廊は、トイレを増設したんですか?」
 管理人:「お客様対策だと言ってましたね。まあ、高い絵を購入されるお客さんの中には年配者の方とかいて、トイレが近いからそのサービスの為だとか……」
 愛原:「変な理由ですね」
 管理人:「変な理由ですよ。でもまあ、費用は全額白井画廊さんの負担でしたからね」
 高橋:「ん?何だこれ?」

 高橋がある物を見つけた。
 トイレは洋式便器と、手洗い用の小さな洗面台が付いているだけであった。
 高橋が見つけたのは、とあるレバー。
 トイレの外側にあった。
 たまたま高橋がそこの分電盤みたいな箱の蓋を開けたのだ。
 中にあったのはブレーカーのレバーとかではなかった。
 『洋式⇔和式』と書かれたレバーがあり、レバーは『洋式』の方を向いていた。

 愛原:「ま、まさか!?」

 私はそのレバーを『和式』に倒した。
 すると、ゴゴゴとモーターの唸る音がしたかと思うと、洋式便器が床下に引っ込み、代わりにそこから和式便器が現れた。

 リサ:「あっ、これ!サイトーの家で見たものと同じ!」
 愛原:「何だって!?」

 ボックスの中を見ると、蓋の内側には、『通常は洋式の方にしておくこと』『お客様からの御要望、並びにL使用の時は和式可』と書かれていた。

 愛原:「Lって何だ?」
 高橋:「分かりません」
 管理人:「凄い!こんな仕掛けがあったとは……!これじゃ、原状回復も大変だ。またオーナーが怒りそうだ……」
 愛原:「なるほど。斉藤社長の家の1階トイレもこういうのだったか」
 リサ:「でね、流すと穴が開いて下に落ちて行ったの!」
 愛原:「なに!?」

 私は和式状態で水を流そうとした。
 しかし、どこにもボタンやレバー、センサーが見つからない。

 愛原:「リサ?」
 リサ:「うん。私も、し終わった後で水を流そうとしたんだけど、どこにもレバーとかが無くて。どうしようと思ってたら、勝手に穴が開いて下に落ちて行ったの」
 愛原:「下に落ちたというのは、どういうことなんだ?」
 リサ:「旧校舎のトイレみたいな感じ」
 愛原:「つまり、ボットン便所みたいな感じか」

 東京中央学園上野高校の教育資料館は、昭和初期に建てられた木造の旧校舎を転用したものである。

 愛原:「どういう現象なのか見てみたいな。よし、探そう」

 私達は和式トイレを流すスイッチを探した。
 探しているうちに、ふと疑問に思う。
 洋式トイレには、ちゃんと水洗レバーが付いていた。
 なのに、どうして和式トイレには付いていないのだろうかと。
 そして、リサの時はどうして流れたのだろうかと。
 センサー式ではないのだろうかと思ったが、センサーらしき物は見つからなかった。
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“私立探偵 愛原学” 「斉藤秀樹からの情報」

2021-10-18 14:51:32 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[8月9日13:00.天候:晴 東京都墨田区菊川 愛原学探偵事務所]

 あれから1週間以上が経った。
 連絡が遅かったので、私から斉藤社長に連絡をしたところ、社長も同じことを思っていたという。
 そこで、社長から情報提供を求めた画廊へ催促してくれることとなった。
 そして、ようやく電話が来たのが今。

 斉藤秀樹:「いや、愛原さん、申し訳ありませんね。先方に催促してみたら、『注文の天野喜孝の絵を探すのに時間が掛かった』とか言ってましたよ」
 愛原:「先に情報が欲しかったんですけどね」
 秀樹:「仰る通りです。先方の言い分としては、『絵の購入と引き換えに情報提供』ということでした」
 愛原:「まあ……気持ちは分からないでもないですが。それで、どんな絵を見せてくれたんですか?」
 秀樹:「『ミッドガルからの脱出』という絵です。何ですかね?」
 愛原:「大型バイクに乗ったクラウドとレッドⅩⅢが夜のミッドガルハイウェイを疾走する絵ですかね。確か、そんな絵を見たことがありますが……」
 秀樹:「愛原さんがイメージできるのなら、絵の内容自体は本物のようですね。ありがとうございます」

 値段がいくらかはあえて聞かなかった。
 ヘタに聞いて、『愛原さん、買いますか?』と、転売を持ち掛けられても困るからだ。

 愛原:「それで、情報の方は?」
 秀樹:「これだけ待たせておきながら、大した内容ではないです」
 愛原:「どういうことですか?」
 秀樹:「『白井画廊は廃業しました』と、これが答えだそうです」
 愛原:「廃業!?」

 想定してなくはない答えであるが、できれば存続していて欲しかったものだ。

 秀樹:「もちろん、廃業前はどこで営業してて、いつ廃業したのかも調べてもらいましたよ。『廃業しました』だけでは、子供のお使いですからね」
 愛原:「できれば、当時の経営者の住所や連絡先も分かるといいですね」
 秀樹:「さすがにそれは無理でした」
 愛原:「やっぱり」
 秀樹:「何しろ、夜逃げ同然で行方不明になってしまったそうですから」
 愛原:「某てるみくらぶや某はれのひじゃないんですから……」

 あ、いま気づいた。
 この2つの会社、名前が全部ひらがなだ。
 皆さん、ひらがなだけの会社には要注意ですよ。(←大いなる偏見!)

 秀樹:「とにかく、その資料をメールで送らせて頂きます。お待たせして、すいませんでした」
 愛原:「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」
 秀樹:「愛原さん、天野喜孝の絵、良かったら転売しますよ?」
 愛原:「いえ、結構です」

 やっぱり転売してこようとしたw

 愛原:「おっ、来た来た。印刷しておこう」

 しばらくすると、事務所のPCにメールが送られて来た。
 その内容を印刷しておく。

 愛原:「八王子市内にあるかと思ったら、意外にも都心にあるんだな」

 いや、正確には『あった』だな。

 愛原:「よし、今から行こう」
 高橋:「どこなんスか?」
 愛原:「初台だって」
 高橋:「初台!意外な所っスね」
 愛原:「だが、納得の行く場所ではある。初台駅は京王新線の駅だ。つまり、線路が八王子まで繋がってる。もちろん、高価な絵を電車で運ぶわけにはいかないだろうが……」
 高橋:「京王新線って言ったら、甲州街道とか首都高が上に通ってますよ?確か、新宿出入口も近かったかと」
 愛原:「さすが元走り屋。白井画廊の関係者はそれを使って、八王子中央ホテルに絵を運んでいたんだろう」

 行く前に私は善場主任に連絡を入れた。
 連休中ではあるが、新しい情報が入ったらすぐに連絡するよう言われていたからだ。

 善場:「そうですか。初台ですか」
 愛原:「今から行ってみようと思います。廃業はしていますが、そこに入っていたビル自体は残っているので、他の関係者に話を聞けるかもしれません」
 善場:「そうですね。それはお願いします。それと愛原所長」
 愛原:「何ですか?」
 善場:「今度の月曜日、別件のお仕事をお願いします」
 愛原:「分かりました。リサの関係ですか?」
 善場:「そうです。リサを都内のある所へ運んで頂く簡単な仕事ですが、しかし重要な仕事です。詳細は後でメールで送ります」
 愛原:「分かりました。初台から帰ったら確認します」

 私は電話を切った。

 愛原:「リサ」
 リサ:「なに、先生?」

 私は給湯室のテーブルにいたリサを呼んだ。

 愛原:「オマエに善場先輩から仕事の依頼だ」
 リサ:「また検査か何か?」
 愛原:「そんな顔するなよ。善場主任に協力すればするほど、役に立てるんだから」
 リサ:「むー……分かった」
 愛原:「それと、これから出かけるから準備してくれ」
 リサ:「おー!」
 高橋:「菊川から初台まで、ずっと地下だけどな?」
 リサ:「えーっ!」
 愛原:「高橋。フザけると、オマエだけ置いてくぞ」
 高橋:「サーセン」

[同日13:31.天候:晴 同地区内 都営地下鉄菊川駅→都営新宿線1329T電車先頭車内]

〔まもなく1番線に、京王線直通、各駅停車、橋本行きが10両編成で到着します。ドアから離れて、お待ちください。この電車は、京王線内、区間急行となります〕

 うだるような暑さの中、私達は最寄り駅に向かった。
 私なんかは半袖の白いシャツ開襟だが、高橋もTシャツに短パンというラフな格好だった。
 リサはノースリーブのシャツに、下は黒いミニスカートを穿いている。

 愛原:「来た来た」

 やってきた電車は東京都交通局の車両。
 ラインカラーの黄緑色の塗装が入っている。

〔1番線の電車は、各駅停車、橋本行きです。きくかわ~、菊川~〕

 休日ということもあって、電車は空いていた。
 硬めの座席に腰かける。
 すぐにホームから、短い発車メロディが流れた。

〔1番線、ドアが閉まります〕

 JR東日本の通勤電車と同じ音色のドアチャイムが鳴って、ドアが閉まる。
 別にJR線に乗り入れるわけではないのに、何だか不思議な感じだ。

〔次は森下、森下。都営大江戸線は、お乗り換えです。お出口は、右側です〕
〔The next station is Morishita.S11.Please change here for the Oedo line.〕

 電車内は冷房が効いて涼しい。
 それでも黴臭い生暖かい空気が流れ込んできたり、トンネルを走行する電車の音がやかましく聞こえるのは、窓が開いているからだろう。
 コロナ対策の為の換気とはいえ、これはあまり頂けない。

 高橋:「また八王子のホテルみたいに、死体が転がってたりして?」
 愛原:「廃業したのは、2~3年前だそうだ。経営者の失踪が判明して、関係者達は思い当たる所は散々捜しただろう。当然、画廊の中で経営者が死んでたら、とっくに発見されてるはずだ。だから、それは有り得ない」
 高橋:「それもそうっスね」

 それどころか、本当にビルの関係者から情報が聞き出せるのかも怪しいところだ。
 ビルの住所を確認して、グーグルマップのストリートビューで見てみたが、ビル自体は特段新しいわけでも古いわけでもなかった。
 また、ビルの規模自体も警備員が常駐しているかどうかといった感じだった。
 もしかしたら、警備会社の警備員ではなく、ビルメンテナンス会社の管理人くらいなら常駐しているかもしれない。
 そんな感じのビルだった。
 とにかく、管理者が常にいるようなビルだったら、そういう所で話が聞けるのだが……。
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“大魔道師の弟子” 「稲生勇太と両親の攻防」

2021-10-18 11:39:14 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[10月1日08:00.天候:晴 長野県北部山中 マリアの屋敷1F西側大食堂]

〔「はい。私は今、今日から緊急事態宣言が解除された東京・渋谷の駅前に来ています。御覧ください。今朝も多くの通勤・通学客が行き交っています」〕

 大食堂で朝食を取るイリーナ組の3人。
 食堂には大型テレビが設置されていて、それで朝の情報番組を観ていた。

 稲生:「いよいよ、今日から緊急事態宣言が解除になりましたね」
 マリア:「うん」
 イリーナ:「それで勇太君、御両親はいつ来られるのかしら?まさか、いきなり今日なんてことはないわよね?」
 稲生:「いや、もちろんそんなことはないですよ!両親も働いていますし。今日は普通に出社かと」
 マリア:「私達ですら勇太の家に行く時は、何日かの休暇を取る。人間の感覚でも似たようなものでしょう」
 稲生:「関東から信州は遠いですからね。最低でも3日くらいは休みを取りませんと……」
 イリーナ:「どうせなら、1ヶ月くらいドカッと休暇を取ればいいにのにねぇ……」
 マリア:「師匠、日本人の労働基準では無理です。失業するか病欠でもしない限りは……」
 稲生:「後で僕の方から連絡してみます」
 マリア:「師匠の占いで、いつ来るか予知してみるというのもある」
 イリーナ:「予知能力は、そんな気軽に使うものじゃないのよ」
 稲生:「それもそうですね。カレンダーを見れば、だいたいいつ頃来るのか予測は付きますよ」
 マリア:「カレンダーか」

 マリアが小さなベルをチリンチリン鳴らすと、人間形態のメイド人形がやってくる。

 ナンシー:「Yes,master.」
 マリア:「カレンダー持って来て。1ヶ月単位のヤツ」
 ナンシー:「Certainly,sir.」

 ヴィクトリアン調のメイド服を着た人形の1人、ナンシーは踵を返した。
 しばらくして、ナンシーがカレンダーを持ってくる。

 マリア:「9日から11日の三連休が怪しいな」
 稲生:「いえ、11日は平日です」
 マリア:「Huh?」
 稲生:「東京オリンピックのせいで、この11日祝日は無くなりました」
 イリーナ:「そうそう。それでカレンダー会社が泣いたものね。だから言ったのに。私の予言を信じていれば……」

 泣いたカレンダー会社はイリーナの予言を聞かず、そうでない所はイリーナの予言を聞いたのだろう。
 で、そこからもイリーナは利益を得たわけである。

 マリア:「ということは、今月来ることはない?」
 稲生:「……と、思います」
 マリア:「すると、11月は……」
 稲生:「11月はありますね。……あっ、いや……」

 今年の11月は、祝日が土日と連結されていなかった。

 稲生:「ふぅーっ、助かったー」( ´ー`)
 マリア:「となると、12月は……」
 稲生:「無いです。12月も。祝日は。せいぜい、年末年始の休みくらいですね」
 マリア:「このタイミングで来られるか?『いつも勇太達が来てくれているのだから、今度は私達が行く』ってな感じで」
 稲生:「冬の長野は、ヘタしたら凍死するよとは言ってるんですけどね……」

 今までも、『この山中に魔女が棲んでいる』として、魔女狩りが屋敷への侵入を試みようとした。
 しかし、ほぼ全て失敗し、遭難して死亡している。
 ニュースでは、『冬山登山中に滑落し、死亡』ということになっているが。

 イリーナ:「勇太君。1つ、ヒントをあげようか」
 稲生:「何ですか?」
 イリーナ:「9月に御両親が来ようとしたけれど、緊急事態宣言中だからって断念したよね?」
 稲生:「ええ」
 イリーナ:「それが無ければ来ようとした。何故かしら?」
 稲生:「それは3連休以上の連休があったからです。シルバーウィークといって……。ん!?」

 稲生は自分のタブレットを開いて、9月のカレンダーを出した。
 既に9月は終了しており、紙のカレンダーでは表示できないからである。
 未だに水晶玉を持っていない稲生であるが、予知等以外はもうスマホかタブレットで事足りてしまっている。
 かつては魔法とされていたものが、今では科学として当たり前に使用できてしまっているのだ。
 9月のカレンダーを見たが、確かに3連休はあった。
 しかし、稲生は両親はもっと長い休みを取ると言っていたのを記憶している。
 それはどうしてかというと……。

 稲生:「……中間の平日に有休を取って休む気だったんだな。1日や2日くらいなら、有休が取れる。ましてや父さんは役員だから……」

 そして、改めて11月を見た。

 稲生:「22日の平日に休暇を取れば、4連休になるな……」
 イリーナ:「はい、正解。このタイミングで来られると思うわ」

 イリーナはテーブルの下から水晶玉を取り出して言った。
 弟子達がカレンダーを見ながらああだこうだ言っているうちに、師匠は自分で占っていたのである。

 マリア:「大雪降らせて、交通機関止める?」
 イリーナ:「あなたにそんな力は無いでしょう。私はやらないよ。別に、勇太君の御両親が数日くらい遊びに来てもいいとは思ってるし」
 マリア:「師匠はそう仰いますが……」
 稲生:「この辺り、11月下旬でもう雪が降りますからね。……でも、11月の雪じゃ大したことないか」
 イリーナ:(勇太君が今、最大使える魔法。それが『言霊』。もしも今、『11月に降る雪で交通機関が止まる』とでも言えば、そうなったでしょうに……)
 稲生:「後で聞いてみましょう。今日は平日だから、もう出社しているだろうけど、夜にでも聞けば……」
 マリア:「頼むよ。こっちも準備があるから」
 稲生:「分かりました」
 イリーナ:「さて……。話がまとまって朝食が終わったところで、講義を始めましょうか。今日のお題は『ゴーレムの扱い方』について」
 マリア:「前に『日本じゃ必要無い』とか言ってませんでした?」

 夜になって稲生が実家に確認したところ、予想通り、11月の下旬を狙ってこちらに来る予定であることが判明した。
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