2013.4.1
消えゆくアラビア石油
昨年(2012年)12月27日、一部上場企業AOCホールディングスは子会社のアラビア石油社員を包括的にJX日鉱日石開発に移籍させることを発表した。正確に言うならば4月1日付けで石油開発の技術・経験を持つ人員を承継する新会社を設立した上で、全株式をJX日鉱日石開発に譲渡するということになる(同社プレスリリースより)。これにより1958(昭和33)年に設立されたアラビア石油は55年の歴史を終えて表舞台から完全に姿を消すことになった。
筆者はアラビア石油創立18年後の1976(昭51)年に中途入社した。そして2000年にサウジアラビアとの利権契約が終結し同社が人員整理を断行した時、当時出向中の中東関連の財団法人に移籍し、60歳定年に達した2004年に退職した。それ以来、中東と石油に関する二つのブログを立ち上げて今日に至っているという次第である。
アラビア石油に勤めた期間は同社55年の歴史の半分にも満たず、また中堅管理職でしかなかった筆者が会社について語るのはおこがましいことであるが、これだけ激しく歴史に揉まれた企業も珍しくない。人間にたとえれば数奇な運命にもてあそばれた企業であった。
既に語り尽くされたことではあるが、アラビア石油はその誕生からドラマに満ちている。筆者が入社した1970年代は原油価格が急騰しアラビア石油は日本屈指の高収益会社ともてはやされた。しかし1980年以降、会社の操業現場であるペルシャ(アラビア)湾では戦争が絶えなかった。1980年にイラン・イラク戦争が勃発、さらにイラクのクウェイト侵攻(1990年)と翌年の湾岸戦争(1991年)では操業基地カフジが戦場となったこともある。その後の1990年代は2000年に期限を迎えるサウジアラビアとの利権契約延長のため、アラビア石油は日本政府を動かして必死の努力を重ねた。しかし結局契約延長は失敗、2003年には残るクウェイトとの契約も終結し今日を迎えたのである。
この間の日本国内の動きに目を向けると、石油開発事業では政府の強力な後押しによりいわゆる「日の丸原油」の獲得を目指して多数のプロジェクトが計画され実行された。しかし石油開発は極めてリスクの高いビジネスである。アラビア石油もカフジ油田に続く事業では運に見放され、今では石油開発の業界地図も大きく塗り替わっている。国内の石油精製事業でも地殻変動が起こり以前とは様変わりしている。
アラビア石油の草創期及び日本の石油産業を俯瞰することは筆者の力の及ぶところではない。したがって本稿は1970年代から今日までの中東と石油の動きを織り込んだ筆者の随想録なのである。
(続く)
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