石油と中東

石油(含、天然ガス)と中東関連のニュースをウォッチしその影響を探ります。

SF小説:「新・ナクバの東」(2)

2022-01-24 | 荒葉一也SF小説

(英語版)

(アラビア語版)

 

2022年1月

 

 

Part I:「イスラエル、イラン核施設を空爆す」

 

Chapter 2. 三つの飛行ルート

 ナタンズを爆撃するため三つの飛行ルートが検討された。一つはシリア及びイラクの上空を通過するルート。二つ目は地中海上空からトルコを通過しイランに侵入するルート。そして三つめはサウジアラビアとイラクの国境線沿いに飛行するルートである。

ただいずれのルートにしてもシリア、イラク、トルコあるいはサウジアラビアのいずれかの国の領空を侵犯することに変わりはない。最初と最後のケースではレバノン又はヨルダンの領空も侵犯することになるが、イスラエルにとってこの2カ国は無視できる相手である。

 

 いずれの第三国の領空も侵さずにイランに至るルートが最も安全なのであるが、そのためには公海上空を通るしかない。このためにはアラビア半島沿いに紅海を南下、マンダブ海峡からアデン湾、アラビア海、オマーン湾を経由してホルムズ海峡を抜けペルシャ湾からイランに侵入する大回りコースしかない。しかしこのルートは戦闘機の航続距離を考えると問題外であった。航空母艦さえあれば、と嘆く軍の幹部もいた。空母があればアラビア海から燃料補給なしで出撃できるからである。

 

 三つのルートの中ではシリア・イラクルートが最短であり物理的なリスクは最も少ない。しかしシリアとの間ではゴラン高原の領有を巡る紛争が続いている。シリアは地域の軍事大国であり、同国上空を通過すれば全面戦争に拡大する恐れがある。この案は最初に斥けられた。

 

トルコ上空通過案とサウジアラビア・イラク上空通過案のいずれを選択するか? トルコとイスラエルは同じ親米国である。またイランはイスラエルにとって敵であると同時にトルコにとっても潜在的な脅威である。つまりイスラエルの敵が同時にトルコの敵なら「敵の敵は味方」と言うことになる。シリアルートに比べ政治的リスクは少ない、とイスラエル軍部は考えた。

 

しかし実はトルコ国内には数年前の2件の事件に起因する根強い反イスラエル感情が残っていたのである。その一つがイスラエルによるガザ沖合のトルコ船臨検事件であり、他の一つはトルコのテレビ番組に対するイスラエル外務副大臣のトルコ大使侮辱事件である。

 

トルコ船臨検事件とはガザ地区のパレスチナ人のための救援物資を積み地中海を南下中のトルコ船籍の小型船がガザ沖合でイスラエルの臨検を受け、その時イスラエル側の発砲により9人のトルコ人が死亡した事件である。トルコ船が積んでいた物資は食料、医薬品、衣料などあくまでも人道的な支援物資であった。しかしイスラエルは武器弾薬があるに違いないと邪推し臨検を行ったことから悲劇が発生したのであった。

 

臨検事件の少し前に発生したのがトルコ大使侮辱事件であった。それはイスラエルがトルコ国内で放映されたテレビ番組にクレームをつけ公式な謝罪を求めたことに端を発した。この時、イスラエルに駐在するトルコ大使は外務副大臣に呼び出され彼の執務室を訪れた。部屋に入ると既にイスラエルの報道陣が控えており、またテーブルの上にはイスラエルの国旗だけが置かれていた。このような場では報道陣は写真を撮ると直ぐに退席するのが普通であり、またテーブルには両国の国旗を飾るのが外交儀礼である。

 

大使は一瞬いぶかしく思ったが、さほど気にも留めず低くゆったりしたソファーに身を沈めた。副大臣は背の高い事務椅子に傲然と座り、低いソファーのトルコ大使を見下ろすポーズを取りながら居並ぶ報道陣にヘブライ語で滔々と演説をはじめた。ヘブライ語を理解できないトルコ大使は穏やかな外交スマイルで副大臣の話が終わるのを待っていた。彼は副大臣が報道陣にとんでもない説明をしていることを知る由もなかった。もしトルコ大使が多少ともヘブライ語を理解することができ、或いはイスラエル外務省の副大臣が英語でしゃべっていれば大使は間違いなく憤然と席を立って抗議の意思を示したであろう。

 

副大臣はトルコ大使に人差し指を突き出し、ヘブライ語で「トルコは自国で放映された反ユダヤの番組を深く恥じ、このように謝罪に訪れたのである。」と居丈高に言い放ったのである。翌朝このニュースがテレビで報道され副大臣の発言内容が明らかになるとトルコ世論は激高し、副大臣発言は両国間の外交問題に発展した。さすがのイスラエルも副大臣の非礼を認めて謝罪した。

 

外務副大臣のトルコ大使侮辱事件とガザ救済船によるトルコ人殺害事件。この二つの事件はトルコ国民の心の奥底にいつまでも消えない反イスラエル感情を植え付けたのであった。イスラエルの外務省と諜報機関はトルコの国民感情を斟酌し、トルコ・ルートを避けるよう軍部に助言した。

 

こうして消去法の結果、サウジアラビア・イラクルートが採用された。もちろんこのルートにもリスクはある。しかしサウジアラビアもイラクもほぼ米国の言いなりであり、イスラエルがワシントンの上層部に手を回せば問題はないと判断した。

 

ただいずれのルートにも大きな問題点が一つあった。戦闘機の航続距離の問題である。どのルートも戦闘機の行動半径1,700キロメートルを超えており、任務終了の帰途どこかで給油しなければならないのである。

 

(続く)

 

荒葉一也

 

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