(英語版)
(アラビア語版)
2022年1月
Part I:「イスラエル、イラン核施設を空爆す」
Chapter 3. パイロットのもう一つの敵
空を自由に飛び回りたいと言う人間の本能的欲求を現実のものにするのがパイロットである。パイロットが昔から男たちの憧れの職業であったことは洋の東西を問わない。特に戦闘機のパイロットは祖国防衛と言う愛国心と、敵との戦いと言う闘争本能が加わり一層花がある。日本の零戦、ドイツのメッサーシュミットとそのパイロット達は敗戦後もなお国民の郷愁をかきたてる英雄である。戦勝国の米国が作る戦争映画でも日本あるいはドイツの戦闘機パイロットが悪役にされた映画は無い。地上戦で敵国の将軍や兵隊が冷酷極まりない悪人として描かれているのとは対照的である。
しかし21世紀は国家間の紛争が局地的なものとなり、代わって中東では宗教色の強いテロ活動、即ちイスラム・テロ活動が頻発した。テロ活動は多くの場合、人口が密集した都市部で発生する。テロ組織も一般市民を装って日常活動を行う。しかも活動拠点が常に移動する。戦闘機は敵国の首都、空港、軍需工場など目標の所在が明確な施設を迅速に爆撃することが得意である。しかし頻繁に移動するテロの軍事拠点或いは都市に潜むテロ組織幹部に対する急襲などは治安部隊など地上軍の出番である。空軍が出動するとしてもアパッチ型ヘリコプターによるロケット砲攻撃がせいぜいであり、スピードが速いだけで全く小回りが利かない戦闘機の出る幕はない。
イスラエルでも戦闘機とパイロット達の出番は減り、せいぜい国内のガザ地区を爆撃する程度であった。その中で外国領土への出撃のチャンスが2003年に訪れた。イラク解放戦争である。イスラエル政府と軍部は戦争への参加を米国に打診した。当時のブッシュ共和党政権は親イスラエル色が強かったが、世界世論の手前イスラエルの申し出をやんわりと断った。戦争が始まって間もなくイラクのフセイン大統領はスカッドミサイルをイスラエルに撃ち込んで挑発した。イラクのミサイルはイスラエル占領地のヨルダン川西岸に着弾しただけで被害と言えるほどのものは何もなかったが、イスラエルにとってはそんなことは問題ではない。口実さえあれば敵を徹底的に叩くのがイスラエル流のやり方である。空軍は直ちに応戦体制を敷き、戦闘機のパイロット達はバグダッド空襲に勇み立った。
しかしこの時も米国はイスラエルの反撃を許さなかった。もしイスラエルの参戦を認めれば「独裁者からのイラク解放」と言う大義名分で同盟軍に参加させたパキスタンなどのイスラム諸国、或いは陸上部隊の自国通過を認めたサウジアラビア、クウェイトなどの湾岸諸国から反発を受けることが明らかだったからである。
イスラエル空軍のパイロットたちはCNNテレビでバグダッド空襲の実況中継を指をくわえて眺めるだけであった。戦闘機から発射されたミサイルが目標に向かって真っすぐ突っ込む様子、そして上空で目標攻撃の瞬間をとらえた偵察機からの映像をCNNは繰り返し放映した。テレビ・ゲームのように見えて実はゲームではない本当の戦争が行われているのであるが、それはバグダッド市民以外は誰も痛みを感じない世界であった。
イスラエル国内に戦闘機部隊を無用の長物とみなす意見が拡がった。さらにイスラエル空軍パイロットを脅かす別の兆候がイスラエル国内にもあった。無人爆撃機の開発である。IT産業の発達したイスラエルではIT技術を軍需産業に応用する研究も盛んである。その一つとしてパイロットを必要としない低コストの無人爆撃機の開発が進められ、既に実用段階に達しつつあった。
戦闘機による有人爆撃は限定的なものとなりつつあった。中東戦争で活躍し今は指導教官となっている先輩パイロットはもとより現役パイロット達の焦りの色は濃くなり、戦闘機部隊の存在感をアピールする必要があった。今回のイラン空爆は焦燥に駆られた空軍のごり押しとも言える作戦計画の結果であった。幹部の中には今回のイラン作戦が最期の有人爆撃になるかもしれないと覚悟した者もいたのである。
(続く)
荒葉一也