(英語版)
(アラビア語版)
2022年8月
Part I:「イスラエル、イラン核施設を空爆す」
31. 回転する六角星:海に墜ちた一番機(上)
『マフィア』に続いて『アブダラー』も編隊を離脱した後、一番機の『エリート』はペルシャ湾上空をホルムズ海峡に向かって真っ直ぐ飛行を続けていた。彼の横には米軍戦闘機がぴったりと並走しており、コックピットのパイロットの姿をはっきり見ることができる。パイロットは時々こちらを見ては親指と人差し指を丸め<そちらはどうか?>と聞いてくる。『エリート』も同じ身振りで<OK!>と無言のサインを送る。
<彼らはどこへ連れて行かれたのだろう?>
『エリート』は並走する米軍機に僚友2機の行く先を尋ねたい衝動に駆られた。親分肌の彼は仲間の安否が何よりも気がかりだ。しかし無線の会話は禁じられている。そして自らの命運も米軍パイロットに委ねられていることに思いが至った。今はただ仲間二人と一緒に祖国に凱旋することを信じて状況に身を委ねる他なかった。
パイロットが再びこちらを向いて指でサインを送ってきた。今度は親指を下に突き出し、こぶしを上下に振った。<下降せよ>との合図らしい。米機は少し速度を上げて前に出ると高度を下げ始めた。
『エリート』もそれに合わせて前のめりの下降姿勢に入った。それまで正面に見えていた水平線がコックピットの斜め上方に持ち上がり、視界が一面コバルトブルーのペルシャ湾の海に覆われた。波も無く穏やかすぎる海面。二つの巨大な球形タンクを抱えたタンカーが音も無く海面を滑って行く。天然ガスを液体のまま運搬するLNGタンカー船だ。
カタールのLNG基地に向かっているのだとすれば、既にペルシャ湾の中ほどを過ぎたようだ。燃料計はほとんどゼロを示している。残された時間は少ない。
その時、視界の先にタンカーの数倍もある巨大な物体が現れた。銀色に輝く鋼鉄の塊は何者も寄せ付けず、辺りの全ての物を威圧する圧倒的な存在感を示している。船を斜めに横切る甲板には白と黄色の直線が走り、その甲板を見下ろす艦橋がピラミッドのようにそそり立っている。米国が誇る海の要塞、原子力空母「ハリー・S・トルーマン」。それはイスラエル空軍のパイロットが初めて見る威容であった。
「貴機の救援体制は整っている。そのまま高度を下げ着水前に緊急脱出せよ。空母から直ちに救命ボートが出動する。」
米軍パイロットはそう告げると機首を反転させ、先程のLNGタンカーが向かいつつあった方向に飛び去った。
(続く)
荒葉一也
(From an ordinary citizen in the cloud)
前節まで:http://ocininitiative.maeda1.jp/EastOfNakbaJapanese.html