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Part II:「エスニック・クレンザー(民族浄化剤)」
62. エスニック・クレンザー(民族浄化剤)(5)
女医のシャロームは奇妙な噂を耳にした。N市に住むパレスチナの女児や成人女性が多数発熱したと言うのである。ただその発熱も数日でおさまったようである。発熱の少し前にワクチンの集団接種があり、その影響かと思われた。普通であれば医学的に深い疑問を抱くような事案ではなかった。
しかし彼女は何か腑に落ちないものを感じていた。その一つは集団接種が行政機関の保健所ではなく軍の管轄で行われたことであった。そして二つ目は接種後の発熱者がパレスチナ人の女児と成人女性に限られていたことであった。
彼女は受診データを取り寄せた結果、成人女性のほとんどが50歳以下であり、老年女性が含まれていない事実に驚いた。軍の管轄と言うことで念のため父親の将軍に聞いてみたが、父親からは、すでに軍役を離れて久しく、また医療関係のことなど全く分からない、と木で鼻をくくったような返事がかえってきただけであった。
彼女はしばらく前、父親が自宅で軍医総監と何やら相談し、その翌日に彼女と同じ病院のジルゴが訪ねて来たことはすでに承知していた。噂好きの姉が言わずもがなにそれを話してくれていたからである。ゴルダは何やら陰謀めいたものを直感したが、あくまで自分で確かめたことしか信じないのが科学者としての彼女の流儀であった。
シャロームはN市の知り合いの診療所の一角を借り、仕事の合間を縫って患者の診察と病理検査を行った。同じ病院で働く『ドクター・ジルゴ』が噂を聞きつけて彼女に根掘り葉掘り探りを入れてきたが、彼女はそれを無視して真理の探究に突き進んだ。
ある日、一人のパレスチナ少女が母親に連れられて彼女のもとに訪ねて来た。数日前まで高熱であったが現在は少し収まったとのこと。ただ下腹部の痛みが続くので診察を受けに来たのであった。シャロームは型通りの問診、脈拍など外見的な検診を行い、さらに血液及び子宮内の細胞を採取して少女を帰した。
その日の夜、シャロームは少女から採取した細胞の顕微鏡と遺伝子検査を行った。彼女はそこで驚愕の事実を発見した。
シャロームはうろ覚えの患者の名前を確認するため手許のカルテを広げた。
少女の名前は「ルル」。
(Part II完)
(Part IIIに続く)
荒葉一也
(From an ordinary citizen in the cloud)
前節まで:http://ocininitiative.maeda1.jp/EastOfNakbaJapanese.html
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