(英語版)
(アラビア語版)
2022年7月
Part I:「イスラエル、イラン核施設を空爆す」
27. 米軍乗り出す(5)
3機のイスラエル戦闘機はペルシャ湾上空をあてどなく飛行し続けていた。残された燃料はわずかである。左岸はイラン、右岸はサウジアラビア、カタール、UAEと続くアラブの国々である。いずれもイスラエルと敵対する国々であり、陸に近寄り過ぎると領空侵犯になり、敵国戦闘機のスクランブル(緊急発進)に遭遇するか、さもなければ地対空ミサイルで迎撃される恐れがある。救難信号「メーデー」を発信してカタールの米空軍基地に助けを求める手が無い訳ではないが、そうなると米国は厄介な外交問題を背負いこむことになる。今回のイラン空爆はイスラエルの単独軍事行動である。米国は事前に空爆計画を知らされ、それを黙認したのは事実だが、それはあくまでも暗黙の了解ということであって、積極的な支援はしない約束であった。従って飛行中のイスラエル機が独断で救援を求めることは許されない。
イラン或いはアラブ湾岸諸国の領空外のペルシャ湾の空域―その狭くて細長い回廊だけが今やイスラエル機に残された唯一自由で安全な場所であった。それはホルムズ海峡で一本の線に細り、海峡を抜けるとアラビア海、インド洋という果てしなく自由な空が開ける。そうなれば海面に不時着する寸前に緊急脱出し、洋上を漂流しながら救助を待つことができる。しかし差し迫った状況はそれを許さない。何しろホルムズ海峡まで達する燃料すらないのだから。
その時である。彼らのヘッドフォンに滑らかな英語が飛び込んできた。
「こちら貴機救援のためカタール・ウデイド基地を発進した米軍機である。現在貴機の後方にあり。貴方3機を安全に目的地まで誘導する。聞こえたら応答せよ。」
『エリート』が直ちに米軍機に応えた。エリートの声には安堵の色が滲んだ。無線を傍受した『マフィア』は、これで再び祖国の英雄として帰還できる道が開けた、と満面に笑みを浮かべた。
しかし『アブダラー』だけは違っていた。彼は安堵した訳でもなく、まして大喜びした訳ではなかった。むしろ彼の顔に一瞬陰りが生じ、次いで体の中から恐怖心が沸き上がった。
<本当に救助してくれるのだろうか?>
彼の体のどこかで<これは巧妙な罠だ>という声が聞こえた。
彼の頭脳は米軍の救援を信じようとする。しかし肉体のあらゆる部分がそれとは異なる声を発している。これまで全ての肉体の動きを制御していたはずの頭脳―『理性』をふりかざして有無を言わせず肉体に命令してきた頭脳―に対して今や肉体の各パーツが一斉に反乱を始めたのである。
<反乱者は何者なのだ?>頭脳と肉体の分裂を回避しようと、アブダラーは必死になって疑問を繰り返した。しかし頭の中は混乱し、次第に意識がぼやけ始める。誰ともわからぬ反乱者が彼の頭脳を支配しつつあった。
(続く)
荒葉一也
(From an ordinary citizen in the cloud)
前節まで:http://ocininitiative.maeda1.jp/EastOfNakbaJapanese.html
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