続き
甲武信ヶ岳は甲州(山梨)、武州(埼玉)、信州(長野)の3県に跨っている山である事から頭文字「甲・武・信」を取り、この山を甲武信ヶ岳と命名された。
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5時半、自家製と言う小松菜のお味噌汁で朝食を戴き小屋を6時35分出発、先ずは三宝山を踏み白岩山~大山を経て十文字小屋を目指す。10分ほどで甲武信ヶ岳からの道と合流、右折して辿る道は単調な登りだったが色々なキノコが次々に現れる。
ヤマドリタケモドキ(?) 直径20㎝
三宝山は埼玉県の最高峰、樹林に囲まれた小平地だが意外に明るい。三宝岩は気持ちの良い見晴らし岩だったが記念写真だけに留め次の目的地へと向かった。登山道は木洩れ日が照射し気分も上々。「森の精が出て来そうだね」と言ったら前から森の精ならぬ厳めしい男性が登って来た。この縦走路で一番の急坂と言う事で額には玉の汗、呼吸も乱れかなり辛そうだ。
ここも数多くのキノコが見られた。三宝山の岩場で言葉を交わした男性(T氏)が、あっちキョロキョロ、こっちキョロキョロしながら歩く私達を「地質調査の方ですか?」
行き交う人も少なく奥秩父の良さを味わいながら下って下って最低鞍部に辿り着くと真っ二つに割れた巨大な岩が視界に飛び込んだ。尻岩である。
ここから登山道は登りに転じシラビソやコメツガの間をひとしきり急登すると次第に岩混じりとなり行く手に武信白岩が切り立った岩肌を露出させ天を突いていた。
印の無い岩をルートファインディングしながら横に這ったり縦に登ったり、、岩と岩の隙間に手を掛け体を摺り上げたり、ほぼ垂直な岩を下りは恐ろしいだろうなと思いながら、とうとう登り切った。 緊張しながら登って来たので体がふわふわと浮いてしまいそうだ。ここの眺めも実に素晴らしい。今まで樹間越しでしか見られなかった奥秩父の山々が一望の元なのだ。
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間もなく登って来たT氏が「百名山ですよ!天気も良いのに、こんなに静かなのが信じられませんね」と私達と同じ想いを口にした。
武信白岩からの下りは雄さんに足がかりを作って貰いながらも緊張の岩下りだった。緊張が解けて・・・「ふー、疲れた!」
大山辺りから次第にシャクナゲが目立ち始め、その内、登山道の両脇を覆う様になった。しっとりとした今も景色からは想像出来ないが、さぞや華やかな登山道となるのだろう。
大山の下り
気分は最高だが下りが続いたので足に疲れが出た。木の根にヘタヘタと座り込み体を休める。再び立ち上がり思い足に喝を入れて歩くと十文字小屋は目と鼻の先だったが、もう出口がそこなのに力尽きて遭難という悲劇を起こすのは得てしてこんな事なのかもしれない。十文字小屋着10時40分。
キノコの品定め
小屋で借りたサンダルに履き替え足が軽くなったところで昼食とした。ここの女将さんは甲武信小屋・徳さんのお母様で今日は甲武信小屋からお孫さんが泊りに来るようだ。余程、嬉しいのだろう。何度も何度も同じ事を言う。
甲武信小屋からは私達が通って来たルートでは無く一旦、毛木平に下り十文字峠に登り上げて来るとの事だが、それが一番の近道らしい。
T氏が到着して武信白岩の話になった時、女将さんが「あの山は今、登山が禁止されているのに…登ったのか」と目を丸くされた。 2年前の落雷で岩全体に亀裂が入り岩が脆くなった所を登山者が知らずに登り岩を抱いたまま落ちヘリコプターを呼ぶ騒ぎが昨年起こり、以来この岩への登りが禁止された・・・のだそうだ。「それでは私達は禁を破った共犯者ですね」とT氏に言うとT氏は此方に顔を向けてニタリと笑った。
女将さんもつい口が滑ったか「家の爺さんも毎年(今年も)、白岩に登って奥秩父の山々を眺めてから甲武信小屋に行くんです」・・・・・・・・それでは爺さんは元締めって事になりゃしないかい!
後ろ十文字小屋
共犯者のよしみ、急に親しさを感じてコーヒーを薦める、しかし最悪でアメリカンのアメリカン。T氏は大丈夫ですよと飲んでいたが、かなり我慢しての言葉だったに違いない。二人用なので一人分では湯が上がらないのでお水を少々大目に入れたのが失敗の元だったのだ。
このT氏、色々話をしている中でカンチェンジェンガ遠征の隊長を務めた谷川太郎さんのお父様である事を知った。犠牲者も出た失敗の登山だったので何と言って良いか分らなかったが、それでも息子さんを自慢する節が見えたので幾らか気が楽になった。楽しい話は尽きる事無く気が付けば2時間近く時が過ぎていた。T氏はこれから栃本に下る為あと一泊、途中の無人小屋へ泊るとの事。
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いよいよ八丁坂の下り、登りに使うのはかなり辛いだろうと思える急下降だ。途中、女将さんが話していた女子高生と擦違った。甲武信小屋で話をしているので、にこやかで有る。「お婆ちゃんが首を長くして待ってますよ」と言うと後ろの女の子が「私が孫です」と手を上げ、汗を拭き拭き登って行った。私達も文字通り八丁の坂を一気に下り、無事 毛木平に下山した。