外国で一時的個人的無目的に暮らすということは

猫と酒とアルジャジーラな日々

在日クルド人家庭訪問~アレウィー教徒の母子家庭編(2)牛久入管収容所への日帰りツアー

2017-08-15 19:11:53 | クルド


以前の記事で、日本語教室で知り合ったトルコ出身のアレウィー教徒のクルド人女性Sさんの境遇について説明した。その後彼女のダンナさんには仮放免の許可が下り、近日中に出所できることになった。非常にめでたいことである。

仮放免が決定する前、一度Sさん母子に付き添って、茨城県牛久にある入管収容所(東日本入国管理センター)に面会に行ってきたので、今回はその時のことを書こうと思う。

収監されているクルド人の家族は、同胞から情報を収集して連れ立って行くのが普通のようだが、前回の記事にも書いたように、Sさんは他のクルド人たちとの交流があまりない。しかも、日本語がわからないし、行き方も知らない。「でもとにかく面会に行きたいの!行く!」というので、心配になって同行することにしたのだ。私も相当な方向音痴なのだが、日本語はできるし(当たり前や)、たどり着けないことはあるまい。

当日の朝、待ち合わせ場所(彼女の最寄駅の改札)でSさんを見たとき、私は「おお~」と感心した。

彼女は普段はすっぴんなのだが、この日はバッチリ化粧していたのだ。ファンデーションを塗って、口紅を塗って、眉毛を描いて…ダンナさんが収監されてから初めて、5ヶ月ぶりに会いに行くというだけあって、気合が入っているのだった。

こういうの何ていうんだっけ、最近の日本語で…あ、そうそう。「女子力」だ。私に欠けているものだな…まあ彼女は20代前半だしな…

感慨にふけりつつ、Sさんと子供達を誘導して電車に乗る。京浜東北線と常磐線を乗り継いで、1時間あまりの旅だ。電車の中で、私は持ち歩いているモバイルルーターに彼女の携帯(トルコから持参、SIMカードなし)を繋いで、ネットが見られるようにしてあげた。早起きして睡眠不足だった私は、移動中ずっと寝ていたが、ちょっと目を覚ましたときに、何気なく彼女の携帯を覗き込んだら、羊の毛刈りの動画が流れていた。子供達(就学前の男の子2人)はそれを食い入るように眺めていた。クルド人の子供は羊の毛刈り動画に娯楽を見出すのか…

ちなみに、Sさんの子供はどちらもアイドル級に可愛らしいのだが、よく観察してみると、そのほっそりした腕には長めのうぶ毛が密に生えており、将来の姿を予感させるものがあった。やはり日本の男の子とは違うんだなあ…

牛久駅に着いたら、入管収容所に収監されている外国人をサポートする「牛久の会」のTさんが約束通り車で待ってくださっていた。収容所は辺鄙なところにあり、独力ではたどり着けそうもないので、事前に連絡して協力をお願いしたのだ。

収容所には、30分ほど(たぶん)で着いた。


ここだ。すごく辺鄙で行きにくいところにある。意図的にそういう場所に建てられたと思われる。



着いた時にはもう12時で、窓口が昼休みに入る時間だったので、1時まで食堂でランチを食べてヒマをつぶした。館内での写真撮影ということで、食事の写真が撮れなかったのが残念だ。

ここの食堂では、職員は500円、外来者は600円でバイキング形式のランチが食べられる。お皿に煮物やパスタ、サラダ、揚げ物など数種類から好きなものを取れ、ごはんと汁物が付く。味はごく平凡だが、色んな種類のものが食べられるので、栄養の面で良いと思う。しかもメニューは日替わりだそうだ。ただし、Tさんによると、収監者の食事はこれよりずっと劣悪なものらしい。さもありなん…

Sさんもランチを食べたのだが、口に合わなかったようで、暗い表情で黙って咀嚼していた。一般に、クルド人には和食の味付けは合わないようだ。焼きそばやラーメンなど、味が濃くて脂っこいものはOKのようだが。

1時に窓口が開いたので、Tさんが記入してくれた面会申請用紙を出して、順番が来るまで待つことになった。Sさんが持参した差し入れのカップ麺は、個数を申請書に書き込んで、窓口に預けたのだが、その際係員のチェックが入り、外側のラップフィルムが破れているものは規則により不可となって、持ち帰ることになった。本体に傷がなくても、安全上の問題があるとかでダメらしい。そういうの、すっごく日本っぽい。

しばらく待つと、Sさんたちの順番が回って来た。面接が終わるのを待つ間、私は牛久の会の人とおしゃべりして、帰りのバスの時刻やバス停の場所を教えてもらった。彼女たち(私が会ったのは全員女性だった)は、毎週収容所に通って何人もの収監者と面会し、その活動を通して、「収監者に何かあったら、すぐに声を上げるからね!」という姿勢を示して、入管側に圧力をかけているのだ。

面会時間の30分が過ぎ、Sさんたちは明るい表情で戻ってきた。5ヶ月ぶりの家族の対面、さぞかし感動的だったことだろう。但し、仕切りのない家族部屋での水入らずの面会には申請が間に合わず、ガラス越しのいかにも刑務所っぽい面会になってしまったが。家族部屋は1つしかないので、早めに予約する必要があるらしい。

Sさんに「面会どうだった?ダンナさん、『セニ・セヴィヨルム』(愛してるよ)って言ってくれた?」と聞いてみたら、「うん」という返事と笑顔が返ってきた。あ、やっぱり言うんだ…

帰りはバスと電車を乗り継いで戻った。バスは1日5本しかないという代物だが、奇跡的に5分も待たずに乗れた。電車の乗り継ぎもスムーズだった。これも牛久観音のおかげかもしれない…お参りしてないけど。

というわけで、初めての牛久入管収容所・日帰りツアーは無事に終了したのだった。やれやれ、よかった…


牛久といえば牛久観音らしい。茨城県公式観光情報サイトから拝借した。


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十条駅前にオープンしたクルド家庭料理・手芸カフェ「メソポタミア」

2017-08-13 16:32:00 | クルド
新大久保の猫スポットのご老体っぽい猫さん(モスクの入っているビルの正面右手の駐車場)


先日、今月6日に開店ほやほやのクルド家庭料理・手芸カフェ「メソポタミア」に行ってきた。

東京都北区のJR十条駅南口からすぐの建物の3階に入っていて、駅から出て周りを見渡せばすぐ発見できる。人並み外れた方向音痴の私にも迷いようがなかった。元々はパレスチナ料理店「BISAN・十条駅前店」だった居抜き物件の店舗を借り受けたそうだ。内装は自分たちで工夫して変えたり、寄贈されたクルドの伝統的な装飾品を配置したりしているとのこと。


建物の入り口



中はこんな雰囲気。



クルドの伝統的なタペストリーなどがふんだんに飾られている。



お店を入って右手の奥には、在日クルド人の女性たちが製作した手芸品が展示・販売されている。ここはクルド料理店であると同時に「手芸カフェ」でもあるということで、今後ワークショップも開催される予定。手芸好きの人には朗報ですね。


この正面のショーケースがそれ



ビーズ系のアクセサリー



ニット製品




店主はトルコ出身の在日クルド人のベテラン主婦ファーティマさん。料理はほぼ彼女が一人で作っている。親戚や知人等の多くの人々が協力して開店にこぎつけたそうだが、お店を出すのは初めての経験だそうで、日本の人たちに気に入ってもらえるかどうか不安でドキドキしているそう。彼女と話していて、気配りが細かくて真面目な人柄なのがよくわかった。是非応援したいものですね…


ファーティマさん。写真を撮り忘れたのでホームページから拝借。



さて、肝心の料理の話だが。

私が選んだのはトルコ語では「カルヌ・ヤルック」と呼ばれるミンチを詰めたナス料理にピラフ・サラダが添えられたセット,800円。たっぷり油を吸ったナスがとろりと柔らかい。添えられたピラフもシンプルながら丁寧に作られている。サラダの野菜も新鮮。ちなみに、メニューと値段はランチもディナーも同じとのこと。末尾にホームページのリンクを載せるので、メニュー等はそちらを参考にしていただきたい。今出しているのは夏のメニューであり、季節ごとに変えてゆくという話だ。




友達が頼んだのは、トルコ語では「イチリ・キョフテ」(アラビア語では「クッベ」)と呼ばれているブルグル(挽き割り小麦)ベースの生地でミンチを包んだ紡錘形の揚げ物をメインに、炒め物・ピラフ・サラダが添えられたセット。これは1000円。200円増しでヨーグルトスープが付けられる。


懐かしいクッベ(クルド語の料理名はメニューに載っているが覚えられない)…味見させてもらったら、見た目通り美味しかった。本場の味だ。



ファーティマさんはイスラム教徒なので、料理に豚・豚製品、アルコール類は一切使っていない。ペースト等も手作りで、豚製品などを含む市販品を利用することもない。但し、いわゆる「ハラルミート」ではない普通の肉類を扱っていて、またビールをメニューに入れているので、ハラル認証は取れないとのこと。私としては、ビールがあるのは非常にありがたいですがね(^.^) ちなみに、水タバコも各種フレーバーが用意されている。



友人が飲んだメソポタミアコーヒー、450円。ピスタチオ100%の体にいいカフェインレスコーヒーだそうで、ファーティマさんによると、ミルクを入れて飲むのがオススメ。香ばしくて、酸味の強い不思議な味だった。



店内には、厨房で働くファーティマさん以外にも、給仕担当の日本語が上手なクルド人男性(ファーティマさんの甥だと言っていたような…)や日本人スタッフに加え、様々な人々が出入りしていた。皆で協力しながら、オープンして間もないこのお店を盛り上げていこうという雰囲気が伝わってくる。その中には、見たことのある懐かしい顔があった。こ、この人なつっこい笑顔の男前はまさしく…


ドバイレストランのトルコ系クルド人のイケメンシェフ、オッケーシュさんだった。なぜこの人がここに…?!


この笑顔にここで会えるとは



相手も私のことを覚えていたらしくて(一度短く言葉を交わしただけなのに)、驚きを隠せない私に笑いながら挨拶してくれた。彼の話によると、ドバイレストランは未だ閉店中で、この先池袋に新たに開店するという話もあるが、はっきり決まっていないらしい。それで、この店で働くことになったと。といっても、調理はファーティマさんが担当して、彼は主にケバブ要員のようだ。夕方以降にお店の前を通りかかったら、彼がケバブを焼く姿が見られるかも。メニューによると、ケバブサンド、ケバブラップ、ケバブ丼の御三家が全て500円でイートインも可能らしい。ケバブラップ(ピタよりも薄いパンで肉片や野菜を巻いたもの)は他のお店では通常600円するのでお得かもしれない。全般的に、このお店は他の中東料理店に比べて値段が安めで懐に優しい。ぜひ長続きしてもらいたいものだ。

しかし、ドバイレストランの行方も気になりますね…落ち着いて仕切り直して、最善の形で新装開店できますように。



「メソポタミア」のホームページ
https://mesopotamiajp.jimdo.com/


ドバイレストランについてこのブログで書いた以前の記事
http://blog.goo.ne.jp/mendokusainoyo/e/4882bdf4fe870dcd2f200fee396c0a71

http://blog.goo.ne.jp/mendokusainoyo/e/2d28f505eb6cd75b02b0055838acb167



(終わり)









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在日クルド人家庭訪問~アレウィー教徒の母子家庭編(1)身の上話

2017-08-08 13:47:29 | クルド

日本は最近また蒸し暑くなったが、皆さん如何お過ごしだろうか。
最近は気力も体力もなくて、いつも気がついたら畳の上で行き倒れ寝をしているという具合なので、なかなか更新できまかったが、久しぶりによっこらしょ~と気合を入れて書いてみた。我ながら、なんてエライんだろう…

前回の記事では、ボランティアで顔を出している在日クルド人女性・子供向けの日本語教室で新たに知り合ったトルコ出身のクルド人の家庭を訪問し、少数派のアレウィー教徒だという彼らの身の上話を聞いた経緯を説明した。

今回は、同じく日本語教室で7月に知り合った別のアレウィー教徒のトルコ系クルド人の若い女性(以下、Sさんとする)の家庭について書きたいと思う。本人と他のクルド人等の話を総合してまとめた。脳が暑さでトロトロになっているので、あらすじだけになるが…

Sさんはトルコ南部出身。結婚していて、就学前の小さい男の子が2人いる。トルコでは美容師として働いていた。シリア内戦の影響もあって、トルコ南部は近年治安が悪化しており、クルド人の中でも特に差別を受けるアレウィー教徒は安心して住めないと感じて、一家で外国に移民することを決意。欧米とは違って入国ビザが要らず、良いイメージのある日本を目的地に選んだ。

親戚等に借金して、今年の3月に家族4人で来日したが、成田で理由もわからずに一家全員が拘束され、夫は茨城県牛久の入管収容所に、Sさんは品川の収容所に、子供たちは児童相談所に送られ、一家がバラバラになるという事態になった。Sさんと子供たちはその後しばらくして出ることができたが、5ヶ月経った今も夫は未だに収監されていて、いつ出られるかわからない状況。

母子家庭となったSさんたちは、クルド人団体の紹介で借りられたアパートで暮らしているが、借金生活で家賃等の支払いが重荷になっている。携帯電話やインターネットの接続がないため、夫やトルコの家族等との連絡は友人宅の世話になっている。在留許可がなく無保険のため、子供が熱を出しても病院に行けない。頼りにできる親戚は日本にはなく、アレウィー教徒ということもあって、多数派であるイスラーム・スンニー派のトルコ系クルド人コミュニティとの付き合いが希薄。日本語がほとんどできず、夫との面会のため牛久に行くこともままならない状態で、ずっと会っていなかったため、子供たちは「お父さんは牢屋で死んじゃった」と思い込むようになった。(その後、ようやく面会に行くことができ、家族対面を果たしたのだが、それについては後日書く。たぶん…)。

要するに、非常に大変な家庭なわけだ。市役所にも支援がないかどうか聞きに入ってみたが、在留許可がなければ何のサービスも受けられないという返事だった。無料・定額医療を行っている医療機関については、まだ調査中の段階。

日本語教室で初めて見かけたとき、Sさんはごく普通の家庭の明るくて頭の回転の速い若い女性、という印象だったが、話しているうちに、「この前子供が口から血を出していた」などと激しいことを言って、私を動揺させるのだった。その後の子供の様子を見る限り、その場限りの出血だったようだが…


(続く)←たぶん…



話が暗いので、気分転換にネコ写真をどうぞ。


蕨で通りすがりに会ったネコさん






同じく蕨の公園にいたネコさん。カメラを向けると、ものいいたげに寄ってきた








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在日クルド人家庭訪問~アレウィー教徒編

2017-07-10 05:33:17 | クルド

前回の記事で、これまで何回か訪問したクルド人家庭のお母さんと子供たちが、トルコに帰ってしまったと書いた。

暇になったな~と思っていたら(あ、暇つぶしに行ってたわけじゃないんですよ(^^♪)、支援を必要とする家庭がまた目の前に現れた。イタリア在住の中国人の友達が、かつて「ひとつの扉が閉まると、別の扉が開く」と言っていたが、そういうことってわりとよくある。

ある日、クルド人向けの日本語教室に顔を出し、去年来日したばかりで日本語が不自由だという母子3人組に平仮名などをテキト~に教えていたら(テキト~なんかい)、中学1年生だという長女が私に名前を聞き、「michiセンセイ、私に勉強を教えてくれますか?!」と切実な面持ちで頼んだのだ。日本語教室でクルド人の生徒さんに名前を聞かれるのは珍しい。みんな私の名前を知らず、「トルコ語を話す、いつも何となく気だるそうな正体不明のヒト」くらいに認識していると思われる。

その場ではつい返事を濁してしまったが、気になって後でKさん(日本語教室の主宰者。Kさんについてはこちらを参照)に話したら、彼女もその母子のことが気になったようで、後日一緒に家庭訪問する運びになった。

その一家はトルコ出身のクルド人が多数居住する埼玉県蕨市、いわゆる「ワラビスタン」に住んでいる。
私たちが夜お邪魔すると、一家総出で迎えてくれた。お父さん、お母さん、長男(10代後半でもう働いている)、先に書いた長女(中1)、次男(小4)の5人家族に加え、弟だの甥だのが2、3人いる。Kさんの話では、クルド人の家に行くと、こんなふうに大勢わらわら現れることが多いらしい。大勢で住むと、家賃等の生活費の負担が軽くなることが主な理由だろう。

もう食事は終わった時間だったが、果物だのナッツだのポップコーンだのでもてなされつつ、お父さんに一家の身の上話を聞かせてもらった。


人参がまるごとゴロリと出てきてひるんだ



お父さんの話を要約すると以下のようになる:

彼らはトルコ南東部ガジアンテプから車で1時間ほどの地域に住んでいた。
お父さんは約2年前に来日し、在留許可を取得して、他の大半のクルド人男性と同様に建物の解体現場で働いている。お母さんと下の子2人(長男については聞きそびれた)は昨年9月頃に来日したが、到着時に成田空港で拘束され、3日間収監された後(最初の1日は食事も貰えなかったそうだ)、仮放免となった。このため彼女たちは在留許可を持っていない。国民健康保険にも加入できない。お母さんはトルコにいた頃から心臓が悪く、時々動悸が激しくなる発作に襲われるが、費用が高くつくため医者に行けない。子供たちは学校に通っているが、日本語がわからないため、授業についていけない。長女は中1であるにもかかわらず、まだ平仮名・カタカナの読み書きがあやうい状態。次男も日本語ができないため、同級生たちにからかわれることがある。先生にも持て余されており、転校を勧められたこともある。とにかく、「日本語ができない」ということに、彼らは大きな危機感を持っており、この状況をなんとか抜け出したいと切実に願っている。

彼らはクルド人の多数を占めるスンニ派ムスリムではなく、アレウィー教徒だという。

私はその昔小島剛一氏の名著「トルコのもう一つの顔」を読んで、その存在を知っていたが、実際に会ったのはこれが初めてだ。さすがワラビスタンだ・・・

アレウィー教徒については、小島氏のブログを参照していただきたい。ちなみにこの一家は、ここでいう「アナトリア・アレウィー教徒」だ。シリアのシーア派の一種とみなされるアラウィー派(少数派だが、アサド大統領の一族など支配層に多くみられる)とは無関係。

アレウィー教徒が多数を占めるトルコのデルスィム(現在のトゥンジェリ)で1930年代後半に起こった虐殺事件の関連記事はこちら。全然詳しくないけど。多くのアレウィー教徒が犠牲になったといわれる。調べてみたら、アレウィー教徒にはザザ人(ザザ語を話す)が多いようだ。ウィキペディアのザザ人の項目(英語版)、によると、多くのザザ人が自分たちを「クルド人」だと認識しているそうなので、この一家も実はザザ人なのかもしれない。ちなみに、アレウィー教徒は蕨周辺に全部で15人くらいいるそうだ。

いずれにせよ、アレウィー教徒はトルコでは差別の対象なので(イラクのヤズディー教徒と同様の立場だと思われる)、彼らはトルコを逃れ、新天地での尊厳ある暮らしを求めて日本にやってきたわけだ。しかし現実は厳しく、日本政府からは何の支援も受けられず、日本の社会にも馴染めないまま時間だけが経っていくのがもどかしい様子だった。

多数派のスンニ派に属さないため、近隣に長く住んで日本語が達者な人もいるクルド人コミュニティーの支援は受けられない。トルコ人にも、もちろん頼れない。

彼らに必要な支援は:

・母親と子供たちの在留許可申請のサポート(素人にはミッション・インポッシブルかもな・・・)
・一家の全員への日本語指導(それぞれレベルが違うため、寺子屋方式でやるしかない)
・友達になってくれる日本人を見つける(日本人の友達がほしいそうなので。合コンか??)
・子供たちの勉強の補助(これはKさんの得意分野だが、彼女は色々な人のサポートをしていて、そう簡単には時間を取れない)
・健康保険のない外国人への医療サービス等、なんらかの支援を提供する団体の有無の調査(それにしても、イタリアにはキリスト教系、アラブ諸国・トルコにはイスラム系の全国・国際規模の慈善団体があるのに、日本に仏教系・神道系の大規模な慈善団体がないのはなぜなんだ)

こんなとこだろうか…



2回目にお邪魔した時には、夕食を出してくれた。白っぽい一品はひよこ豆入りヨーグルトソースのパスタ、団子状のやつはブルグル(挽き割り小麦)のキョフテ、そしてキュメもあった。キュメとは、ミンチベースの具を小麦粉の薄い皮に挟んだもので、トルコ南部カフラマンマラシュ(ドンドゥルマ発祥の地)の郷土料理だそうだ。すごく美味しかったけど、私は最近あまり食欲がなく、少ししか食べなかった。その代わり(?)ワインなどをいっぱい飲み(持参した)、完全に宴会モードになった。アレウィー教徒は飲酒OKなのだ。




(おまけ)
ハワイアンぺこちゃん











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在日クルド人家庭訪問~食事編

2017-07-08 17:48:40 | クルド


以前、在日クルド人家庭訪問~素朴な疑問編に「来日してからまだ数ヶ月で日本語が話せないトルコ系クルド人の一家をボランティアの日本語の先生が訪問するのに同行して、通訳していた」と書いたが、今回は食事編ということで、そこの家庭でご馳走になった食べ物の写真を少し載せたいと思う。


手作りのおやつ。四角いほうが甘いゴマケーキで、楕円形のが塩味のチーズ入りポアチャだったと思う。トルコ式のお茶請けは、必ず塩味のものと甘いものが組み合わされる。手作りお菓子が用意できないときは柿ピーとビスケットとかだった。食に極めて保守的で、あまり日本のものを食べないクルド人も柿ピーは好き(トルコ人も同様)。



イチリ・キョフテ(アラビア語ではクッベ)。ブルグル(挽き割り小麦)ベースの皮に羊のミンチの具を詰めて揚げたもの。日本人にもファンが多い。



中はこんなかんじ。トルコ東南部の料理には唐辛子が多用されるが、これも皮部分に唐辛子が入ってて辛め



ジャジュク。ヨーグルトにきゅうりとミント、にんにくが入っている。サラダと冷製スープの間くらい。ヨーグルトもパンも自家製。パンは売ってほしいほど美味しい。



この家庭には何回か通ったのだが、稼ぎ手がお父さんだけなのに、3人の子供の学校の費用が高くてやっていけなくなったそうで、お母さんと子供たちは最近トルコに帰ってしまった。旅費はトルコの親族に送金してもらったとのこと。お父さんは日本に残って働き、トルコに仕送りをするらしい。日本の学校って、やたらにお金がかかりますからね・・・みんなトルコで元気で暮らせますように。


そういえば、素朴な疑問編で書き忘れたが、この家庭の長女に「日本人の女の人はなぜ前髪を切るの?」と聞かれたことがあった。
君たちはなぜ切らないんだ・・・


(終わり)




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