ミーロの日記

日々の出来事をつれづれなるままに書き綴っています。

道東へ

2023-06-28 14:55:10 | 旅行

一昨年行ったのだけど、また行きたいと思っていた宿へ行って来た。

北海道中標津町養老牛温泉にある湯宿だいいち

札幌から400キロ以上離れていて、なかなか気軽に行こうとはならない距離なのだけど、それでも何度でも行きたくなるお宿です。

まずおすすめなのが、大自然の中にあるお風呂。

近くを流れる渓流のせせらぎと野鳥のさえずりを聴きながら、いくつかある温泉を楽しむことができる。

木々の香りと共に癒される温泉。

また食事も楽しみで、地元の食材を使った料理が美味しい。

今の時期は蕗が採れるため、蕗の料理がいくつか出ていて、山菜好きには嬉しすぎた。

特に朝食は美味しそうな料理がたくさん並び、胃袋が二つ欲しいと思ったほどだが、悲しいかな、すべての種類を食べきれなかったのが心残りだ、、

またこちらはフクロウが来るお宿としても有名で、フクロウにぜひ会いたいと、夜10時まで餌場の前で待っていたが、今回も残念ながら見ることはできなかった。次こそは、、、

ところで、前回は行かなかった混浴の露天風呂も初挑戦してきた。

「その歳になれば大丈夫だ。堂々と入れる」(失礼な!)と夫に言われていたものの、さすがに二十代の長女がいると、そういうわけにはいかない。

ところがお風呂で出会った四十代くらいの女性三人組から「これから混浴へ行く」と聞かされた。

彼女たちは東京から来たそうで、ずっとこの宿に来たいと思っていて、やっと来れたとのこと。三人ともすべてのお風呂を楽しむぞという気合が入っている。

こんな山奥にある小さな宿をよくご存知と思ったら、意外にもこちらは本州からのお客さんが多いようだ。

というわけで、三人の女性たちにくっついて初めて混浴も挑戦。

混浴露天風呂は、目の前を川が流れていてとても気持ちがよかった。

「これだけ女性の声がしていたら、男性は入って来れないんじゃない」

三人組さんのおっしゃる通り、誰一人入ってくる男性はいなかったが、やはり女性一人で入るのはやめた方がよいかもしれない。入る時はパートナーか女性数名と一緒に、、、

そしてもう一ヶ所。宿と同じくらい行きたいと思っていた場所がある。

上士幌町にあるナイタイ高原牧場

日本一広い牧場で東京ドーム358個分、1700ヘクタールあるそうだ。

とてつもなく広い牧場の中に、牛の集団が点在して放牧されている。

牛たちを呼び戻すときは、どうするのだろうと疑問がわいた。

写真の右の方に見える白い粒が、放牧されている牛たち。このような小さな粒の集団が、間隔を空けてあちこちに見えた。

ところで牧場の最上部にナイタイテラスと呼ばれる場所があり、ここでは美味しい牛乳を使ったアイスクリームを食べながら眼下に広がる十勝平野を見渡すことができる。

牛さんたちのかぐわしい匂いを嗅ぎつつ食べるアイスクリームは最高でした。

それにしてもこの広さは迫力がある。

写真では伝えきれないのが残念だが、北海道に長く住んでいる人でもきっと驚くと思う。

ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか、、、

 


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サイクリング

2023-05-26 17:28:27 | 旅行

倉敷、尾道への旅行の続きです。

最終日は、いよいよ旅のメインイベント。

夫が最も楽しみにしていたしまなみ海道のサイクリングをしてきた。

しまなみ海道のサイクリングロードは、全長70キロ近くあって瀬戸内海に浮かぶ島々を自転車だけで渡ることができる。

といっても、前期高齢者と呼ばれる年齢が視野に入ってきている初心者が、いきなり70キロのサイクリングは無理なので、夫は向島から大三島の40キロを行こうと計画していた。

嬉々としながら計画を立てる夫を横目に、私と一緒に行く長女には、いくら電動自転車を借りたとしても無理なのではないかと思っていた。

平坦な道であればまだしも、幾つもの橋を渡らなければならず、それらの橋はずいぶん上の方にかかっている。

つまりそこまで自転車で登らなければいけない訳で、同じように標高の高い丘の上に建つ我が家までだって自転車で上るのはキツいのに、それ以上のきつさなのは明らかだ。

さてサイクリングをする前日。

気が進まず暗い(陰の)私と、ルンルン明るい(陽の)夫、さらに意外にもサイクリングをしたい派の長女の三人で尾道のレンタル店に行くと、電動自転車は全て借りられており、普通自転車しか残っていないとのことだった。

電動自転車が無いのなら益々無理だと思った。

しかもサイクリングに行く為にフェリーに乗り込む方々を見れば、欧米の若い方が多く、サイクリング用のピシーッとした服装をした方ばかり。

ママチャリでちょっと近所のスーパーへお買い物といった格好(私です)の同年代のおばちゃんなど一人もいない。

「これはもう絶対に無理だーー!やめる、サイクリングはやめる。どこかで待ってるから行ってきて」と言ったら、夫が「じゃあ生口島から大三島までの20キロにしよう」と妥協案を出してきた。

せっかく夫と長女が楽しみに来たので、とりあえずは生口島まで行って、そこで二人が帰って来るのを待っていれば良いかと思った。

フェリーで生口島まで行き、とりあえず自転車のレンタル店まで行くと、奇跡的に電動自転車が一台だけ残っているという。

夫と娘が口を揃えて「これはお母さんに譲る」と言うので、とりあえず借りてみて、途中で無理だと思ったらやめてもいいと、サイクリングロードを走ることになった。

ところが走り始めてみれば、なんということでしょう〜!
めちゃくちゃ楽しーー!

きれいな海岸沿いを潮風を受けて自転車で走ることが、こんなに気持ち良いものだったとは思ってもいなかった。

心配していた橋までの登り坂は、蛇行して登っていくせいか比較的楽に感じた。直線を登る自宅までの坂よりもきつさはあまり感じない。

さらに途中で、近所のスーパーへ行くような格好の同世代のおばちゃんサイクリストたちを何人も見かけて、私でも大丈夫なんだと安心した。

「ガンバ〜」と声をかけられ、思わず高校の体育会系の部活かと思った。

でも、もしかしたら普段の買い物で自転車に乗り馴れているおばちゃんたちの方が、サイクリングに向いているのかもしれない。

多々羅大橋の真ん中に「多々羅鳴き龍」の看板が立っている。

この場所で手を叩くと、200m以上もある橋の鉄塔を登って行く龍のように音が反響しながら上へあがって行く。なんとも不思議な感じ。

多々羅大橋を渡ると、道の駅多々羅しまなみ公園に到着し、ここで少しの休憩をとって、また生口島まで引き返した。

疲れたけれど、この充実感は何なんだ!いやだーやめると騒いだけれど、やって良かったサイクリングというお話でした。

さて話は旅の前半に戻る。

岡山空港へ向かう飛行機の中でふと窓の外を見ると、龍にそっくりな形をした大きな雲が浮かんでいて驚いた。

まるで乗っている飛行機と一緒に空を飛んでいるように、巨大な龍の形の雲。

しばらく見惚れていたのだが、「そうだ、写真」と気づいて写真を撮った時には既に遅かった。

ずいぶん形が崩れていた。しかも飛行機の翼が邪魔でよく見えないという、、、(汗)

一応これが龍の顔の部分ですが、珍しい雲が見れたので、なんとなく良い旅になる予感がしていた。

 

 


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尾道へ

2023-05-22 17:15:07 | 旅行

旅の続きです。

倉敷をあとに向かったのは尾道。

尾道は温暖な気候と穏やかな瀬戸内海のせいなのか、また古い街並みのせいなのか、とても懐かしい気持ちになる町だった。

駅を出て左手にある小高い山をロープウェイで登ると千光寺があり、そこから見下ろす風景がとてもきれい。

遠くに見えるのが尾道水道で、隣の島と驚くほど距離が近い。

千光寺へ行った下り道、ロープウェイを使わず徒歩で下りたのは「ネコの細道」に寄るためだった。

福猫石と呼ばれる猫の絵が描かれた可愛らしい石が点在している小道で、もしかしたら本物の猫に会えるかもと楽しみにしていたのだけど、まったくいなくて残念だった。

この日は暑かったので、どこか日陰で休んでいたのかもしれない。

でも代わりに犬に会えたので良しかな〜

そのワンコと出会ったのは、船乗り場だった。

尾道に着いた日、船乗り場のベンチに大人しくお座りをしている芝犬がいた。

隣には飼い主の女性が座っていて、一粒ずつドッグフードを食べさせている。

ワンコかわいいなあと横目で見ながら何度か前を通り過ぎたのだけど、いつ見ても飼い主さんが、ドッグフードを食べさせているのが不思議だった。

でも翌日にその理由がわかった。

翌朝、船に乗るため船着場へ行くと、もう飼い主さんとワンコがベンチに座って、前日と同じようにドッグフードを食べさせていた。

船が来るまで時間があったので、隣に座らせてもらってワンコを愛でていたら、飼い主さんの方から話しかけて下さった。

飼い主さんによると、このワンコは14歳になり、家でほとんどエサを食べなくなったそうだ。

でもこの場所に来ると、なぜか食べてくれるのだという。

見ていると、そのワンコは食欲旺盛という感じは全くなくて、飼い主さんが口に持って行っても食べないことが多くあった。

ワンコにご飯を食べさせるために、こうして毎日のように船着場に通って来られているのかと思ったら「幸せな子ですね。こんなに大切にされて」と言ってしまった。

すると飼い主さん。

「ううん、幸せにしてもらったのは、こっちの方。この子が居てくれて、今までどんなに幸せだったか」

そうおっしゃって、優しくワンコの頭を撫ぜていた。

目の前を流れる尾道水道と同じ様に穏やかな目をしたワンコに、ついに我慢ができなくなった。

「あの、、撫ぜさせてもらってもいいですか?」と聞くと、飼い主さんに一瞬の間があったのが気になったが、「どうぞ」と言ってワンコを抱きかかえて私の隣に座らせてくれた。

飼い主さんの手は、ワンコの口が開かないようにしっかりと口元と、そして身体を押さえている。

「この子、知らない人に触られるのが苦手なの」とおっしゃるので、撫でさせてくれなんて言って申し訳なかったと思ったが、せっかくなので声をかけながらそっと撫ぜた。

最初は緊張していたワンコだったが、顔をこちらに向けて甘えるような仕草をしてくれた。

「あらっ大丈夫みたい」と言って飼い主さんが手を離しても怖がる様子はなく「めずらしいわ。こんなことないのに」とおっしゃるので、私も嬉しくなった。

たくさん撫でて最後はワンコにハグしてお別れして来た。

こんがり小麦色のワンコの背中が温かくて、ずっとハグしていたかった。

これは今回の旅の中でも一位、二位を争うくらい思い出になった出来事で、今でもあの温かいワンコの背中とかわいい顔を思い出してはニヤけている。

あら〜、これで旅の記事は終了しようと思っていたのに、書き切れなくなってしまった。

まだ続きます。

 


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山陽地方へ

2023-05-20 17:38:33 | 旅行

15日から19日まで旅行に行って来た。

行った先は倉敷市と尾道市。

前回行ったのが山陰だったので、今回は山陽へ、、、という訳でも無いが、どちらの街もいつか行ってみたいと思っていた。

夫が退職して時間の余裕ができて、幸いな事に夫の趣味の一つが「旅」だったおかげで、短期間に色々な所へ行くことができている。(ありがたいことです)

自由に旅ができる年齢の間に、たくさんの知らない土地を見て歩きたい。

目標は、これまで行ったことがなかった県を全て制覇することで、すべての県を行き終えたら、二周目、三周目と何度でも日本を旅したい、、なんて思うほど、どこへ行っても日本は良い所が多い。海外から観光客が大勢やってくるのもわかる気がする。

今回の旅も良い出会いがあり、目の保養あり、お口の保養ありでとても充実したものになった。

まず訪れたのは倉敷市。

倉敷といえば倉敷美観地区が有名だが、大原美術館も有名で、この美術館はとても見応えがあった。

昔、教科書に載っていたような有名な絵がさりげなく展示されている。

その一つがエル.グレコの受胎告知。

大天使ガブリエルがマリアに神の子をみごもったことを告げる有名な絵だが、まさか日本で観ることができるとは思ってもいなかったのでびっくり。時間をかけて堪能してきた。

大原美術館は美観地区の中にあるので、倉敷へ行ったらぜひ観られるのがおすすめです。

そして、もう一つ倉敷の美観地区観光でおすすめなのは観光ガイドさん。

ガイドさんに案内してもらうのと、案内なしで見て歩くのでは段違いで、倉敷の歴史の説明はもちろんだが、美観地区以外の見所にも連れて行って説明して下さり、何も知らずに歩くよりずっと深みのある観光ができた。

ちなみに有料のガイドさんはたくさんいらっしゃるのだけど、おすすめなのは観光案内所の前にいる無料のガイドさんで、今回お願いした七十代くらいの女性のガイドさんは、博識で親切でフレンドリーでとてもよかった。

こちらで生まれて初めて食べたサワラのたたきが、とても美味しかったと話したら、ガイドさんが美味しいサワラ料理のレシピを教えてくれるという主婦トークが楽しかった。

残念ながら北海道でサワラは売っていないので(道南では獲れるとか)、せっかく聞いたレシピを再現することはできないのだけど、その親切なお気持ちが嬉しかった。

倉敷川を挟んで両側に歴史ある美しい建物がならんでいる。

 

倉敷川にかかる橋の欄干に彫られた龍。

内側は龍が平面的に、そして外側は立体的に彫られている。陰と陽を表しているそうだ。

今回の旅は気のせいか陰と陽、そして龍が気になっていた。

続きます。

 


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出雲へ

2023-03-26 22:35:33 | 旅行

前回の記事で鳥取にいることを書いたが、旅行は20日から24日までの予定で行って来た。

これまで何度も旅行に行っているが、今回は体の疲労度がめちゃくちゃ大きく、今もまだ疲れが取れない。

とはいえ、ずっと行きたかった場所に行くことができて大満足の旅だった。

ずっと行きたかった場所。

それは鳥取もそうだが、実は出雲大社へ行きたいと思っていた。

出雲大社まではかなりの時間がかかるので、なかなか思い切って行くことができなかったが、我が家のツアーコンダクター(夫)から「行きたいんでしょ。だったら行ってみよう」というありがたい提案があり、二ヶ月前に行くことが決まった。(ありがたや、ありがたや、、、)

まず千歳空港から伊丹空港まで飛行機で二時間。(この日は大阪で一泊)

翌日の早朝に高速バスに乗って出雲まで五時間半かかった。

疲れは長距離の移動が原因だったのかもしれないし、もしかしたら歳のせいなのかもしれないが、それにしてもこの疲労感は、、、

ところで、この旅の間ずっと心の中で口ずさんでいた言葉があった。

それは大祓詞。

特に意識して大祓詞を口ずさんでいたわけではなく、自分でも「なぜこんなに大祓詞が出てくるのだろう?」と思いながら止めることができなかった。

「やめられない、止まらない」というお菓子(かっぱえびせん)のコマーシャルがあったが、実は思い当たることがあった。

それは今からひと月ほど前。

毎朝恒例の神棚へのお参りをして、これまた恒例の大祓詞をあげていたら、途中で言葉につまってしまった。

どうしても次の言葉が出てこない。

あれほど暗記していて、いつもならすらすらと出てくるのに、次の言葉が記憶から抜け落ちたように思い出せなくなってしまった。

それは何度やり直しても同じで、なぜか途中でわからなくなってしまう。

これはいよいよ(認知機能低下が)始まったか、、、と焦ったが、仕方がないのでカンニングペーパーを見ながら読むことにした。

すると間違って覚えている所を2箇所発見した。

暗記したと思い込まず、時々見直すべきだったと反省し、このことがあってから正しい大祓詞を覚える為に、普段でも心の中や声に出してなど大祓詞を口ずさむのが習慣になっていた。

さて、そうやって大祓詞を唱えているうちについに出雲に到着。

ホテルに荷物を置いて、出雲大社へ参拝に行ってきた。

この日は時折小雨が降る曇り空の天気だったが、参拝を終えて顔を上げたタイミングで、雲の隙間から太陽が現れて、一瞬だったがピカピカの良いお天気になった。

それを見た夫は「やっぱり俺の日ごろの行いが良いからだな〜」と大喜び。すっかり出雲大社のファンになったようだ(笑)

ところで出雲大社へ来たかったわりに、私はほとんど出雲大社のことを知らずに来てしまった。

知っていたのは御祭神が大国主大神であることと、二礼四拍手一礼ということ、10月に全国の八百万の神さまが出雲大社に集まられるということくらい。

境内にどのようなお社があるのかなどは知らずに行ったので、祓社(はらえのやしろ)の前に立ったときに、祀られている四神が大祓詞の中に出てくる神さま達であったことを知ってとても嬉しかった。

出雲大社は、神話に出てくる神さまたちが勢揃いで、子どもの頃に読んだ神話の神さまが、そのまま神として出雲大社に祀られていることに日本の歴史の凄さを感じてしまう。

高天原の使者で武御雷神が、大国主大神と国譲りの話し合いをしたと言われる稲佐の浜。

つがいだろうか、二羽の水鳥が海の上を泳いでいて目が離せなくなってしまった。

ところで東北大学名誉教授の田中英道氏が著書に次のように書かれている。

日本の神話というのは自然がいかに自然現象を生み、その一つ一つが神になっていくかを記しているのです。

つまり自然が神となっているということを語っているのです。

今の自然科学でまだ解明されていない部分に、神の名前をつけて呼んでいるといってもいいでしょう。

昔の人々は、自然から様々なものが生み出されたその過程がどうしてそうなったかを自然科学として追究しているのです。

そこに精神性を与えて神と名付けているのです。(日本の宗教 本当は何がすごいのかより)

今回の旅では、出雲大社だけではなく、足立美術館なども見て歩き、あらためて昔の日本人の精神性の高さを感じた。

これから先、再び高い精神性を取り戻すことができるのだろうか。

きっとできる。そう思う。

 


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鳥取へ

2023-03-23 21:29:35 | 旅行

 

名峰大山(だいせん)

そして松江城(こちらは島根県)

初めて鳥取に来た。

昔、母がよく鳥取という地名を口にしていたので、初めてなのになぜか懐かしさを感じる。

といっても、母も来たことはなかったと思う。

母もまた親や祖父母から鳥取のことを伝え聞いていた。

曾祖父が知人の借金の保証人になり、財産すべてを失い遠く北海道まで逃げてきたこと。

逃げては来たものの故郷が恋しくて、故郷のことを子どもたちに話していたのだろう。

保証人にならなければ、、とよく母が言っていた。

とはいえ、曾祖父が北海道へ来なければ母も私も生まれていなかったので、やっぱりこれで良かったのかもしれない。

ところで鳥取の方は明るく親切な人が多いという印象で、何人もの人が観光情報を教えてくれた。

言い忘れたと言って、追いかけてまで教えてくれた方が、お二人ばかりいたのには感激だった。

では、たくさんの楽しい思い出話を持って、北海道に帰ります。

 


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夢の旅、、最終

2022-11-03 15:02:28 | 旅行

前回の記事を読みながら、まるで他人事のように「人が消えるなんて有り得ないでしょう」と思っている自分がいる。

夢を見ていたのではないかと思う一方で、いや間違いなく現実だったと思い出す日々。

とはいえ、これも旅のよい思い出。きっと一生忘れられないと思う。

ところでまた旅の話。しつこく三回目。

旅の最終日は、帰りの飛行機が夕方の便だったので、大阪で少し観光をしようと思っていた。

そこで京都を出発する前に、朝からホテル近くにある東本願寺へ行ってきた。

東本願寺といえば浄土真宗お東の本山。

それほど熱心に信仰している訳ではないが、夫の家も私の実家も、知る限り祖父母からの門徒で、ちょうど良い機会なのでお詣りへ行ってきた。

開門は季節によって違うが、午前六時前後から誰でも自由に入ることができる。

到着したのは午前七時過ぎだったが、ちょうど読経が行われており、たくさんの方が手を合わせていた。

読経が終わり、次はお坊さんによる法話が始まったのだが、これがとても良いお話だった。

愚になりなさいというお話。

「愚」というのは、頭脳の良し悪しではなくて、人間がもともと持っている愚かなものをいうのだとか。

例えば自分を良く見せたいとか、人より上へ行きたいとか、自分に都合の悪いものを排除する、欲望に囚われ自分を見失う、他者を傷つけて悲しませるなどなど、一つは誰もが当てはまることばかりで耳が痛いのだけど、「愚になりなさい」とは、そのような自分の愚かさをよく知りなさいということだそうだ。

人間は、どうしても自分をよく見せたい、自己弁護して自分を正当化したいと思うものだ。

これはわずか一歳の子どもでもそうである(と言って、自分の子の幼い頃の話をして下さった)

自分の愚かさを認めるというのは、なかなか出来ることではない。

しかし自分の愚かさを認めることによって、初めて他者を認めることができる。

自分の愚かさをよく知ったものが、まことの人間であると仰られていた。

これは親鸞聖人の師匠で法然聖人の言葉だそうだ。

京都最後に朝から心が清められるようなお話を聴き、時間は短かったが大阪観光では、パワフルな大阪エネルギーを頂いて、今回の旅もまたとても充実したものになったと思う。

さらに夕方の飛行機では、素晴らしい景色を見ることができた。

関空から千歳まではずっと陸地の上を飛ぶのだが、今回は雲が少なくて陸地の様子がよく見えた。

地上に光る灯りを見ながら、灯りの一つ一つにいろんな方の人生があるんだなあ、、なんて思ったりして。

そして長い日本列島の上を飛びながら、京都最古の禅寺、建仁寺で見た天井画を思い出していた。

やはり日本列島は龍体なのかもしれない。

上の絵は2002年に創建800年を記念して描かれたものだが、その迫力たるや圧倒されるほどすごかった。

 

 


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大仏殿で出会ったひと

2022-10-31 11:30:57 | 旅行

前回の旅行の続きです。

奈良、京都では幾つもの神社仏閣に行ったのだけど、その中で特に印象に残る場所の話を書こうと思います。

まず東大寺。

東大寺には有名な大仏殿のほかにも二月堂など有名な建物があって、特に二月堂の建物の美しさは言うまでもなく、そこからの眺めはとても美しくて印象に残るものだった。

しかし、別の意味で印象深い場所になったのが大仏殿だった。

こちらには、かの有名な大仏さまが鎮座していらっしゃる。

大仏殿の中は多くの修学旅行生が訪れていて、それぞれガイドさんから説明を受けていたが、近くにいた修学旅行生のガイドさんのお話がとても面白くて、つい聞き耳を立てて説明を聴かせて頂いた。

生徒さんの列の一番後ろに付いて、ガイドさんの説明に耳を傾けながら大仏さまの周りをひと回りして正面に戻って来た。

帰る前に、せっかくなのでお参りをしていこうと大仏さまに向かって手を合わせることにした。

「こういう場合、なんと言ってお参りすべきなのだろうか」と手を合わせてから考えた。

南無阿弥陀仏というのかな、、、それではどうもしっくり来ない気がしたので、いつも神社や自宅で行っている通りに感謝の言葉だけを心の中で思った。

ところで祈りを終えて目を開けた時、左隣に誰かが立っているのがわかった。

顔を左に向けると、隣に若い女性が立っていた。

私にぴったりと寄り添うようにしていたので、思わず「近っ」と思った。

また顔の位置がほぼ私と同位置だったのもちょっと驚いた、、、というのは、私の身長は171センチなので、最近は身長の高い若い娘はたまに居るが、これまで同じ高さに顔がある女性と、こんなに近くで並んだことがなかった。

その女性は、微笑みながら大仏さまを見つめていた。

よほど大仏さまが好きなのだろうと思ったくらい、大仏さまを慈しむように見つめている。

「大仏さまマニアなのかな?それにしても近すぎるわ」と思った次の瞬間、消えた!

えっ、なになにどうしたの?と後ろを振り返って見たり、周りを見渡して見たが、その女性はどこにも居なかった。

幽霊なのかと思ったが、これまで見た透けている幽霊と違って、あまりにもはっきりとした姿だったから、生きている人間だとばかり思っていた。

その女性の微笑んだ顔は、はっきりと見て、しっかり覚えていたつもりだったが、不思議なことに旅行中にどんどん忘れていった。

思い出そうとしても、まるで手から砂がこぼれるように忘れていった。

そして今は、大仏さまを見つめる目と微笑んだ口元しか思い出せなくなった。

 

 


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夢の旅

2022-10-28 14:21:17 | 旅行

今週月曜日から木曜日まで、奈良と京都へ行ってきた。

先月福岡へ行ったばかりということもあって乗り気はしなかったが、「行ける時に行っておかないと」という家族の言葉に押されて行くことにした。

さっそく航空券とホテルを予約したが、ハタと気づいた。

そういえば政府の旅行支援が始まり、さらに海外からの旅行客の受け入れも始まって、観光地は混んでいるのではなかろうか、、、

特に京都なんて激混みかもしれない。

やっぱりやめれば良かったと思ったが、すでにキャンセル料金が発生するので行くしかない。

というわけで行ってきたのだが、今は行って本当によかったと思っている。

予想通り飛行機もホテルも満員だし、観光地は修学旅行の団体も加わって激混みだったが、今回の旅は、まるで夢の中にいたような不思議な感じがしている。

ところで京都は10年近く前に行ったことがあるが、奈良は高校の修学旅行以来で40数年ぶり、、、

当時は修学旅行に来たことですっかりおだち(はしゃぐこと)、たしかに有名な歴史的建造物や仏像を観たと思うが、そのほとんどが記憶に残っていない。

しかし還暦を過ぎて行くと(もうおだったりしないし)、見方が全然違った。

仏像の柔和なお顔や手の動きに見惚れ、古寺の枯山水の庭を心静かに眺める。

千年以上も昔に、このような素晴らしい建造物が存在していたことに何度も感動を覚えた。

また今回は、地元の方とお話しをする機会にも恵まれた。

奈良で出会った高齢のご夫婦。

息子さんが、北海道新十津川町で働いているそうだ。

新十津川町といえば、奈良県十津川村からの移住者によって開拓された町で、ご夫婦はその十津川村出身だそうだ。

この話は地元北海道でも度々ニュースになったのだが、明治時代、大洪水が十津川村を襲い、2400名あまりの村民が北海道移住を決意する。

移住者たちの「必ず第二の郷土を建設する」という決意のもと、ふるさとの十津川村を後にする日、残った村民らがなけなしのお金をかき集めて持たせてくれたのだという。

厳しい北海道の自然の中、移住した十津川村の住民たちは、未開の地を必死に開墾して、お米が実る豊かな農村へと変えていった。

現在でも新十津川町住民は十津川村を母村と呼んで慕い続けているそうだが、十津川村の方でもそうだということが、このご夫婦のお話から分かった。

新十津川の開墾の話は大好きな話だったので、十津川村のご夫婦からお話を聞けたことはとても良かった。

まるで仏様の仏像のように柔和なお顔のご夫婦だった。

今になってみれば、ご夫婦に会ったのは現実だったのだろうか、もしや夢の中だったのかしら、、などと思ったりもしていている。

まだ続きを書きたいのだけど、長くなるので続きは次回にしようと思います。

 


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人生初のもの

2022-09-30 16:50:31 | 旅行

福岡と山口県下関へ行ってきた。

本当は別の地域を旅行する予定で、ずいぶん前から宿を予約していたのだけど、直前になって急遽九州へ変更した。

最近、航空券とホテルがセットになったお得な旅のパックは、注射をうっていないとだめという場合が多い。

検査をして陰性なら良いそうだが、わざわざ検査をするのも億劫だし、もうこうなったら旅行は正規料金で行こうと腹を括ったら、未接種者でもOKというお得なパックが見つかった。

福岡は二十年くらい前に行ったことがあるが、その時は街の中を歩いたくらいでほとんど記憶にない。

「九州に変更しない?」と一緒に旅行する予定の夫に言ったら、あっさりOKが出た。(夫はどこでもよかったらしい)

さて今回はドライバー(夫)がいるので、レンタカーで少し遠出をすることができた。

まず福岡へ到着した日は、市内観光と食べ歩きを楽しんだ。屋台でのごはんも初挑戦。活気があって楽しかった。

博多、天神地区は人が多くてとても賑やかだが、歩きまわっているとなぜか地元の札幌にいるような気分になる。

どちらも大通り公園があることが似ている名古屋は、物理的には似ているのだけど空気感が違うと思う。

でも福岡は物理的にはぜんぜん似ていないのに、どこか空気感が似ているような気がするのは何故なのだろう。

不思議だけど、街にも独自の個性があるのだなあと思う。

さて二日目はレンタカーで若者に人気の糸島を周り、佐賀県唐津市まで足を伸ばした。

特に糸島は、いわゆるインスタ映えする場所が沢山ある。

そこでインスタはやらないけど、それっぽく写真を撮ってみた。

昔ながらの塩作りをしている糸島「またいちの塩」の塩プリンを食べた。

お、おいしいーー!塩の旨味がプリンの甘さを引き立てている。

そして三日目。

一度行ってみたかった九州と本州をつなぐトンネルへ行ってきた。

トンネルは北九州市門司区と下関市を繋いでおり、関門海峡の海底下に造られたトンネルの長さは780メートルで、人が歩いて渡ることができるそうだ。

こちらが福岡と山口の県境。

ちなみに健康のために、このトンネル内をウォーキングする人もいらっしゃるとか。

そして海上はどうなっているのかというと、吊り橋の上を車がたくさん行き交っていた。もちろん船もたくさん通っている。

さて歩いて下関に渡ったら、ちょうどお昼時。

お昼ごはんはどこで食べようかとお店を探していたら、ある写真に目が止まった。

安倍元総理もいらしたことがあるというお店。

偶然にも前日は安倍元総理の国葬が行われた日であり、弔意を表すつもりで、そのお店に決めた。

日替わり定食で、お値段700円という安さ。

下関で獲れたというタコのお刺身は、柔らかくて新鮮でとても美味しかった。きっと元総理も下関のタコを食べたのでしょうね。

旅は人生で初めての場所を訪れることが多いが、そこで食べる物、見るものもまた人生初ということがよくある。

それが旅の醍醐味なのだが、終わりに今回出逢った初めてのものを二つほど載せておきたい。

人生初、その一は「いちじく」

ドライブ途中のお店で見かけて購入。

いちじくは道内のスーパーではあまり見かけることがない果物で、もちろん食べたこともなかった。

お店の人に食べ方や保存期間を質問した。

「札幌まで持ち帰れるかって?無理無理。いちじくは痛みやすいから今日中に食べて」とお店の人は言われた。

写真のいちじくは、長く持ち歩いて少しくたびれてしまっているが、買った当初はとても新鮮だった。やはり痛むのが早いのかもしれない。

でも味は甘くて美味しくて幾つでも食べられそうで、これでいちじくともお別れかと思うと名残惜しくて、翌日もまた買いに行ってしまった。

人生初、その二は彼岸花。

前日にテレビで九州地方のニュース番組を観ていなかったら、これが彼岸花だとは分からなかったかもしれない。

たまたま彼岸花が咲いている話題が放送されていたので、この植物が彼岸花だとわかった。

鮮やかな赤がきれい。ちなみに黄色の彼岸花もあった。

線路脇に彼岸花が咲いた風景は、北海道から行くととても新鮮に見える。

なかなかこのような景色を見ることがない。

この風景も人生初かな。

 


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襟裳岬

2022-07-15 13:47:34 | 旅行

生まれてから61年あまり北海道に住んでいるが、まだ行ったことが無い場所がある。

その一つが襟裳岬(えりもみさき)

赤丸のところが襟裳岬。

今まで行かなかったのは、昔流行った歌の影響が大きいのでは無いかと思う。

北の街ではもう 悲しみを暖炉で 燃やし始めてるらしい

わけのわからないことで 悩んでいるうち 老いぼれてしまうから

黙り通した年月を 拾い集めて暖め合おう

襟裳の春は 何もない春です (作詞 岡本おさみ氏)

襟裳の春は何もないという歌詞から、「春」だけが抜け落ちて、いつの間にか「襟裳には何もない」と思い込んでしまっていた。

でも北海道にいながら、行ったことがないのも勿体無い。

というわけでドライブがてら行ってきた。

それにしても遠かった、、、

札幌から440キロ。高速道路を使っても4時間以上かかる。

やっと着いた襟裳岬は、あいにくの霧で景色が見えず、さらに一番楽しみにしていたゼニガタアザラシがいなかった。残念。

襟裳岬は、日本最大のゼニガタアザラシの生息地で、現在1000頭ほどがいるが、天気が良ければ岩場で日向ぼっこをしている姿を見ることができるそうだ。

この日の襟裳岬の気温は20度。襟裳町は25度だったので5度ほど低い。

風が強いせいか、体感温度はもっと低く感じて、上着が必要なほど肌寒かった。

それにしてもゼニガタアザラシが居なくて残念(しつこい)

ゼニガタアザラシは居なかったが、襟裳岬は何もないわけではなかった。

風速10メートル以上の風が吹く日が、年間260日以上あるという襟裳岬の強風が体験できるという施設がある。→風の館

展望台からは、ゼニガタアザラシの姿も(居れば)見ることができるそうだ。

強風体験をやってみたが、なかなか楽しかったです。

また440キロを帰らなければいけないので、風の館の見学も入れて襟裳岬の滞在時間は小一時間ほどだったが、次こそはゼニガタアザラシを見るためにまた訪れたいなと思う。

余談ですが、札幌からの道中は、競走馬の産地あり、日高昆布の産地ありで、見どころが色々あります。

北海道の観光地としては、あまり目立たない場所ですが、寒いほどの夏を体験しにいらしてみてはいかがでしょうか。

 


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道内旅行

2022-06-13 15:02:43 | 旅行

長男の提案で一泊旅行へ行ってきた。

「奥さんと話して、それぞれがそれぞれの親と旅行に行こうということになったんだ。ちょっとだけ親孝行」

親孝行とは嬉しいが、結婚したのに別々でいいのかなと心配になる。

でも「次は両家みんなで旅行へ行こう」と言うので、今回は長男の提案に喜んで参加することにした。

長男が選んだ行き先は、北見市にある温泉。

途中、前から行ってみたかった「大雪 森のガーデン」へ寄った。

広い土地に約900種類もの草花が、美しく植栽されているそうだ。

四季折々の草花は、冬を除いて鑑賞することができる。

ここはもう花好きには、たまらない場所で、見る草花すべてが写真に撮りたくなる。

どこを見ても絵になるのは、草花がお互いを引き立て合うように、センス良く植えられているからで、庭作りをしている人には、とても参考になる。

うちの庭もこんな風にしたいな、、、といっても、とてもこんなに素敵な庭は作れないけど、北海道で越冬できる草花を知ることができたのは良かった。

宿根草だと思って買ってきても、越冬できずガッカリすることがよくあったので、これを参考に苗を購入しようと思う。

さて広いガーデンを歩き疲れたら、所々に一休みできる場所もある。

美しい景色を見ながらひと休み。

でも美しいのはガーデン内だけではない。

ガーデンの外には、このような景色が広がっている。

遠くに見える山は、大雪山。

こちらは牧草地かな。

ところで車で走っていると、道路を横断して行く鹿を見かけることがある。

スピードを出していると、鹿とぶつかる事故が起こるので注意しなければいけない。車に轢かれる鹿も可哀想だが、人間も怪我をするし、車も壊れる。

明らかに敵対心を持った顔で、にらんでくる鹿もいるが、この鹿ちゃんは「ん?どしたの?」と言った感じで、草を食べながら興味津々にこちらを見ていた。かわいい。(車に気をつけてー)

ところで動物といえば、宿泊した宿の敷地内には同じ看板がいくつも立っていた。

なんでも宿の露天風呂に三頭の親子の熊が現れたそうだ。

山の中に建つ宿なので、熊もいるだろうとは思ったが、さすがに一人で露天風呂に行くのは怖かった、、、

「熊に注意してください」と、お風呂の入り口にも貼り紙がされていたけど、どう注意すれば良いのかと思う。

とりあえず熊が歩いていたという山の斜面を凝視しつつ、熊が来たらいつでも逃げられるように、心の準備をしてお湯に浸かっていた。

多少の緊張感はあったが、気持ちの良い温泉を満喫して、翌日は長男が行きたいという「北鎮記念館」へ行った。

ここは以前も一度、行ったことがあるのだけど、長男が初めてなので行くことにした。

北鎮記念館は、陸上自衛隊が管理する資料館で屯田兵から始まって現代まで、これまで経験してきた幾多の戦争など、たくさんの資料と共に知ることができる。

顔を近づけるようにして真剣に資料を見る長男。

短い期間だったとはいえ、自衛隊に体験入隊したことのある長男には、とてもおもしろかったようだ。

ただ戦争の悲惨さは、ひしひしと伝わってくる。

「もう二度と繰り返してはいけないね、、」と言ったら、長男は黙って頷いていた。

この美しい土地の平和が、これから先もずっと続きますように、、と願いながら帰ってきた。

 


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ふるさとを思い出す旅

2022-05-20 16:08:49 | 旅行

前回3月の旅行で岐阜へ行った時、岐阜駅構内に貼られていたポスターに目が釘付けになった。

それは飛騨高山と白川郷の観光ポスターで、せっかく岐阜へ来たのだから是非行ってみたいと思ったのだが、この時は伊勢神宮へ行くことが一番の目的であり、「場所的にも時間的にも無理だ」という夫の言葉に後ろ髪を引かれるように諦めた経緯があった。

というわけで、今回あらためて飛騨高山と白川郷へ行ってきた。

また正確に言えば、短大の時の旅行以来、41年ぶりに富山県と石川県にも行ってきた。

ところで最近ずいぶん旅行へ行くことが多いのだけど、実は夫が定年を迎えて時間が取れるようになったことと、一人で旅をすることができない長女には、今のうちに色々な場所を見せてあげたいこと、そして何より自分も旅行したいという想いが強くなった。

国内には、まだまだ行ったことがない所がたくさんあるので、できればこれからは経験や体験にお金をかけたいなあと思う。

さて目的地に着いたら、とりあえず駅に行ってみるというのが、我が家の旅行のパターンで、最初の目的地、高山市のホテルに荷物を置いてから歩いて駅に行った。

今回の旅は、まず富山空港でレンタカーを借りて、目的地では徒歩で周ることが多かった。

歩くと、ふくらはぎが、子持ちししゃもの様にぱんぱんになるが、地元の人の目線で町を見ることができるのでおすすめだと思う。

 

 

朝早く宿を出て、朝市を見てから高山陣屋を観光。中はかなり広い造りになっていて見ごたえがあった。

よく観光ポスターに載っている飛騨高山の古い町並み。

道の両側に水が流れているのだけど、これが見た目とてもきれいな水で、高山は水が豊かな町という印象だった。

驚いたのは、外壁に神棚がある家があったこと。

なぜここに?と思ったが、よく見ると、町の中にもたくさんの小さなお社が祀られている。

高山の人たちは、産まれた時からずっと、神さまがすぐそばにいて、神さまと一緒の生活を送ってきたのかなと思ったら、うらやましい気持ちがした。

 

そして、思わずマンガ日本むかし話のテーマソングを口ずさみたくなった白川郷。

「こういう所に生まれていたら、どんな人生を送っていたのだろう」と言ったのは夫だった。

夫が生まれたのは道東の港町だが、東京に憧れて18歳で東京の大学へ進み、結局ふるさとへ戻ることはなかった。

「ここで生まれても、やっぱり東京へ行ってたんじゃない?」と言ったら「そうだなあ」と言った。

ふるさとは遠きにありて思ふもの。。。草葺き屋根の家など無い土地で育っても、どこか懐かしさを感じる。「ふるさと」という言葉がぴったりな場所だと思った。

 

どちらの神社だろうと思ったら駅だった金沢駅。こんなにすごい駅は初めて!

 

今回二度目の訪問、兼六園。一回は短大の時だが、その時のことはもうすっかり忘れていて、まるで初めて来たかのように美しいお庭を眺めてきた。

 

ますの押し寿司など、お土産が充実しているので富山駅周辺には何度も歩いて行った。この辺りは、かなり詳しくなったのではないかと思う。

 

まだ書いていない場所にも色々行ったが、どこも本当によかった。

帰って来たばかりなのに、また同じコースを周って見たくなっている。


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旭川

2022-04-22 14:48:09 | 旅行

用事があって旭川へ行ってきた。

夕方に旭川に着き、さっそく夕食。

旭川に来たら「旭川ラーメン」を食べなければ、、と、駅近くのラーメン店に入った。

旭川ラーメンは、札幌ラーメンに比べて麺の色が白くて少し細めだろうか。(札幌ラーメンは、黄色っぽくて中太のちぢれ麺)

でも、いかにも身体が温まりそうな濃厚なスープは、どちらも変わらず美味しい。

札幌ラーメンは味噌が有名だが、旭川ラーメンは醤油が有名なので醤油ラーメンを頼んだ。

この日の旭川は、日中17度とずいぶん暖かかったのだが、夕方になるとさすがに底冷えがしてくる。

遠くに見える大雪山は、まだ雪をかぶって真っ白。

夕方は寒かったが、ラーメンのおかげで身体はずいぶん温まった。

翌日は、用事を済ませてから少し観光をした。

井上靖記念館

作家の井上靖氏は、父が軍医で旭川の旧陸軍第七師団にいたことから、明治40年に旭川で生まれた。

井上靖氏が旭川に居たのは、わずか一年だったそうだが、母から聞かされた百花が一度に咲く旭川の美しさに「私は誰よりも恵まれた出生を持っていると思った」と、著書「幼き日のこと」に書かかれたほど、旭川に対する想いが大きかったそうだ。

記念館は、世田谷から移転された井上靖氏の家の書斎が、そのままの状態で展示されており、他にも井上靖氏の生涯を紹介する貴重な資料の数々を見ることができる。

ここは時間をかけてゆっくり見学した。

そして井上靖記念館のお隣に建つのが、こちら。

日本の近代彫刻史に大きな足跡を残した旭川ゆかりの彫刻家、中原悌二郎を記念した彫刻専門の美術館で「旭川市彫刻美術館」

展示されていた作品はどれも興味深いものだったが、一番目をひいたのは美術館の建物で、古い西洋の映画に出てきそうな、すてきな洋館になっている。

この建物は、旧陸軍第七師団が旭川に設営された時に、将校たちの社交場として明治35年(1902年)に建てられたそうだ。

現在の建物は、昭和43年(1968年)に復元修理工事され、国の重要文化財の指定を受けている。

それにしても旭川へ行くと、旭川が昔、軍都だったということを、いつも思い出される。

井上靖氏の父が旧陸軍第七師団の軍医、そして将校たちの社交場だった洋館など、旭川は旧陸軍第七師団の面影が色濃く残っている。

また同じく旭川にある「北鎮記念館」へ行くと、それがよくわかる。

北鎮の鎮は、おさえしずめること、まもりという意味がある。

現在の自衛隊の第二師団も、旧陸軍の第七師団も、その前の屯田兵の時代も、全ては北方からの脅威から身を守るという大きな目的があった。

北とはロシアのことだが、不思議なのは「南鎮」という言葉がないことで、昔から南の国はあまり脅威では無かったということだろうか。

ところで「年寄りが勝手に始めた戦争で若い人が命を落とす」とは、作家の村上春樹さんの言葉だ。この言葉には深く同意できる。

自衛隊は、ほとんどが若い人ばかり。

決して命を落とさせるようなことがあってはならないと、旭川に行って思ったことだった。

 


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旅日記②

2022-03-29 16:34:22 | 旅行

旅日記の続きです。

美味しいカレーと五平餅と甘酒で英気を養い、街歩きを満喫した岐阜をあとに名古屋に戻って来て一日目を終了。

明日はいよいよ伊勢神宮だと思うと、わくわくで眠れなくなりそうだったが、疲れたせいかすぐに眠ることができた。

さて翌日は申し分のないほどの晴天で、よく寝たせいか体調も良く、ついに伊勢神宮だと思うと嬉しさが込み上げてくる。

家を出てからずっと心の中でつぶやいていた感謝の言葉を、また呟きながら伊勢神宮の外宮に向かった。

外宮に着いたのは午前10時前と決して早い時間ではなかったが、思っていたよりずっと人出が少なく、想像通り伊勢神宮の中は清々しい気で満ちていた。

正宮の前に立つ時にゴオーという音と共に突風が吹いたので驚いたが、それもまた神聖で、かつ畏れ多い気がした。

とにかくとても気持ちが良くて、参拝後もしばらく正宮の鳥居の前にいたら、参拝を終えた夫に「何を願った?」と聞かれた。

「何も願っていないよ。感謝しただけだよ」と言うと、突然夫がハッとした顔になり「もう一度、参拝し直して来るわ」と言う。

どうしたのかと思ったら「さっきは我欲てんこ盛りで願い事をたくさんして来てしまった。もう一回行って感謝だけしてくる」と言って、夫は参拝の仕直しに行ってしまった。

これまで地元の神社へ行っても、夫はいつも感謝だけしかしていなかったのに、伊勢神宮ではここぞとばかり願い事をたくさんしたそうだ。

何時間もかけて日本で一番有名な神社へやってきて、これが最初で最後の参拝かもしれないと思うと、たくさんのお願い事をしたくなるというのもわかる気がするが、、、

きっと夫と同じような人は、大勢いるのだろうなと思う。

外宮前からバスに乗って内宮に着いたら、時間帯のせいか、とても多くの参拝客で賑わっていた。

鳥居をくぐり大勢の方々と一緒に参道を歩いて行ったのだが、徐々に身体が重くなってきてしまった。

昨夜はしっかり休んだはずだけど、疲れが溜まっているのだろうか、、、と思いながら五十鈴川で手を洗ったら少し楽になった気がした。

ここでずっと川を見ていたいと思った五十鈴川。身心が洗われるようだ。

さて、とにかく正宮に行かなければと、また参道を歩き始めたのだが、身体の重さは相変わらずで、ついには頭痛までし始めてしまった。

ここは神域なのにおかしいなあと思いながらも、体調が悪くて徐々に無言になる。

やっと正宮前に来たら、夫が写真を撮るから鳥居を前に並べという。

その頃には頭痛がますます強くなっていたので、写真は撮られたくなかったのだが、渋々並ぶと横にいた女性が「写真撮りましょうか」とご親切に言ってくださった。

せっかくおっしゃってくれたので、家族で並んで写真を撮ってもらうことになったが、頭が痛くて笑顔もひきつってしまった。

写真を撮り終わり、やっと正宮を参拝。

手を合わせ感謝を述べたら少し頭痛が治り、しばらく正宮前で休んだらすっかり治ってしまった。

アレは何だったのだろうと、今でも思う。

ホテルに帰って撮ってもらった写真を見たら、私だけ肩から首にかけて黒いものが写っていたので、もしかしたら単なる影かもしれないが、すぐに削除した。

不思議なことに旅行中、体調が悪いと思ったのはこの時だけで、あとは元気に過ごせたので、かなり気になってしまった。

とはいえ、伊勢神宮は神聖で別格だと思う。またぜひ参拝させて頂きたいと思う。

きれいなつがいのニワトリさん。最後に会えて良かった。


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