ミーロの日記

日々の出来事をつれづれなるままに書き綴っています。

レシピを聞かれる

2022-12-28 14:36:50 | 日記

昨日、買い物に出かけたらお店も道路もいつもよりずっと混んでいた。

師走という感じはしていなかったけど、もう世間では師走の買い物や挨拶回りに忙しい時期なのだろう。

私はといえば、師走の買い物ではなくて普段の買い物でスーパーへ行った。

店内を見て歩いていたら道産豚の塊肉が安かった。

「これで煮豚を作ろう」

そう思って豚肉をカゴに入れたら、近くでじっと見ていた女性に声をかけられた。

実は見られていることは知っていたが、あえて気にしないようにしていたのだが、、、近づいてきた女性に「それ、買うんですか?」と聞かれた。

「えっ、そうですけど」

買ってはいけないことでもあるのだろうかと思いながら返事をすると「何を作るのですか?」と聞かれた。

「えっと、煮豚にしようかと思っているんですけど(何か?)」

「煮豚作るんですか?」

急に笑顔になった女性は続けておっしゃった。

「どうやって作るんですか?教えてください」

いきなりのことで私も少々パニックになりながら「まず塩コショウして焼いてタレに漬け込むんですけど、タレの分量がですね、、、あれ?忘れた」

肝心の分量が思い出せない。

「焼いてタレに漬けるんですね」と女性が繰り返したのだが、漬け込むタレの分量を忘れたので教えられない。

そこで「ネットにレシピ載ってますよ。ネットはされないのですか?」と聞くと、女性は悲しそうに首を横に振って「していません」とおっしゃった。

義理の姉と同じくらい70歳前後の方だった。

義理の姉もインターネットはやっていない。

情報はもっぱらテレビと新聞だけ。

それでも生活するのに不自由はなく、ネットサーフィンで無駄な時間を過ごすより、もっと有意義な時間の使い方ができるかもしれない。

どちらがいいのか。

でも私自身はネットをやって世界が1000倍くらい広がった。

ネットをやっていなければ一生会うことがなかった方々のお話を、文章や動画を通して読んだり聴いたりして、自分の考えが180度変わるようなことが何度もあった。

きっとこれからもそうやって世界は広がり続けていくだろうと思う。

先ほどの話に戻ると、ネットをやっていないのでレシピを探すことができないという女性になんとかレシピを伝えたいと思った。

そうだ、電話番号を聞いて、あとで伝えたらどうだろう。

そう思ったが、女性は「焼いてタレに漬けるんですよね」と、またおっしゃって笑顔で去って行った。

電話番号を聞くなんてことしなくて良かった。

そもそも私が作っているレシピの煮豚が口に合うか分からない。女性が本当に作りたいのなら、別の人に聞くとか、なんとかするだろう。

突然レシピを聞かれて驚いたけど、ネットが無かった頃は、よくママ友やご近所さんと手書きのレシピ交換したなあと懐かしくなった。

ネットのなかった時代が、とても昔に感じる。

そしてこれからも世の中はどんどん進化して、そのうちに(というか、すでに)ついて行けなくなるのだろうなと思う。

「ネットにレシピ載っていないんですけど、どうやって調べるんでしょう?」

誰かにそう聞いている自分の姿が目に浮かぶようだ。

 


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クリスマスイブメニュー

2022-12-24 14:43:28 | 日記

今日はクリスマスイブ。

長女がとても楽しみにしていて「帰って来るまで(夕飯は)待っていてね」と言って仕事に出かけていった。いくつになってもクリスマス好き。。

さて今夜のメニュー。

子どもたちが小さな頃から我が家ではクリスマスイブと言ったらパイシチューが定番なのだが、今年は別のメニューにしようかなと思っている。

ケーキやチキン料理などもあるので、それに加えてパイシチューは還暦を過ぎた夫婦には、ちと重い、、、

長女と次女も大人になった事だし、今年は別のものにしよう。

そこで夫に「何がいい?」と聞いてみた。

すると夫は少し考えて「ちらし寿司がいい」と答えた。

ちらし寿司か、、、クリスマスというよりひな祭りのメニューだなあと思ったら「ばあちゃんが作ってくれたようなちらし寿司が食べたい」と夫が言う。

ばあちゃん、つまり夫の母は、ちらし寿司を作るのがとても上手だった。

ちらし寿司を作る前日から、色々な種類の具材を煮て準備をする。

当日は大きな寿司桶に花が咲いたような彩りのちらし寿司が出来上がって、それがとても美味しかった。

ちらし寿司といえば、ばあちゃんだったので、私がちらし寿司を作ることはほとんど無かったけど、真似して作ってみようかなという気持ちになった。

そこで今朝は、ばあちゃんが作ってくれたちらし寿司を思い出しながら、具材を煮たり海老を甘酢に漬けたりしていた。

ばあちゃんのちらし寿司と同じものができるとは思っていないが、いつの間にか、ばあちゃんから引き継いだな、、と思う。

同じ家で長く一緒に暮らすと、たとえ血が繋がっていなくても、その家の味というものができるのかもしれない。

ところで昨年のクリスマスに、お嫁さんから「クリスマスイブはパイシチューを作りました」と教えてもらった。

「○さん(息子)からの要望で、、、」と聞いて笑ってしまった。

息子の中では、パイシチューはクリスマスに食べるものという刷り込みがされているんだなあ。

息子たちは、今年もパイシチューを食べるのだろうか、、、と思いながらも、引き継がれたことが少し嬉しくもあった。


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神社へ行く

2022-12-19 18:35:19 | 日記

新しいお札を頂きに神社へ行ってきた。

まず最初に行ったのが相馬神社。いろいろなことが、ここから始まった。

こちらは氏神さまではなくて崇敬する神社として神棚にお祀りしている。

初めて相馬神社を知ったのは、もう10年以上前で夢を見たことがきっかけだった。

それは小さな祠の前に小さな龍がいる夢だった。

龍の夢を見たのはこれまで生きてきて初めてのことで、後にも先にも龍が出てくる夢など見たことがなかった。

この時以来、龍の夢はまったく見ないのだが、夢のことはよく覚えている。

夢はとても短いものだった。

夢の中で小さな祠があったので祠の前まで行くと、そこに小さな龍がいた。

龍と向かい合った時、なぜか自分の手に玉を持っていることに気づいた。

龍といえば玉、、、とはまったく思いつかなかったのだが、反射的に目の前にいる小さな龍に差し出していた。

小さな龍はそれを受け取ると、女性の声でありがとうと言ってくれた。

鈴を転がすようなとても綺麗な声だったのだが、その声が耳元近くでハッキリと聴こえたので、声に驚いて目を覚ましてしまった。

夢なのに耳元で聴こえた声が不思議だなあと思ったが、実は驚くのはまだ早かった。

夢を見た日、当時、交流していた道内在住のブロガーさんのブログを見たら、驚くことに夢に見た祠とそっくりの祠が写った写真がアップされていた。

祠のある場所は、アポイ岳山頂だそうで御祭りされている神さまは天之御中主大神と書かれていた。

「そっくりだ」とマジマジとブログの写真を眺め、是非ともアポイ岳の山頂に行ってみたいと思ったが、行くにはちょっとハードルが高く、他に天之御中主大神という神さまが祭られている神社がないかと探したところ相馬神社が見つかった。

相馬神社へ行くと、嬉しい気持ちでいっぱいになる。

他の神社ではここまで嬉しくなることはないのだが、相馬神社だけは何度行っても喜びの気持ちが湧きあがってくる。

ところで相馬神社へ行ってわかったのだが、神社によって受け取る感覚のようなものが違うと思う。

氏神さまである神社は、柔らかく優しい気が満ちているように思えるのだけど、相馬神社はとても厳しさを感じた。

だから相馬神社への参拝前はいつも緊張している。

粗相のないようにお行儀よくしなければ、、、なんて。

嬉しくてたまらないのだけど、叱られないように緊張しているという、まるで怖いけど大好きな祖父に会いに行くような気持ちかもしれない。

ところが、今回は今までとは少し違っていた。

厳しさはあるのだけど、それ以上に優しさを感じた。

まるで「おお、よく来た」と言って頂いているような感覚になり嬉しさでいっぱいになった。

夢がきっかけで見つけた神社。

今年も参拝できたことに感謝したい。

 


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ついにコロナ感染

2022-12-15 17:51:04 | 健康

次女が先週コロナに罹った。

仕事から帰ってきて「のどが痛い」と辛そうだったので、これはもしかしたらと思ったら、翌朝に37.5度の熱が出た。

起き上がるのもつらそうな次女に代わって、検査キッドをもらいに行き検査をしたところ陽性だった。

陽性が分かったことで、私たち家族は濃厚接触者となり、長女は仕事を休んで五日間の自宅待機になった。

次女は自ら隔離部屋にこもると、ラインを通じて色々な指示をしてくれた。

まず一番強く言われたのが、絶対に隔離部屋に入るなということ。(鶴の恩返しか、、、)

とは言っても、どうしても必要な物があって隔離部屋に入らなければいけない時がある。

それを取るためにマスクを二重につけて息を止め、小走りで入って出て、合計30秒でも「何のために隔離していると思ってるの」と次女に怒られた。

「コロナは風邪と同じ」と聞いたので、最初はこれくらい大丈夫でしょ、、と思っていたが、次女が徐々につらそうになってくると、これは罹るとまずいぞと思い始めた。

次女はまだ二十代と若いので、重い症状は出ないのではないかと思っていたが、喉の痛みに始まって腹痛、頭痛、胸の痛みなどが出てきて食欲不振が続いた。

二〜三日は飲み物以外、かろうじて喉の通りがいいプリンが食べられる程度だった。

熱は38度台が二日続いただけだったが、胸の痛みというのが特に気になった。もしも高齢者が罹った場合、命にかかわるかもしれない。

やはり高齢者にはうつさないように十分に気をつけなければいけないと思う。

次女は病院へは行かず、自宅で漢方薬だけを飲んで寝ていたのだが、三日目くらいからお粥が食べられるようになり少し元気になってきたように思う。

しかし元気になってきたら、今度は味覚障害が現れたのと抜け毛が多くなり、同じく症状がつらいインフルエンザとは全然違うものなのだと思った。

というわけで隔離生活五日目の朝、少しやつれた次女がまるで神話の岩戸開きのように隔離部屋から出てきた。たいへんだったね、おつかれさま、、、これで、やっと我が家のコロナ騒動が終了。

家族には今のところ症状が出ていないので、多分うつっていないのではないかと思うが、一応用心しよう。

ところで、コロナに罹っても症状が無い人もいるとか。

次女の様子を見ると、そんな人がいるのかと信じられない気持ちになるが、まだまだわからないことが多いのかもしれない。

 


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世界を変える

2022-12-11 21:44:00 | 日記

久しぶりに学生時代の友人たちとラインのやり取りをした。

3年前までは年に一度集まって6〜7名でランチをしていたが、コロナの流行以来、集まることは無くなり代わりに年に数回のラインになった。

ラインは会ってお喋りするのとは違って、文章のやり取りだけでは細かな感情の起伏までは伝わらない。

ましてや大人数なのでどうしても形式的なやり取りになってしまうのは仕方がないことかもしれない。

ただそのようなやり取りであっても、古い友人とのお喋りは楽しい。

みんなが元気でやっていることがわかるだけで安心する。

今回も総勢9名という大人数でラインのお喋りをしたのだが、気のせいかみんなの元気が無くなってきたように思える。

、、、と言う私も同じかもしれない。

身体は元気なものの、ニュースやネットを見ては気持ちが暗くなる。

世界では戦争がいつまでたっても終わらず、多くの方が苦しんでいる。

札幌より寒い地域で停電なんて、どんなに寒いだろう。

また国内に目を向ければ、今年はびっくりするほど多くの方が亡くなっている。(なぜなのか、、、)

友人たちも元気そうに見せてはいるが、体調が悪いことを歳のせいにして自虐的に書いている人もいたり、言葉の端に暗さが見えたりと、明るかった三年前とは違ってきていると思う。

今の時代のなんとも言えない暗さや不安感を、みんな無意識に感じているのだろうか。

すべてのものは移り変わっていく。これを諸行無常というとおっしゃったのはお釈迦さま。

すべてのことや物は変化していて、固定したものやことは無いのだという。

だから今、苦しみや悲しみがあったとしても、それはいつか変わっていく。

お釈迦さまが生きていらした頃も、そしてこれからもどんどん時代は変わって行くのだ。

移り変わって行くのなら、今よりもっとよい世界にしたい。

人生が始まったばかりの孫に、そしてたくさんの若い人たちのためにも良い世界を作ってあげたいと思う、、、が、悲しいことに自分にはそんな力がない。

思い出したのが、「愚になれ。自分の愚かさをよく知った者が、まことの人間」とおっしゃった法然聖人の言葉。

浄土真宗でいう阿弥陀様のように他人の喜びを自分の喜びとし、他人の悲しみを自分の悲しみにするとはなかなかできない自分自身だが、それでもそんな自分を認めて、いつかそうなりたいと思いながら生きること。

もしかしたら、そんな小さなことが世界を変えるのかもしれないと思う。

 

 


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時代によって変わる

2022-12-07 11:38:29 | 日記

長男夫婦が孫を連れて遊びに来てくれた。

孫が家に来るのは初めてなので、朝から孫用の布団や授乳室を用意してソワソワして待っていた。

ついに息子一家が到着。

真っ先に孫の顔を見せてもらう。寝顔がお地蔵さんに似ていて可愛いなと思う。

孫はまだ二ヶ月も経っていないのでほとんど寝ているが、たまに泣き出すと、すぐに長男夫婦が抱き上げて対応するので婆さん(私)の出番がない。

今は、赤ちゃんが泣いたら出来るだけ早く抱っこしてあげましょうと教えられるそうだ。(親子の信頼関係を築ずくのだそう)

三十年前もそうだったのかなと、自分が子育てをしていた頃を思い出すと、病院では教えてもらわなかったけど、昭和2年生まれのお姑さんに「泣いてもしばらく放っておきなさい。赤ん坊は寝るのが商売、泣くと身体が丈夫になる」(ホントかいな?)と言われ、抱き上げたいのをじっと我慢していた記憶がある。

平成時代の一般的な子育て方針が本当はどうだったかはわからないが、少なくとも昭和20年代、30年代のお姑さんの頃の子育ては、赤ん坊が泣いてもしばらく放っておけという教えが一般的だったのだろう。

今の時代と正反対のことを言ってるなと思う。

他にも息子たちの子育てをする姿を見ていると、自分の頃と違うなと思うことが多く、例えば入浴の仕方なども違う。

私の頃は、赤ちゃんの両手を覆うようにガーゼをかけておいてから身体を洗っていた。

両手をガーゼで覆うことによって赤ちゃんが安心すると産院の沐浴指導で教わったのだが、今はガーゼをかけてもかけなくてもどちらでもいいと教わったそうだ。

だから長男夫婦はガーゼをかけないで赤ちゃんを洗っているのだが、動画で見ると、赤ちゃんが不安そうに両手をバタバタとさせている。

一枚ガーゼをかけてあげれば安心するだろうなと思うが、、、

また顔の洗い方も違っていて、昔は濡らしたガーゼで拭くだけだったが、今は頬くらいまで石鹸で洗い、最後に顔の上からお湯をかけて流している。

これにはびっくりだった。赤ちゃんの顔にいきなりお湯かけるってアンタ。一歩間違えば虐待?とも思える。

よくまあ赤ちゃんがびっくりして泣かないものだと思ったが、息子曰く産院の沐浴指導でそう習ったそうで、赤ちゃんはずっと母体の羊水の中にいたので、顔にかけても大丈夫なのだとか。(たしかに孫は泣かない)

そう言われればそうなのだけど、自分のやってきたのと違うのでちょっと違和感をおぼえる。

でも、あれこれ言うことは絶対にしないでおこうと思う。

それをしてしまったら、お姑さんと同じことをすることになる。

本当はすぐにでも抱っこしたかったのに、お姑さんの顔色を見ながら我慢していた若い頃の自分の姿が思い出される。

とはいえ、こうしなさいという一般論や教えに、絶対的な正解はないのだと思う。

時代が変われば、これまで正しいと教わったことが、正反対に変わることがよくある。

だからそれらは参考にしつつも、自分の頭で考えて進んで行くしか無いのだと思う。特にこれからの時代はそうなのだ、、、


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立ち話

2022-12-03 16:40:03 | 健康

道でばったりご近所の方に会った。

50代の女性でもう半年くらい会っていなかったが、どうしているかなと思っていたら、脳幹に血栓ができて入院していたそうだ。

そこは手術ができない場所だった為、薬を使って治療し血栓は無くなったとおっしゃっていた。

本当によかったと思う。

突然手が痺れて視界が歪むという症状が、ある日突然出たそうだ。

不安になって脳神経外科を受診すると、すぐに入院となったようだ。

「今は脳神経外科を受診する人がすごく増えてるんだって。なぜこんなに急に増えたと思う?私はワクチンのせいじゃないかと思う。だって周りにも打ってから具合が悪くなった人がたくさんいるんだもの」

そうおっしゃるご近所さんは、3回打ったそうだ。

それまでどこも悪いところが無く健康体だったのに、急に脳幹に血栓ができるのがおかしいと思ったが、そのせいで血栓ができたのかどうかは証明できないとのこと。

ただ次は絶対に打たないと言った。

ほかにも打った直後にアナフィラキシーショックで泡を吹いて倒れて一命を取りとめた人や目が見えなくなった人の話など、恐ろしい話をご近所さんからたくさん聞いた。

そして「私の周りでは、もう打たないっていう人が多いよ」と、最後に教えてくれた。

やはりアレはあぶないものだったんだ、、、と思う一方で、4回打ってもピンピン元気な人が多くいるのも事実。

「5回目の予約入れた」と元気に言われると、打たない方がいいんじゃないかとは言いにくくなる。

副作用も怖いし、何より打ちに行くのって面倒じゃないかと言ったら、「タダだから行くんだ。有料だったら行かない」と言われて驚いた。

その方は別に生活に困っているのではない。むしろ余裕のある人なのにタダだから行くというのには驚いてしまった。

私ならお金をあげると言われても遠慮したいが、考え方は人それぞれなのだと思った。

打っても大丈夫な人は大丈夫だろうし、不幸にも体調を崩してしまう人もいる。

それがどうしてなのか、またどういうものだったのか、いつかはっきりとする日が来るのだろうか。

 


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