最近、高齢者住宅に入居している父の所へ行くと、帰りは自分の気持ちが沈んでいることが多い。
それは行く度に父が弱ってきているということが感じられるから。
今回は部屋に入ると、いつもはいるはずのベッドの中に父の姿はなく、どうしたのかとトイレを覗くと父はトイレの中にいた。
病気のせいもあって失禁があるため、普段から紙パンツをはいているのだが、まだ自分でトイレに行こうとしてくれる。
ただ見る限り、つらそうにやっと便器に座っているという感じがする。
案の定、トイレから出てきた父は荒い息遣いをして、ベッドに入って横になってしまった。
トイレからベッドまでの距離はわずか2メートルといったところだが、それでも身体がつらいという。
最近では、父が起き上がっているということはなく、いつもベッドに横たわったままで会話をしている。
そして去年までのように、話好きな父が一方的に延々としゃべって話が終らないということはもうない。
話題も少なくなってきたし、口数も少なくなってきた。
こちらが話さないと、沈黙が続くこともある。
これは、今までの父には考えられなかったことだ。
「明日、○○(弟)たちが来るよ。覚えている?」
そう父に言うと「そうだったかな?何時ごろ来るんだ?」と父が言った。
この会話は、これでもう何回目になるだろう。
本州に住む弟一家が遊びに来ることが決まってから、父には妹からも含めると、もう10回以上は伝えているが、父の脳には「弟たちが来る」ということがなかなか定着しないようだ。
そんな会話をしていたら、職員さんが「食事ですよ」と言いに来てくれた。
ベッドの中の父は、下着姿なので、食事に行く為には洋服を着なければいけない。
そこで、父の洋服を持ってきて着替えを手伝おうとしたら、父はようやくベッドの縁に腰掛けていたが、頭を下げたまま、深いため息をついていた。
「あぁ、身体がこわい(つらい)、食欲もないし、行きたくないなぁ」
その様子を見る限り、父は本当に心底つらそうだった。
よほど身体がつらいのだろうということは、見ていても分かった。・・・が、自分でできる限り体を動かしてくださいと医師にも言われているので、なんとか服を着替えて食堂まで行かなければならない。
父も意を決したように「じゃあ、行くか・・・」と言いながら、時間をかけて洋服を着替え、体を支えて起き上がらせて、食堂まで一緒に歩いていった。
それにしても、あんなに身体がつらそうな父を見ていると、もう肉体を脱ぎ捨てたいだろうなぁなんて父の気持ちを想像してしまう。
父が本当にそう思っているかどうかは分からないが、私が父ならそう思う。
以前、まだ父が元気だった頃、父に聞いたことがある。
「もしもお父さんが意識が無くなって、病院でチューブに繋がれることになったら、それでも延命治療はしてもらいたい?」
父はもう歳なので、万が一の時に父の希望通りにしてあげようと思って父に聞いたのだった。
「チューブに繋がれて生きるのは嫌だから、延命治療はしない」
父はきっとそう言うだろうと思って聞いたのだが、返ってきた答えは意外にも「チューブに繋がれても生きたいから延命治療をしてくれ」とのことだった。
父は今もそう思っているのだろうか・・・
103歳で現役の美術家の女性が「長く生きたいと思うのは、生き物としての本能。年老いるとそうなる」と書かれていたことを思い出した。
もう父にはそれは聞かないが、万が一の時は最初に父が希望したとおりにしてあげようと思っている。
さて、弟一家が父の所に一年ぶりにやってきた!
父と一年ぶりに会ってきた弟に「お父さん、寝たきりだったでしょう?すいぶん弱ったでしょう?」と聞くと「いいや、お父さんはちゃんと洋服を着て、起きて待っていてくれた」と言ったのでビックリ仰天だった。
「洋服を着て、起きて待っていたの?
・・・ってことは、来ることを知っていたってこと?」と聞くと「そうみたいだ」と弟が言った。
弟が父に会いに行った前日に、私が「明日、○時に弟が来るよ」と父に伝えたことを、父は覚えていたんだ。
今まで何度言っても忘れていたのに・・・
弟と一緒に行った妹によると、「お父さん、すっかり元気になって、よくしゃべるし、頭もしっかりして見違えちゃった。まるで一年前のお父さんに戻ったみたいだったよ」とのこと。
きっと父は息子である弟が来ることをとても楽しみにしていたのだ。
息子の前ではしっかりとした父親でいたかったのだろう。
だから頑張って洋服を着替えて、ベッドから起きて弟を待っていたのだ。
人間の気力、精神力たるやすごいものがある。
今にも死にそうだった老人がこれほどしゃっきりするとは、愛する息子の力はすごい。
弟が帰った後、父はへなへなとベッドに倒れこんだかもしれないと思いつつ、父はまだ大丈夫かとすこし気持ちが明るくなった。
それは行く度に父が弱ってきているということが感じられるから。
今回は部屋に入ると、いつもはいるはずのベッドの中に父の姿はなく、どうしたのかとトイレを覗くと父はトイレの中にいた。
病気のせいもあって失禁があるため、普段から紙パンツをはいているのだが、まだ自分でトイレに行こうとしてくれる。
ただ見る限り、つらそうにやっと便器に座っているという感じがする。
案の定、トイレから出てきた父は荒い息遣いをして、ベッドに入って横になってしまった。
トイレからベッドまでの距離はわずか2メートルといったところだが、それでも身体がつらいという。
最近では、父が起き上がっているということはなく、いつもベッドに横たわったままで会話をしている。
そして去年までのように、話好きな父が一方的に延々としゃべって話が終らないということはもうない。
話題も少なくなってきたし、口数も少なくなってきた。
こちらが話さないと、沈黙が続くこともある。
これは、今までの父には考えられなかったことだ。
「明日、○○(弟)たちが来るよ。覚えている?」
そう父に言うと「そうだったかな?何時ごろ来るんだ?」と父が言った。
この会話は、これでもう何回目になるだろう。
本州に住む弟一家が遊びに来ることが決まってから、父には妹からも含めると、もう10回以上は伝えているが、父の脳には「弟たちが来る」ということがなかなか定着しないようだ。
そんな会話をしていたら、職員さんが「食事ですよ」と言いに来てくれた。
ベッドの中の父は、下着姿なので、食事に行く為には洋服を着なければいけない。
そこで、父の洋服を持ってきて着替えを手伝おうとしたら、父はようやくベッドの縁に腰掛けていたが、頭を下げたまま、深いため息をついていた。
「あぁ、身体がこわい(つらい)、食欲もないし、行きたくないなぁ」
その様子を見る限り、父は本当に心底つらそうだった。
よほど身体がつらいのだろうということは、見ていても分かった。・・・が、自分でできる限り体を動かしてくださいと医師にも言われているので、なんとか服を着替えて食堂まで行かなければならない。
父も意を決したように「じゃあ、行くか・・・」と言いながら、時間をかけて洋服を着替え、体を支えて起き上がらせて、食堂まで一緒に歩いていった。
それにしても、あんなに身体がつらそうな父を見ていると、もう肉体を脱ぎ捨てたいだろうなぁなんて父の気持ちを想像してしまう。
父が本当にそう思っているかどうかは分からないが、私が父ならそう思う。
以前、まだ父が元気だった頃、父に聞いたことがある。
「もしもお父さんが意識が無くなって、病院でチューブに繋がれることになったら、それでも延命治療はしてもらいたい?」
父はもう歳なので、万が一の時に父の希望通りにしてあげようと思って父に聞いたのだった。
「チューブに繋がれて生きるのは嫌だから、延命治療はしない」
父はきっとそう言うだろうと思って聞いたのだが、返ってきた答えは意外にも「チューブに繋がれても生きたいから延命治療をしてくれ」とのことだった。
父は今もそう思っているのだろうか・・・
103歳で現役の美術家の女性が「長く生きたいと思うのは、生き物としての本能。年老いるとそうなる」と書かれていたことを思い出した。
もう父にはそれは聞かないが、万が一の時は最初に父が希望したとおりにしてあげようと思っている。
さて、弟一家が父の所に一年ぶりにやってきた!
父と一年ぶりに会ってきた弟に「お父さん、寝たきりだったでしょう?すいぶん弱ったでしょう?」と聞くと「いいや、お父さんはちゃんと洋服を着て、起きて待っていてくれた」と言ったのでビックリ仰天だった。
「洋服を着て、起きて待っていたの?
・・・ってことは、来ることを知っていたってこと?」と聞くと「そうみたいだ」と弟が言った。
弟が父に会いに行った前日に、私が「明日、○時に弟が来るよ」と父に伝えたことを、父は覚えていたんだ。
今まで何度言っても忘れていたのに・・・
弟と一緒に行った妹によると、「お父さん、すっかり元気になって、よくしゃべるし、頭もしっかりして見違えちゃった。まるで一年前のお父さんに戻ったみたいだったよ」とのこと。
きっと父は息子である弟が来ることをとても楽しみにしていたのだ。
息子の前ではしっかりとした父親でいたかったのだろう。
だから頑張って洋服を着替えて、ベッドから起きて弟を待っていたのだ。
人間の気力、精神力たるやすごいものがある。
今にも死にそうだった老人がこれほどしゃっきりするとは、愛する息子の力はすごい。
弟が帰った後、父はへなへなとベッドに倒れこんだかもしれないと思いつつ、父はまだ大丈夫かとすこし気持ちが明るくなった。