ミーロの日記

日々の出来事をつれづれなるままに書き綴っています。

最近のシニア

2023-08-31 11:27:45 | 日記

いつも微笑んでいるような優しい雰囲気のある七十代前半の女性。

同じ趣味の会にいて、一度お話してみたいなあと思っていたら、なんとわざわざ私の席まで来てくれた。

テレパシー!?

なんてことはないか。たまたま私の席の横を通りかかって話しかけてくれたようだ。

思った通りの優しい雰囲気は、そのままお人柄に表れているような方で「この趣味の会以外にもボランティアをやっていて、そちらの活動も忙しいの」と優しく教えてくれた。

聞けばもう四十年以上もの間、ボランティア活動をしていて、今は新しく入ってきたボランティアの指導などもやっているそうだ。(彼女のやっているボランティアは、少々技術がいる、、、)

ボランティアというと、時間のある時に無償で労働を提供するものと思うが、彼女の場合は毎日のように出勤し、時には泊まりがけの出張もあるそうで、とても片手間にできるようなボランティアではない。

自分の時間を使って、長い間無償でボランティアを続けているとはすごいと感心すると、彼女はにっこり笑って「私は今まで一度も外で働いたことがないからできるのよ」とおっしゃった。

これまで一度も外で働いたことはなく、無償のボランティアを続けているなんて、きっと恵まれた経済環境にいらっしゃるのだろうと思うが、それでも四十年以上ボランティアを続けているのがすごい。

お金をもらうために働く仕事と同様に、いや無償だからそれ以上かもしれないが、とにかく長く続けるのは並大抵のことではなかっただろう。

さらに彼女の言葉に感動してしまった。

「ボランティアしてやってると思うとダメなのね。相手の立場になってやらないと良い仕事ができない。だから私は後輩に言ってるの。ボランティアさせて頂いてると思いなさいって」

趣味の会を通して、最近多くなったシニア世代の方との交流だが、自分も還暦を過ぎて立派なシニアなのだけど、こちらは同級生とは違った楽しさや学びがある。

ところで会は女性が多いが、数名の男性たちもいる。

年代は女性同様さまざまで、60代から80代までと幅広い。

席が近いのでよくお話しさせて頂くのが、同世代の60代の方で、定年を迎えて何かやろうと思い、いろいろなことに挑戦中なのだとか。

特に今、面白いのが料理だそうで、男性だけの料理教室に通っていると教えてくれた。

作るのはちょっとオシャレな家庭料理が多いそうで、これには奥様も大喜びして、すっかり家庭円満になったそうだ(笑)

人生の折り返し地点をとうに過ぎ、長い人生を送ってきた方々のお話は楽しく、そして勉強になる。

お互いにしがらみや利害関係、上下関係がないので、たくさんおしゃべりして、たくさん笑って、元気になって帰って来ることができるのがいい。

悲しくなったり怒ったり、ストレスの多くの原因が人間関係だと言われているが、楽しくなったり元気をもらったりするのもまた人間同士の交流な訳で、もちろん無理に求めなくていいが、できれば自分の興味ある場所や会に積極的に出て行った方がいいのだなと思う。

というわけで、また次回を楽しみにしながら頑張ろうと思う。。。

 


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熱い夏

2023-08-24 17:39:26 | 日記

何かのきっかけで過去の何気ない場面を思い出すことがある。

最近よく思い出すのは、観測史上二番目に暑かった1994年夏のある日の夕方のこと。

よくお喋りしていた隣の奥さんが、娘さんを連れて「あまりに暑くて夕ご飯を作りたくないから外食してくる」と言って出かけて行く場面。

奥さんが車のキーを開けて娘さんが乗り込み、笑顔で手を振って車で出かけて行った。

これだけのことなのだけど、なぜか三十年近く経っても思い出す。

もう一つ思い出すのは、かれこれ6〜7年前の夏、群馬県にいた。

この日もめちゃくちゃ暑い日で、レンタカーも借りず公共バスと徒歩で観光したのは、知らなかったとは言え、群馬の夏をなめていたと言われても仕方がない。

そんな暑い群馬で思い出すのは、榛名神社を参拝をした帰りに、参道の店で買って食べた丸ごと一本のきゅうり。

他のことは、暑さに頭がぼーっとしてほとんど覚えていないのだけど、氷水の中で涼しげに浸かっていた青々としたきゅうりだけは鮮明に覚えている。

塩だけつけて齧った時の美味しさは、世の中にこんなに美味しいきゅうりがあったのかと思うほどだった。

以来、あのきゅうりを超えるきゅうりには、まだ一度も出会っていない。

と言うわけで、両方とも何でもない日常の一コマなのに、なぜにこうまではっきりと思い出すのか、、、それは暑いからです。

天気に対して暑いとか寒いとかあまり文句は言いたくないが、事実として書くと暑いのです。

今年の夏は、観測史上最高の気温を更新したとか。

これだけ暑いと、過去に同じように暑かった記憶が、呼び起こされるのかもしれない。

でもそれらは決して嫌な記憶ではない。

前の家を引越しをしてから、会っていないお隣さんへの懐かしさだったり、今までの人生で食べたきゅうりの中で、一番美味しいと思ったきゅうりの味だったりと、思い出すと思わず笑みがこぼれる。

さて、観測史上最高となった今年の暑い(熱い)夏。未来の私はどんなことを思い出しているだろう。

コメダに避難している場面かな?涼しい中で好きな本を読みながら、アイスコーヒーを飲むのが最高だった。

それとも趣味の会が終わった後、「暑いので、この後、夕方の終了時間までここで自由に休んでいいですよ」と、親切に声がけしてくれた職員さんの顔かな?

クーラーなしで過ごす夏の暑さは、年々厳しくなっているが、それ以上に楽しいことに目を止めるようにすると、嫌な暑い夏が、熱く楽しかった夏に変わる、、、ような気がしている。


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窓ガラスにぶつかる鳥

2023-08-18 15:41:18 | 日記

椅子に座ってウトウトしていたら、コツンと何かが窓ガラスに当たった音がした。

「もしかしたら」

起き上がって、音がした方向の窓ガラスに羽毛が付いていないかを確認した。

さらに窓を開けて外に鳥が落ちていないか見たが、落ちている鳥は見えずホッと胸を撫でおろした。

ここは森林に近いせいか、窓ガラスによく鳥が当たる。

あまり勢いよくぶつかると死んでしまうこともある為、ぶつかることが多い二箇所の窓には鳥避けを吊るしている。

落ちている鳥がいなかったので安心してまた椅子に戻ると、今度はベランダに小鳥が飛んで来た。

しばらくベランダで、空中に止まっているかのように羽ばたいてから行ってしまった。

うちのベランダは、屋根がついて奥まっているため、ここまで鳥が入って来ることはほとんどない。

いつか一度だけスズメが飛んできてベランダの窓に当たって脳震盪を起こしたため、保護したことがある。

この時のスズメは勢いよく飛んで来てぶつかったが、今回は何か様子を見に来たかのような飛び方。

臆病な小鳥が、人の姿が見える部屋のすぐ近くまで来るとは、どうしたことだろう。

不思議に思ってベランダを覗いたら、いた、、、あぁやっぱり当たったのかと思った。

なんということでしょう、、、小さな小鳥がじっとしている。

さっきベランダに来た小鳥は、ぶつかった小鳥を心配して来たのだと思ったら可哀想でならない。ぶつかったのは子どもなのかな?それとも伴侶かな?

じっとしている小鳥は、窓にぶつかったためか、羽毛が少し乱れているものの、とりあえず二本の脚で立つことはできている。

以前、保護したスズメは横たわったままで、寒い日でもあり放っておくと死んでしまうと思い保護したが、今回はこのままで様子を見ることにした。

それにしてもこの小鳥、もしかするとシマエナガかなと思って調べてみたら、やっぱりそうだった。

シマエナガはその姿の可愛さからブームになった鳥で、今でもお土産屋さんに行くと、シマエナガがキャラクターになった商品がたくさんある。

用心深いのか餌台を置いても決して近づいて来ないし、飛ぶのが速いので写真を撮るにも一苦労するくらいで、こんなに近くで姿を見るのは初めてだった。

これは冬にやっと撮れたシマエナガの写真。

あまり近くまで行かないようにしながら様子を見ること一時間あまり、シマエナガは目をつぶったまま動こうとはしない。

このままだと死んでしまうのではないかと、気が気じゃない。

ダメ元で野生動物を保護する自治体に電話をしてみると「そのまま様子を見てください。もしも気になるようでしたら、どこか草むらに置いて来て下さい。あと死んだらご自分で処分して頂くことになっています。ゴミの袋に入れて収集日に出して下さって結構です」との事だった。

こんなに弱っている子を、その辺に置いて来たらキツネやカラスに食べられてしまう。ましてや死んでもゴミとして処分なんてできるわけない。

断られる事を覚悟で電話したが、思った通りだった。

自治体が保護する鳥は希少種だけだそうで、どうやらシマエナガは希少種ではないらしい。

こんな場所に家を建ててしまってごめんねと、いつも思う。

シマエナガがベランダでうずくまってから二時間が過ぎ、そろそろ日が傾いて、風が冷たく感じられるようになった頃、ふとベランダを見るとシマエナガがいなくなっていた。

植木鉢をよけてみても、落ち葉をめくってみてもどこにも姿がなくて、元気になって飛んで行ったのだと思うと嬉しかった。

というわけで、窓という窓に鳥避けグッズを吊るすべく、明日、早速鳥避けを買いに行ってこようと思っている。

 


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おもてなし

2023-08-14 21:24:20 | 日記

迎え火で御先祖やご縁のある方々の霊をお迎えし、どこへ出かける予定もなく、お盆は霊になった方々と一緒に家で過ごしている。

迎え火をした翌朝リビングに入ると、いつもはしないお線香の強い香りがしたのは、来てくれた証拠なのだと思って、せめてお盆期間中は家で穏やかにくつろいで頂きたいと、気持ちだけはおもてなしを心がけている。

おもてなしと言えば、昔はなぜ自分ばかりがおもてなし(主に食事の支度)をしなければいけないのか、、と思っていたことがあった。

年に一度泊まりがけで遊びに来る義父母のおもてなし、家に集まる親戚のおもてなし、遠方から毎年遊びに来てくれる友人夫婦をもてなし、また親しいママ友たちを招いて食事を振る舞うこともよくやっていた。

料理をすることは好きだが、おもてなしとなると頭を悩ますことも度々で、メニューを考え買い物に行き、料理、掃除、片付けなど、終わった時には疲労困憊。

楽しかった気持ちはあるが、一方で「なぜ自分ばかりがおもてなしする側なの?」という不満が募っていた。

この「自分ばかり」というのがクセ者で、私の悪いクセでもある。

でも今、自分ばかりが、、と思っていた自分に言いたい。

まず「自分ばかり」と思っていたのがそもそもの間違いで、よく考えてみれば、私だって食事をご馳走になったことが何度かあった。

お料理上手な親戚のおばさんが作ったコロッケがとても美味しかったし、義理の姉が作ってくれた鍋ものも絶品だった。

またわざわざお土産を持って遠方から訪ねて来てくれる友人がいるなんて、本当にありがたいことではなかったか。

さらにママ友たちと食事をしながらのおしゃべりは楽しくて、本当は自分がしたいからやっていたのではなかったのか。

そんなことを考えて反省しているが、義父母が亡くなり、コロナもあっておもてなしをする機会もめっきり減った。

今は月一でやって来る長男一家のおもてなしをするくらいだが、毎回メニューを考えて準備するのは昔と同じで、違うのはもう昔のように頑張らないし、見栄を張らないこと。

昔は「すごいごちそう!大変だったでしょう?」と言われるのが単純に嬉しかった。

そこで涼しい顔をして(本当はめっちゃ疲れている)、「ううん全然」と見栄を張った。

でも今は買ってきたパンやお寿司を並べることもある。

それに手作りのサラダやスープ、デザートなど簡単なものを並べるが、長男夫婦は喜んで食べてくれる。

お盆だからと来てくれた今日は、主菜を夫におまかせした。

夫が定年後に覚えた数少ないレパートリーから、イチオシのトマトとアンチョビのパスタを作ってもらって、あとは作り置きしていたものを並べた。

簡単なものばかりの食事だったが、一ヶ月見ない間にできることが増えた孫を見て、日々の成長の話を聞きながらの食事は楽しいひとときだった。

気のせいか、見えない方々も一緒に食事をしながら笑っているイメージがした。

おもてなしというと、ついつい頑張って無理をしてしまう私だったが、本当はそうではなくて、質素な食事でもみんなで一緒に楽しむことだったと今は思う。

共に喋って笑って楽しむ。

それが何よりのおもてなしだったことを、還暦を過ぎてやっとわかったかもしれない。

 


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日本へやって来る人々

2023-08-09 21:03:39 | 日記

親しくしているご近所の中国人の王さんと、王さんの家の前でばったり会った。

「久しぶりですね」と挨拶をすると、王さんは「息子の所に行ってました」と教えてくれた。

そして「チョット待ってて」と言いながら、王さんは急いで家の中へ入って行った。

戻って来た王さんの手にはお菓子。

「これ〇〇のお土産」と言って、息子さんが住む本州の地名を言いながらお菓子をくれた。

王さんは、どこかへ出かけると、必ずと言っていいほどお土産を買って来てくれる。

そこで私もお返しでお土産を持っていくのだが、王さんとはとても日本的なお付き合いをしていると思う。

ところで、聞けば息子さんはすでに結婚していたようで、この度、赤ちゃんが生まれたため、赤ちゃんの顔を見に行っていたそうだ。

赤ちゃんは、とても可愛かったと笑顔だった(気持ちはよくわかる。孫はカワイイ)

産後のお手伝いに行っていたのかと思ったら、顔を見てすぐに帰って来たそうだ。

「お嫁さんのお母さんが近くにいるから全部任せてるね。中国と日本では、しきたりが違う。日本人のお嫁さんは、日本のしきたりでやった方がいいね。だから顔だけ見て帰ってきた」

日本人同士でもそれぞれ家のやり方が違うが、違う国同士であればもっと違うだろう。

余計な争いは避けて、住んでいる国に同化しようとする王さんは、さすが医師だけあって賢いと思った。

王さんは、来日して二十五年以上経つそうだが、すでに日本国籍も取り、二人のお子さんたちも日本人として育った。

お嬢さんなどは「私の心は日本人」と言うくらい日本に馴染み、祖先である中国人を毛嫌いしているかのように見えることがある。

息子さんもそうだったように、きっとお嬢さんも日本人と結婚して子どもを育てて、日本に同化して日本人として死んでいくのだろうなと思う。

ところで最近読んだ本がとても面白かった。

「日ユ同祖説」と聞いたことがある。

日本人の祖先が、2700年ほど前にアッシリア族に追放されたイスラエルの十支族の一つであると言う説だが、こちらの本は、同祖ではなくて日本にやって来たユダヤ人たちが、日本に同化していった「同化説」を主張している。

著者によると渡来人と言えば、ほとんどの人は中国人や朝鮮人だと思っているが、実はそうではなくて、渡来人🟰古代ユダヤ人だという。

古代ユダヤ人たちは、旧約聖書の時代から5世紀にかけて、5波に分かれて日本に渡来し、一神教であるユダヤ教を捨て、日本人が信仰する自然崇拝を受け入れ、そして日本に同化していったことを実例をあげながら紹介している。

日ユ同祖説と日本同化説、どちらの説が正しいのかわからないが、いやどちらの説も正しいのかもしれない。

ただユダヤ人との関係が深くあったことだけは、 古墳から発掘された土偶からも間違いないらしい。

現在でも超正統派と呼ばれるユダヤ教徒の装束とそっくりな埴輪。

 

日本に定住したユダヤ人たちはユダヤ教を捨てたが、正式に埋葬される時にはユダヤ人としての伝統的な姿を重視したため、古墳から出土する埴輪もその形をとっていると考えられる(日本にやって来たユダヤ人の古代史より)

こうした埴輪は関東と東北で多く見つかっているが、近畿、九州など全国各地で出土しているそうだ。

古代を想像しながら読み進めることが楽しくて一気に読んでしまった。

読み終わって思ったことだが、こうして古来に日本にたくさんの渡来人が入って日本人になっていったとしたら、それは現代も変わっていないのではないだろうかということ。

中国から来た王さん一家のように、子孫たちが日本人になっていく姿を見ると、それが良いか悪いかは別として、古代も現代も同じなのだなと思った。

少しずつ同化し、また新しい日本人が生まれていくのかもしれない。

 


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学びの時間

2023-08-05 22:20:00 | 日記

「今日の夕飯、何にするかな〜」

最近暑さのせいか、はたまた怠け心のせいか(多分こっち)、夕飯を作るのが億劫で仕方がない。

ところで先週、夕方までの予定で出かける用事があった。

その日はちょっとした集まりの会があって、帰ってから夕飯を作ると遅くなる為、前日にカレーを作り冷蔵庫に入れておいた。

帰ったら夕飯がほぼ出来ているというのは、精神的にとてもラクだ。

外出していて夕方になると、家族に食べさせる夕飯のことを考えて、帰る足は自然と小走りになる。

これが一人なら食事のことなど考えずにいられるのに、、と何度思ったことか。

さて集まりの会でご一緒したのは、80歳になる女性。

話をしたことはなかったが、物静かで知的な感じがする人だなぁと思っていた。

部屋に入る時にたまたま一緒になり、ちょうど空いている席が二つあったので「ここが空いてますよ。ご一緒しましょ」と声をかけて、並んで座った。

それから、その方と空いた時間に色々なお話をすることができた。

最初はあまりご自分から話そうとしなかったが、徐々にお話をしてくれるようになった。

聞けば今年、長年連れ添ったご主人が亡くなって独りになったとのことだった。

なんだか女性がとても悲しそうに見えたので、話題を変えて昔の話を聞いてみると、これまで長く小学校の教員をしていらしたとか。

定年まで40年間、結婚後もお子さんを育てながら、そして家事をしながら勤めたそうだ。

「もう辞めてから20年も経つんですけどね」と言いながら、40年間勤め続けるのは、やはり大変だったという。

「田舎だったので保育所もなくて、子どもを見てくれるという近所の人にお願いして預けて働きました」

でも仕事を辞めようとは一度も思わなかったという。

「きっと仕事が好きだったんでしょうね」と女性は微笑んだ。

勤務が終わると走って帰ったとおっしゃる言葉に、思わずわかるわかると深く同意しながらお話を聞いた。

休日にはご主人と一緒に登山をして楽しんでいたそうだが、ある日ご主人が体調を崩してからは、亡くなるまでずっと介護に明け暮れる日々だったそうだ。

「何年も介護に追われて、自分が楽しむことは何一つしてきませんでした。それに、そんな心の余裕も無かった」

ところが突然、介護が終わりを迎える。

ご主人が亡くなって何もする気になれず、ただ時間だけが過ぎて行く日を過ごしていた時に、目に入ったのが今回の会だったそうだ。

思い切って来てみて良かったとおっしゃっていた。

仕事が好きで、登山が好きで、きっと元々は活動的な方なのだと思う。

突然その方に「本は読んでる?」と聞かれて驚いた。

そういえば最初の自己紹介の時に、なんと言おうかと迷いつつ、「趣味は読書です」と言ったのを思い出した。

そのことを覚えてくれていたとは嬉しい。

「私も本が好きなのだけど、ここ何年も読書なんてしていなかったの。でもこの前、思い切って図書館へ行って、借りてきた本を読んだら、もう本当に楽しくてね。読書ってこんなに楽しいものだったのかと思ったわ」と教えてくれた。

自己紹介で趣味は読書なんて言ってしまったが、実は趣味が読書なんてつまらないかなーと思っていた。

じーっと家で本を読んでいるより、もっとアクティブな趣味を見つけた方が良いのではないか、、、なんて考えていたので「読書ってこんなに楽しかったのね」と言われて、目からウロコが落ちた気がした。

私は、いつも本が手元にないと寂しくて仕方がない。

だから趣味は読書、、、これでいいのだーと思った。

ところで目からウロコだったことがもう一つある。

帰り際に女性に言われた。

「帰ったら食事の支度があるんでしょう?家族がいると、毎日大変よね。でも時々思うの。家族にご飯を作りたいなあって」

これは、けっこうガツンときた。

いつか自分も一人になって、女性と同じことを思うかもしれない。というか、きっとそう思う。

だから今、こうして食事の献立に悩みながらも、食べてくれる家族のために料理ができることは幸せなことだったと、あらためて気づかされた。

そして食事の支度が面倒だなぁと思った時は、女性の言葉を思い出そうと思った次第、、、

というわけで女性との雑談から、目からウロコがぽろぽろ落ちる有意義な時間を過ごして来ることができた。(もちろん会も有意義でしたが)

まだまだ学ぶことはたくさんあると思った出来事だった。

 


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