明け方に目を覚ました。
まだ日が昇っておらず部屋の中は薄暗い。
もう一度寝ようと目をつぶった時だった。
突然、耳の中でブーンという音が聴こえてきた。
あぁ、この音は前にも何度か聴いたことがあった。
10代の多感な時期から20代の頃、金縛りに遭った時に何度か聴いたことがある。
当時は、このブーンと言う音が聴こえ始めると本当に怖かった。
ただでさえ金縛りは怖いのに、この音が聴こえ始めると必ず何か得体の知れない物がそばに寄って来た。
必死で身体を動かそうとしながら、知っている限りの念仏を唱えたりしていたが、そんなことで身体が自由になるようなことはなく、得体の知れない何かが去るのをじっと耐えて待っていたものだった。
その当時のことをちらりと思い出しながら、今の私には恐怖感はまったくなかった。
これは、今や50歳を過ぎた図々しい(?)おばさんになったということもあるが、それ以上にずっと続けている先祖供養と神棚で神様をお祀りしているお陰だと思う。
私はけっして一人ではないことを知っている。
もちろん家族は居るが、家族が居ないときであっても私は一人ではない。
多くのご先祖やご縁のある方々に守られている。
そして、何より神様がいつも一緒におられる。
だから何も怖くない。
これは家族がいない、天涯孤独と思っている人も同じで、誰もがけっして一人ではない。
本当は多くのご先祖や縁者に見守られているし、神様も一緒にいらっしゃるはず。
金縛りは脳が目覚めていて体が眠っている時に起こりやすいと言われているが、確かにそうかもしれないと思う。
・・・が、中にはやはり霊的な金縛りもあると思う。
そして、そんな時に世にも恐ろしい体験をしてしまうのは、その時の自分の心境がかかわっているのだと思う。
自分の心境と同じ存在が寄って来るのだ。
多感な10代から20代の頃の私は恐ろしい体験しかしなかったが、当時は自分のことでたくさんの悩みがあった時期だったと思う。
簡単に言うならば、他人のことを思いやる気持ちはなく、ひたすら自分の事ばかりだった。
こんな状況になっているのは、私が悪いのではなく全部周囲のせいだと思っていた。
まったく今考えると恥かしいことだが、やはりそういう存在しか寄ってこなかった。
さて、ブーンという音が聴こえ始めた時のことに話を戻すが、音が鳴り出すと同時に身体が振動し始めた。
まるで音と身体の震動が同調しているかのようだ。
「もしかしたら身体を抜け出せるのかもしれない」
そんな興味を抱いた私は、ゆっくりと上半身を起こしてみた。
(実際の私の身体は横たわっている)
以外と簡単に起き上がれたのだが、下半身の方が身体とぴったりくっついて、重たくて仕方がない。
それでも抜けようとしたら抜けられたような気はするが、それ以上は無理に抜けようとすることはせず、再び横たわっている自分の身体に重なるように寝た。
それにしても重たかった下半身に比べて、起き上がった上半身はとても軽かった。
肉体をすべて脱ぎ捨てた時には、こんな風に軽くなるのだなぁ。
そんなことを考えながら動かない身体のまま天井を向いていたら、突然「映像」が見え始めた。
何かが動いているように見える。
最初はぼんやりしていたものが、みるみるはっきりとした映像になった。
それはなんとたくさんの「金魚」だった。
南国の海にいるような熱帯魚ではなくて、まさしくそれは日本の金魚。
赤や黒、黄色、オレンジ色の色とりどりの金魚がたくさん泳いでいる。
私は天井近くを泳いでいる金魚たちを寝た状態で下から見ていた。
例えて言うならば、自分が金魚鉢の底に横たわって、泳いでいる金魚を見ている感じ。
縁日の金魚みたいなのやら、尾がひらひらした金魚たちが優雅に泳いでいる姿は本当に綺麗だった。
すると、その金魚たちの中にいる一匹の赤い金魚が気になった。
その赤い金魚の尾っぽに赤い糸が結ばれている。
どこに繋がれているのかは分からなかったが、繋がれていない金魚たちに比べると自由が利かず、可哀想で私は糸を外してあげたいと思った。
そう思いながら泳いでいる金魚たちを眺めていたら、今度は黄色の金魚が曲線を描きながら横たわっている私の横に降りて来た。
それも最初は縁日の金魚くらいの大きさだったのが、降りてくる間に錦鯉くらいの大きさになった。
1メートル近くありそうな丸々と太った大きな鯉。
それはオレンジ色の混ざった薄い黄色をしていて、大きな丸い目をして、まあるい口を開けていた。
すこしの間、鯉と見つめあっていたのだが、突然映像がぼやけ始め、「あ、見えなくなる」と思ったのもつかの間、金魚の姿は消えてしまい、私は薄暗い寝室のベッドに横たわっていた。
もちろん先ほどまで聴こえていたブーンと言う音も聴こえない。
身体の振動も止まっていた。
ちょうどその時、横に寝ていた夫が目を覚ました。
今までの出来事に興奮していた私は「今、天井を金魚が泳いでいてね、それがとっても綺麗だったの!大きな黄色の鯉が私の横に泳いで来てくれて。そうそうブーンという音がして・・・」
ねぼけたまま私の話を聞いていた夫は「いいね。いろんなものが見れて。俺は一回もないわ。ところで今の話は誰にもするなよ」とそう言い、また眠ってしまった。
そうね、こんな話は誰にもできないよね。
それにしても、あの赤い金魚はなぜ尾っぽを赤い糸で結ばれていたのだろう。
私が下半身が重たくて身体を抜け出せなかったことと関係があるのだろうか?
よく分からないが、まあ綺麗だったのでいいか・・・
でもとても綺麗だったから、忘れないようにブログに書いておきましょ。
こんなブログを書いている事を夫は知らない・・・
まだ日が昇っておらず部屋の中は薄暗い。
もう一度寝ようと目をつぶった時だった。
突然、耳の中でブーンという音が聴こえてきた。
あぁ、この音は前にも何度か聴いたことがあった。
10代の多感な時期から20代の頃、金縛りに遭った時に何度か聴いたことがある。
当時は、このブーンと言う音が聴こえ始めると本当に怖かった。
ただでさえ金縛りは怖いのに、この音が聴こえ始めると必ず何か得体の知れない物がそばに寄って来た。
必死で身体を動かそうとしながら、知っている限りの念仏を唱えたりしていたが、そんなことで身体が自由になるようなことはなく、得体の知れない何かが去るのをじっと耐えて待っていたものだった。
その当時のことをちらりと思い出しながら、今の私には恐怖感はまったくなかった。
これは、今や50歳を過ぎた図々しい(?)おばさんになったということもあるが、それ以上にずっと続けている先祖供養と神棚で神様をお祀りしているお陰だと思う。
私はけっして一人ではないことを知っている。
もちろん家族は居るが、家族が居ないときであっても私は一人ではない。
多くのご先祖やご縁のある方々に守られている。
そして、何より神様がいつも一緒におられる。
だから何も怖くない。
これは家族がいない、天涯孤独と思っている人も同じで、誰もがけっして一人ではない。
本当は多くのご先祖や縁者に見守られているし、神様も一緒にいらっしゃるはず。
金縛りは脳が目覚めていて体が眠っている時に起こりやすいと言われているが、確かにそうかもしれないと思う。
・・・が、中にはやはり霊的な金縛りもあると思う。
そして、そんな時に世にも恐ろしい体験をしてしまうのは、その時の自分の心境がかかわっているのだと思う。
自分の心境と同じ存在が寄って来るのだ。
多感な10代から20代の頃の私は恐ろしい体験しかしなかったが、当時は自分のことでたくさんの悩みがあった時期だったと思う。
簡単に言うならば、他人のことを思いやる気持ちはなく、ひたすら自分の事ばかりだった。
こんな状況になっているのは、私が悪いのではなく全部周囲のせいだと思っていた。
まったく今考えると恥かしいことだが、やはりそういう存在しか寄ってこなかった。
さて、ブーンという音が聴こえ始めた時のことに話を戻すが、音が鳴り出すと同時に身体が振動し始めた。
まるで音と身体の震動が同調しているかのようだ。
「もしかしたら身体を抜け出せるのかもしれない」
そんな興味を抱いた私は、ゆっくりと上半身を起こしてみた。
(実際の私の身体は横たわっている)
以外と簡単に起き上がれたのだが、下半身の方が身体とぴったりくっついて、重たくて仕方がない。
それでも抜けようとしたら抜けられたような気はするが、それ以上は無理に抜けようとすることはせず、再び横たわっている自分の身体に重なるように寝た。
それにしても重たかった下半身に比べて、起き上がった上半身はとても軽かった。
肉体をすべて脱ぎ捨てた時には、こんな風に軽くなるのだなぁ。
そんなことを考えながら動かない身体のまま天井を向いていたら、突然「映像」が見え始めた。
何かが動いているように見える。
最初はぼんやりしていたものが、みるみるはっきりとした映像になった。
それはなんとたくさんの「金魚」だった。
南国の海にいるような熱帯魚ではなくて、まさしくそれは日本の金魚。
赤や黒、黄色、オレンジ色の色とりどりの金魚がたくさん泳いでいる。
私は天井近くを泳いでいる金魚たちを寝た状態で下から見ていた。
例えて言うならば、自分が金魚鉢の底に横たわって、泳いでいる金魚を見ている感じ。
縁日の金魚みたいなのやら、尾がひらひらした金魚たちが優雅に泳いでいる姿は本当に綺麗だった。
すると、その金魚たちの中にいる一匹の赤い金魚が気になった。
その赤い金魚の尾っぽに赤い糸が結ばれている。
どこに繋がれているのかは分からなかったが、繋がれていない金魚たちに比べると自由が利かず、可哀想で私は糸を外してあげたいと思った。
そう思いながら泳いでいる金魚たちを眺めていたら、今度は黄色の金魚が曲線を描きながら横たわっている私の横に降りて来た。
それも最初は縁日の金魚くらいの大きさだったのが、降りてくる間に錦鯉くらいの大きさになった。
1メートル近くありそうな丸々と太った大きな鯉。
それはオレンジ色の混ざった薄い黄色をしていて、大きな丸い目をして、まあるい口を開けていた。
すこしの間、鯉と見つめあっていたのだが、突然映像がぼやけ始め、「あ、見えなくなる」と思ったのもつかの間、金魚の姿は消えてしまい、私は薄暗い寝室のベッドに横たわっていた。
もちろん先ほどまで聴こえていたブーンと言う音も聴こえない。
身体の振動も止まっていた。
ちょうどその時、横に寝ていた夫が目を覚ました。
今までの出来事に興奮していた私は「今、天井を金魚が泳いでいてね、それがとっても綺麗だったの!大きな黄色の鯉が私の横に泳いで来てくれて。そうそうブーンという音がして・・・」
ねぼけたまま私の話を聞いていた夫は「いいね。いろんなものが見れて。俺は一回もないわ。ところで今の話は誰にもするなよ」とそう言い、また眠ってしまった。
そうね、こんな話は誰にもできないよね。
それにしても、あの赤い金魚はなぜ尾っぽを赤い糸で結ばれていたのだろう。
私が下半身が重たくて身体を抜け出せなかったことと関係があるのだろうか?
よく分からないが、まあ綺麗だったのでいいか・・・
でもとても綺麗だったから、忘れないようにブログに書いておきましょ。
こんなブログを書いている事を夫は知らない・・・