古伊万里江戸後期物の魅力

古伊万里江戸後期ものを中心としたブログです。
その日の気分で、俳句も作ってみようと思います。

元禄時代の色絵大皿

2010年04月17日 19時40分26秒 | 古伊万里=色絵中皿
なんとなく不順な天気が続いていますよね。

もう、桜も散り掛かっています。
今朝おきたら、庭が真っ白で、びっくりしました。
いまから17~18年くらい前、冷夏で米の値段が高騰した事がありましたよね。
あの時も、前年あたりどこかの火山が爆発したした記憶があります。
今年の夏は、どうなるでしょうか?

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●友人の中で、骨董品が大嫌いという人がいました。

どうして嫌いなのかその友人にたずねると、中古の品物はダレが使ったかわからず気持ち悪いと言いました。
ですから、洋服も車も品物も中古は、使用しないといいます。
なるほど、それも一理あります。

ただ、骨董品のコレクターで、以前の所有者や使用者が判らないので、気持ちが悪いと思う人はいないでしょう。
その違いは、どこにあるのでしょうか?

○逆に、骨董品がどうして好きか?
という質問と回答は背中合わせのような気がしますが如何でしょうか。

けっきょく、物(骨董品)を介入した人と人の絆(きずな)の問題のような気がします。
絆を感じられなければ、ただ使い古した中古品でして、気持ちが悪い気がするかも知れません。
骨董コレクターは、過去の人が使い古したものでも、他人が使い古したとは思えない絆を感じてしまう。
そういう事では、ないでしょうか?

このことは、いかなる骨董品の教科書にも書いてあらず、
私、宮松里のかってな解釈です。(笑)

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これは、いわゆる元禄盛期の伊万里の大皿です。

いまから約300年くらい前に作られたことになります。
完品の大皿で、よく残っていたと思われます。




江戸前期や後期の丈夫に厚手でに作られた伊万里に比べると、かなり薄手で、独特な雰囲気があります。
磁器本体の色も、後期の純白に近い色に比べると、いくらかアイボリーがかるニアホワイトといえます。




私は、盛期伊万里のデザインは特に優れているとは思いませんが、
絵付けもこの時代独特の『艶』のあるもので、時代の感覚の不思議を思います。
中国で言うと、明朝時代の作風に似ておりまして、『粘り気』と『色気』を感じさせ、日本人好みと言えます。
後期の伊万里の作風は、逆に、『サッパリ』とした『硬質』な清朝磁器の作風の影響が強くなります。

いずれの時代の作風も、長所と欠点があり、どの時代が一番優れたデザインとは言いがたいと思います。




皿の裏も色絵で、この時代らしい装飾をしており、『色気』たっぷりと言えます。
おそらく山桜でしょう。




  直径約31cm   元禄時代



色絵龍の図

2010年02月06日 20時28分43秒 | 古伊万里=色絵中皿
ここのところ、ヤフオクを観ていますと、幕末~明治くらいの錦手大皿が、
けっこう人気が出てきて、そこそこの値段で落札されいる感じがします。

その裏には、外国製の伊万里の出品が、やや減ってきたことと、無関係では無いかも知れません。
今でも、あまりデザインがよいものは、要注意ですが、
以前より、かなり減ってきたようです。




これは、幕末よりは、古くて宝暦~天明期の錦手のお皿です。
江戸中期の固有のしなやかで少し色っぽい雰囲気が残っていると思います。




この時代の宝暦期特有の龍が描かれておりまして、時代判定の比較的やさしいデザインです。




龍が追いかけているのは、宝珠と決まっておりますが、玉(ぎょく)っていいですよね。
最近は、伊万里より好きになりました。(笑)
これからは、玉(ぎょく)コレクターに変身しようかな?などと思っています。

もともと白磁や青磁は、玉器を目指して、開発研究の結果ですから、親戚のようなものです。(笑)



直径約24cm   宝暦時代ころ



肥蝶山手の七寸色絵皿

2008年07月12日 15時20分09秒 | 古伊万里=色絵中皿
幕末~明治時代におもに輸出用として、造られたと言われる、いわゆる肥蝶山手です。

一時ほどではありませんが、人気があって、随分とニセモノが流通しておりましたよね。






お侍さんと、長いたもとのご婦人、うらには、刀を持った小姓が控えております。

ご婦人と、お侍さんは、視線を合わせることなく、小姓と同じく左手を見ております。

どこかの料亭で、演芸でも鑑賞しているのでしょうか?





私は、この手の真贋の決め手は、やはり人物の顔に注目しています。

牧歌的とでも言うか、素朴とでも言いましょうか、『 あどけなさ 』がありますよね。








皿うらには、清朝磁器の影響のお馴染みのコウモリ紋があります。
肥蝶山の文字は、見られませんが、時代のしっかりしたものです。





直径約21cm×高さ約3,5cm

     幕末~明治のころ



ブランド志向の男性

2008年05月11日 11時06分36秒 | 古伊万里=色絵中皿
 古陶磁を集め始めて、ときどき面白い現象に出会う事があります。

靴やバックなどのブランド志向が多いのは女性ですが、(無論すべての女性ではありませんが)
こと古陶磁器になると、がぜんブランド志向が強いのは、女性より、男性ではないでしょうか?

中国の有名ブランドの古陶磁に騙されるのは男性と、相場はたいがい決まっています。
唐・元や明朝の評価の高い有名なやきものです。

初期伊万里・李朝・古唐津・六古窯などのやきものの熱烈な支持者も、たいがい男性が多いでしょう。
もちろん女性の方もいますが、かなり数が少ないと思います。

一方、女性の古陶磁コレクターは、たいがい見た目の美しさと、実用から入ってきますから、
いくらブランド物でも、自分の美意識や使用に適さないものには、あまり感心がなく
自分の美意識に、正直にコレクションをしている感じがします。
価格も使用を前提としていますから、おのずと上限があるのでしょうか。
ある意味で、女性のコレクターの方が、使用と美しさと、価格のバランスの均整という意味で、
すぐれたコレクターの方が、平均的に多いのではないか、と言う気もいたします。

ここでフォローしておきますと、男性コレクターの良い点もあります。(笑)
男性の場合は、人によっては、もともと、使用を前提としていない場合も多く、
中には、人生を賭けてコレクションをしてゆく様な人もいますから、
コレクションを、理論体系づけて、組み立ててゆくという作業に、優れた方が多いとも言えます。
その点、女性とはまた、意味が違う、すぐれたコレクターの方たちです。

なんとなく、そんな印象を持ちました。

ただ、私の主観であって、十分に例外の方もいらっしゃいますので、その点ご容赦m(__)m。
もちろん、わたしは、いずれにも属さない中途半端なコレクターであることは、いうまでもありません。(笑)






明治時代のお皿です。
ある意味、産業革命で、価格の下落があったのでしょう。
江戸時代のものよりかなり、絵付けに省略がみられます。
菖蒲・岩牡丹・獅子などが描いてあります。




これは、これで、民芸調で面白いともみる事ができます。
コバルトの色もベニの色も落ち着いています。




直径約、30cm高さ約3cm。



時代霊のなぞ

2008年04月19日 15時09分12秒 | 古伊万里=色絵中皿
古伊万里を中心に集めていますと、ときに骨董に興味のない身内から質問がきます。(笑)

弟 『こういうセトモノばかり集めて、どこが面白いの?』

私 『それは、古伊万里には、江戸時代の時代霊という霊魂が、宿っているんだよ。』

弟 『え!!!時代霊・・・!。あははは・・・、そんなのあるの?』

私 『あるに決まっているよ。大掃除のときに、畳の下から、古新聞が出てくることがあるだろう。
  それに、新車発売のカローラや、セドリックの広告写真を見たことがあるだろうか。
  当時は、最新型に見えたそれらの新車が、いまみるとなんとレトロで、時代遅れに見えることか。』

弟 『それが・・・?』

私 『それこそが、時代霊のシワザだよ。それは、その時代を支配している人知を超えた大きなエネルギーの
  支配下に人間の意識や魂が、支配されている証拠だよ。』

弟 『ふ~む。なるホド・・・』


 でも、この話し、古伊万里の魅力を説明したことになっているのだろうか・・?(汗)(笑)






江戸後期も幕末、天保期くらいの作品と思われます。
直径30センチの尺皿です。




随分と丁寧に絵柄が描かれていて、当時は上手のものだったんではないでしょうか。
いま見ると、これでもか、というくらいあざとい絵付けに見えますが、
よいモノを作りたいという当時の陶工の純粋な気持ちは、素直に伝わってくるような気がします。




後期ものとしては、珍しい皿の裏にツヤのない鉄釉が、びっしりと塗ってある作品です。
清朝の十錦手の影響があるような気がします。

皿うらの銘も変わっています。
ちょっと、中期の伊万里を彷彿とさせるかもしれません。