最近は、時代劇でもあまりことわざと洒落を言わなくなったような気がします。
たとえば・・
『袖摺りあうも他生の縁』とか
『縁は異なもの味なもの』
『情けは人のためならず』
『ヤサ男、カネと力はなかりけり』
などの、仏教関連の喩え話しは、最近は、あまり使わなくなりましたよね。
私は、こどもの頃、この『ヤサ男』を『ヤセ男』だとばかり思っておりましたが、
これは、『ヤサ』とう実在の人物がいたそうです。
このヤサという人は、お釈迦様の高弟子の一人だったそうです。
このヤサは、とてもハンサムで、女性の信者の人気が高く、彼の説法を聴くというより、
彼の顔を観に沢山の女性信者が集まったそうです。
そこで、ヤサは、顔に墨をぬり、説法の席に立ちました。
当時、釈迦教団は、新興宗教のたぐいの貧乏教団。
当然、ヤサをはじめとして、教団にお金などありません。
そういう深い意味があったんですね。(笑)
幕末に作られたものでしょう。
捻り紋の錦手。
鉢の表と裏は同じ文様の打ち抜きになっています。
現在、幕末物の市場評価はやや低いですが、
なかなか見ごたえのある鉢と思いますが、どうでしょうか?
直径約28cmほど。
幕末のころ
階級の人が使ったのでしょうか・・・。
上品な鉢でポチです。
藍柿・藍九谷・初期伊万里を信奉する本流伊万里ファンから見ると、
クズのようなものでしょうか??(笑)
でも、ぼくには作風の違いであって、どの時代の伊万里も同じに見えます。
伊万里を愛しながらなぜ、後期物をさげすむのか?
僕には、一生理解できない問題かもしれません。(笑)
そうなんですよね。
実際、着物のデザインを取り入れていたとう説がります。
幕末には、伊万里がかなり大衆化してきたのでしょう。
はい。ヤサという高弟がいたそうです。
彼は裕福な家庭の息子でしたが、一緒になりたい女性が踊り子だったので、
両親に強く反対され、出家して釈迦の6番目の弟子になったそうです。
幕末物独特の匂いは、ありますが、デザイン的にはなかなかですよね。
たしかにこれだけの書き込みの錦手ですと、当時はお高かったような気がします。
未使用ですから、本来は、大切に三重ね保管されていたのでしょう。
これは、箱なしで、一つだけ売りにでていました。
初めて知りました。
この作品は、模様も色も、とっても綺麗で素敵ですねぇ。
良い仕事してる作品に傑作(。・ω・)σ"凸ポチ~ン・*:..。o○☆*
そうなんですよね、ほとんどの人がヤサの語源を知らないんです。
当時のお金持ちの息子らしいですが、踊り子との結婚を反対され・・
出家して釈迦弟子になったそうです。
いまも、昔も親の気持ちは、同じですね。。(笑)
それから外れると、如何にも“異端”的な扱いになりますよねえ。。。
でもね
老松の古株なんかは、進んで『端児足りえん!! 』ってする気風もありますわ。
そんな人らが、新しい美や新しい骨董のオモロ味を発見するんやと思いますわ。
日本人は、基本的に農耕民族なんですよね。
人が種を蒔くときに種をまき、
田植えをするときに、田植えをすば間違えありません。
他人が稲刈りをする時に、稲刈りをしなかったら、台風が来てしまいます。
先人や他人と同じことをやってさえいれば、間違えないわけです。(笑)
そういう考え方は、民族の無意識の気質として、蓄積されています。
大阪は、昔から開けていて、商人の町です。
農耕民族の気質だけでは、我慢できないのでしょう。。(笑)
西日本の人たちは、基本的にそういう新取の気性って、ありますよね。
こんど調べてみよw
城から一緒だった5人の部下をのぞくと、最初に帰依した・・
一番弟子なのにね。。