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村上春樹さんの小説から
いい小説は、部分的な抜き書きだけでも、どこか緊張感が漂い面白く読める、と私は改めて思いました。
76ページ
「ほう、駆け込み寺ですか」と牛河は言って、老人にセブンスターを一本勧めた。老人は煙草を受け取り、牛河のライターで火をつけてもらい、いかにもうまそうに吸った。セブンスターもそれくらいうまそうに吸われると本望だろうと牛河は思った。
136~137ページ
「牛河さん」と相手は言った。そして何度か咳き込んだ。「申し訳ないんですが、煙草を消していただけませんか?」
「煙草?」、牛河は自分の指にはさまれたセブンスターを見た。その煙は静かに天井に向けて立ち上っていた。「ああ、たしかに煙草は吸っているけれど、でもこれは電話だよ。どうしてそんなことがわかるのかな」
「もちろん匂いはここまではきません。でもそういう息づかいを電話口で耳にしているだけで、呼吸が苦しくなるのです。極端なアレルギー体質なものですから」
「なるほど。そこまで気がつかなかった。申し訳なかった」
相手は幾度か咳払いをした。「いや、牛河さんのせいじゃありません。気がつかないのは当然です」
牛河は煙草を灰皿に押し付けて消し、その上から飲みかけていたお茶をかけた。席を立って窓を大きく開けまでした。「煙草はしっかり消したし、窓を開けて部屋の空気も入れ替えたよ。まぁ外の空気も大して清浄とはいえないけどね」
「申し訳ありません」
147ページ
青豆雅美は川奈天吾と同じ私立小学校に通っていた。生年月日からすると、学年もたぶん同じた。クラスが同じだったかどうか、調べてなくてはわからない。しかし二人が知り合いだった可能性は大いにある。牛河はセブンスターを口にくわえ、ライターで火をつけた。