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抜き書き帳『永井荷風』(その7)

2016年03月18日 | 小説・映画等に出てくる「たばこ」
『日和下駄』(大正4年4月)①

【183ページ】
市中の散歩は子供の時からすきであった。十三四の頃私の家(うち)は一時小石川から麹町永田町の官舎へ引移った事があった。もちろん電車のない時分である。私は神田錦町の私立英語学校へ通っていたので、半蔵御門に這入って吹上御苑の裏手なる老松鬱々たる代官町の通をばやがて片側に二の丸三の丸の高い石垣と深い堀とを望みながら竹橋を渡って平川口の後城門を向うに昔の御搗屋(おつきや)今の文部省に沿うて一ッ橋へ出る。この道程もさほど遠いとも思わず初めの中(うち)は物珍しいものでかえって楽しかった。

【188ページ】
その日その日を送るになりたけ世間へ顔を出さず金を使わず相手を要せず自分一人で勝手に呑気にくらす方法をと色々考案した結果の一ッが市中のぶらぶら歩きとなったのである。

【192ページ】
家(うち)にいて女房のヒステリイ面(づら)に浮世をはかなみ、あるいは新聞雑誌の訪問記者に襲われてせっかく掃除した火鉢を敷島の吸い殻だらけにされるより、暇があったら歩くにしくはない。歩け歩けと思って、私はてくてくぶらぶらのそのそといろいろに歩き廻るのである。

[ken]半蔵門から一ツ橋コースは、以前、断続的にではありますが私も歩きました。赤坂のTBS前から永田町、桜田門から皇居を通り抜けて東京駅までが前半とすれば、別の日に東京駅から竹橋、一ツ橋、水道橋、小石川を経由して巣鴨駅まで歩いたことがあります。今年も桜の季節が来たら、再訪してみようと思っています。
永井荷風さんは散歩の習慣について、小さい頃から身に着けたことであり、大人になってからも女房や訪問記者を避け、せっせと歩きまわる効用を説いています。「世間へ顔を出さず金を使わず相手を要せず自分一人で勝手に呑気にくらす方法」というのは、なるほど暇を惜しんでは歩く習慣を自然と身に着けてきた私にも、心当たりのあることでした。
本節に出てくる「敷島」とは、当時の口付たばこのことで、「敷島の大和ごころを人問わば朝日ににおう山桜花」という本居宣長の和歌から名付けられたシリーズの一つでした。ほかに、同じ口付きたばこでは「朝日」が最もよく売れ、私が覚えている時代まで長く残っていました。
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