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私は一番一茶が好きだ、肌に合っている。
一茶を語るのに、芭蕉・一茶・子規が登場。もう少し詳しく言えば[江戸時代前半]貞門・談林・芭蕉・蕪村[江戸時代後半]一茶・蒼虬・鳳朗・梅室[明治以降]子規・虚子と多くの俳人との比較をしながら深く一茶を掘り下げてくれる。
時として一茶の句は一読すれば立ちどころにわかりすぎると。芭蕉の句は古典を踏まえているために古典を知っていないといけない。大衆化の時代を生きた一茶の句にはこれがない。
のびやかさ、わかりやすさ、日常語の深み、これが見事に調和している一茶の句。しばしば一茶の句は子ども向けだと侮られてきた。
・瘦蛙まけるな一茶是に有・我と来て遊べや親のない雀・雀の子そこのけそこのけ御馬が通る・猫の子や秤にかかりつつ戯れる・猫の子のちょいと押へる木の葉かな・おんひらひら蝶も金ぴら参哉
・初雪や古郷見ゆる壁の穴・小便の身ぶるひ笑へきりぎりす
何とユーモアに満ちた、現代に通じる俳句なのか。
私は一番一茶が好きだ、肌に合っている。
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