今日の「その時歴史が動いた」は、戦国最強の軍師と呼ばれた黒田如水(官兵衛)でした。
その才能を秀吉に認められ、権謀術数を尽くして秀吉の天下取りの陰の功労者となった人です。
しかし天下統一後はその才能を恐れた秀吉に遠ざけられるようになってしまい、
領地もほとんどもらえませんでした。
そして関ヶ原の合戦の隙をついて、今度は自分が天下統一をしようとしたんですね。
なんとも壮大な策です。
これがうまくいっていたら黒田幕府になっていたんでしょうかねぇ。
その後はのんびりと隠居生活を送ったそうですが、よく家康に誅殺されなかったものですね。
普通なら絶対に無事では済まないはずですが…さすがは黒田如水という感じです。
これに似た話は特に中国の歴史でもよく出てきます。
真っ先に思い浮かぶのは漢を創始した劉邦の将軍だった韓信です。
天才的な軍略で項羽を打ち破り、文句なしに劉邦の天下取りの第一人者となったわけですが…
後には劉邦に疎まれるようになり、結局は反乱を起こさざるを得なくなってしまいます。
そして反乱は失敗に終わり、無残にも処刑されてしまうわけです。
タイトルに書いた「狡兎死して良狗烹らる」とは、
兎を獲り尽くしてしまったら猟犬は煮て食べられてしまう、みたいな意味です。
才能あるものも用が済んでしまえば殺されるということです。ひどすぎる…
天下を取ってしまうと、周りの人間が誰も信じられなくなるといいます。
特に天下取りに貢献した人に対しては、その才能を知っているだけに
いつ自分が寝首をかかれるかという猜疑心でいっぱいになっていしまうんだそうです。
確かに歴史を見ると、天下を統一してからおかしくなってしまう人がすごく多いんですよね。
そういう意味では家康は本当にすごいと思います。
天下を統一するまでもさることながら、統一後の統治がおそろしいくらい周到で、完璧なのです。
自分の代だけではなく、ずーっと先のことまで見通して計画していたんでしょうね。
江戸時代は大きな戦乱も無く、260年も続いたわけですからね。
文句なしに、日本の歴史上最強の人物なのではないでしょうか。
(何をもって最強と言うかはよくわかりませんが)
いつの間にか家康の話になってしまいました…本当は違う結末を考えていたんですが。。。
それはまた別の機会に書くことにします。
それでは。