読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

アレン・エスケンズの『あの夏が教えてくれた』

2025年01月17日 | 読書

◇『あの夏が教えてくれた』(原題:Nothing More Dangerous)

著者:アレン・エスケンズ(Allen Eskens)

訳者:務台 夏子  2024.3 東京創元社 刊 (創元推理文庫)

   

  アメリカの15歳の少年の青春本(ミステリー)である。先に『償いの雪が降る』を読んで
冤罪の死刑囚を扱った しっとりとした作品でいたく感銘を受けたが、本作も偏見と 人種差別
問題を中心に据えながらミステリ―色を加えふくらみを持たせた作品(2019)である。ちなみ
に『償いの雪が降る』に登場する「冤証明機関 」の元弁護士、ロースクールの教授ボ-ディ・
サンデンは本作の主人公の成人後の姿、つまり彼の少年時代の話が本作である。

 主人公のボーディー・サンデンはミズリー州のジェサップという田舎町で生まれ育った高1
の10年生。5歳の時父を亡くし母と二人暮らしである。近くに越してきたトーマスという同い
歳の少年と友人になった。しかしト-マスが黒人であることからジャーヴィスという年長組の
グループ(ビーフとボブ)から強烈でしつこいいじめに遭う。

 ボーディーは退屈な田舎町から逃げ出したくて隣家のホークのつてで建売住宅の壁の磨き仕
上げのアルバイトをしながら脱出資金を貯めている。退屈な独り仕事もトーマスをこのアルバ
イトに抱き込んでから楽しい仕事になった。

 夏休みに入り、トーマスとボーディーはキャンプ旅行に出かけた。幽霊が出るという噂があ
る教会の廃墟で埋められた女性の死体を発見する。それは数週間前に失踪が告げられていたラ
イダ・ボーという女性と思われた。犯人はジャーヴィスの叔父マイロではないか。
 なぜか保安官はボーディらも発見をぞんざいにあしらう。そしてマイロ等はトーマスの家の
焼き討ちをはかり、ボーディーの母は彼らの投石により頭に大怪我を負う。
  
 母の入院中ボーディーはホークの家に泊まる。幼い頃から父のように慕って来た隣家のホーク。
彼は車の事故で妻と娘を亡くしたが、妻の妹マリアムにまるで殺人者のように憎まれ狙われた過
去がある。一体何があったのか。その夜ボーディ―はホークの秘密のノートを発見する。 
  そこでノートを盗み読みしたボーディ―は ホークの真の姿を知ることが出来た。

  そして第44・45章のアクション場面で事は急展開する。その内容はここで明らかにしない方が
良い。

 この作品はアメリカ南部の抜き難い人種的偏見と差別が遠因にある事件を軸にしながら一人
の少年の成長を綴った心温まる作品であるが、エスケンスらしい語り口で深みを齎している。
 いずれにしてもホークがボーディーに偏見がなくならないことのむつかしさを伝えた次の言
葉はアメリカの国家分断の深淵を示しているようだ。「人間は本人が変わりたいと思えば変わ
ることができる。しかし悲しいかな人間は生まれつき偏見をもつように出来てるんだ。それは
祖先から受け継がれてきたものなんだよ」

 ちなみに原題の『Nothing More Dangerous』は公民権運動で尽力したキング牧師の言葉「こ
の世に真の無知ほど危険なものはない」からとられているという。

                            (以上この項終わり)

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アレン・エスケンズ『償いの雪が降る』

2025年01月11日 | 読書


◇『償いの雪が降る』(原題:The Life We Bury)


     著者:アレン・エスケンズ(Allen Eskens)
     訳者:務台 夏子      2018.12 東京創元社 刊(創元推理文庫)


 内容的には一種のミステリーものだはあるが、物語主人公の青年の家族を巡るナイー
ブな感情の流れが底流にあって、心和む
作品となっている。とにかく描写が丁寧である。
 僕(ジョー)はアメリカ、イネソタ大学の学生。家族はアル中の母と、自閉症の弟。
家を飛び出して部屋を借りある酒場でアルバイトをしている。 

 ジョーが思ってもみなかった大事件に遭遇したのは大学の課題「身近の年長者の伝記
を書く」ことで、ある介護施設を訪問しカール・アルヴァソンに出会ったことに端を発
する。カールは30年前少女を陵虐し焼き殺した殺人犯として受刑中に重篤な癌に侵さ
れ、目下この介護施設に収容されていた。有罪判決を受ける経緯を初めヴェトナム戦争
での従軍記憶などを聞いていくうちにカールの殺人容疑に疑問を抱き始める。

 ジョーはハンサムでもないが弟思いの心優しい青年である。彼は少年時代に一緒に釣
りに出掛けた際、濁流に
飲み込まれた祖父を自分の判断ミスで助けられなかったという
深い悔悟の念にとらわれていた。この川での遭難場面は叙述に迫力がある。
 一方カールはヴェトナム戦争で上司軍曹が少女を陵虐し殺害する現場を目撃し、軍曹
を撃ち殺したものの少女の命を救えなかったことを今も深く悔んでいた。深い悔恨の記
憶を共有する二人は互いに強い信頼関係で結ばれた。

 ジョーは命あるうちにカールの無罪を立証しようと事件の詳細を再吟味し、裁判記録
を追って証拠と証言を洗い始める。この作業には大学同期で隣室のライラが協力した。
また被害者少女の日記にある暗号をライラとジョーの弟ジェレミーが解読し、事件解決
の大きな力になった。

 結局警察を初め「冤罪証明
機関」などの協力もあって、ジョーとアイラはカールの
存命中に真犯人を暴き出すことが出来たの
であるが、最終局面はライラとジョーの命
を懸けたスリリングな場面があって、これは大いなる見せ場である。
                          (以上この項終わり)

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ジェフリー・ディーヴァーの『煽動者』

2025年01月05日 | 読書

◇『煽動者』(原題:Soltude Creek)

 ・著者 ジェフリー・ディーヴァー(Jeffry Dever)
 ・訳者:池田真紀子   2016.10 文芸春秋社 刊

   
   
 ジェフリー・ディーヴァーのキャサリン・ダンスシリーズ第四弾。 
物語の舞台はアメリカ西部カリフォルニアの中央部の海岸に面したモンテレー。主役のキャサリン
・ダンスはカリフォルニア州捜査局刑事部麻薬組織合同捜査班に属している。バツイチでウェスと
いう息子とマギーという娘がいる。
 彼女は「人間ウソ発見器」の異名をとるほど尋問に長け、ボディランゲージを読む「キネシスク」
という審尋技術のエキスパートである。
 今回のダンスの活躍はキネクシスのテクを超えた活躍で名を挙げた。

 ダンスは麻薬組織殺人事件の容疑者セラーノの尋問にあたっていたが、セラーノに関与はないと
判断し釈放した。直後に他部門の捜査陣から殺人の証拠が挙げられ大失態となった。このため停職
は免れたものの民事部に飛ばされた。

 ところが民事部での初仕事で捜査に当ったナイトクラブでの火災による2人の圧死事件に不審を
抱く。圧死は意図的な煙発生と一つしかない出口封鎖状態による圧死と判断された。
 引き続いて3件の類似事件が起こった。一つ目は海に面したアンティオック・ベイビューセン
タ-のイベント会場における観客墜落死事件(死者4名)。二つ目はテーマパークで起きたスマ
ホ、電話を使ったテロルデマ拡散事件(死者は出なかった)、三つ目はモンテレー病院のエレベ
ーター火災・閉じ込め事件(これも死者なし)。
 これらは集団パニック状況を利用した殺人事件と見られた。
 一連の誘導殺人の犯人はダンスの働きで捕まった。サイコパスのアンティオック・マーチはダ
ンスに殺人請負をあらいざらい白状する。

 マーチは識り合ったゴロテクス画像愛好者クリスと「グロ画像」に興味を抱く顧客の求めに応
じて残虐な殺しを行い、生々しい死体シーンを撮影し高額で売っていた。閉じられた場所での集
団を煽りパニックを起こしたあげく圧死を招くのはマーチのお得意の手法だった。 

 いつもながら作者J・Dの状況及び心裡描写は常に丁寧緻密であり、飛び交う会話も気が利いて
洒脱である。
 またダンスの個人的なエピソードも適時挿入され彩を添える。彼女の現在の恋人ジョンとの愛
と焼けぼっ杭に火がついた状態での元夫マイケルへの愛との葛藤。息子が友達と起こした強盗未
遂事件や警官ごっこの始末などであるが、極め付きのくだりは終章に至り、ダンスの人生の行方
を決めるジョとマイケル2人の男の告白が何と運命的なものであったか、実に感動的である。

 最終段でのどんでん返しがまた見事である。実は最初にダンスがミスを犯したセラーノ捕り逃
しは、実は捜査陣に潜んでいるらしい犯罪組織のねずみ(スパイ)あぶり出し作戦としてダンス
が描いた壮大なシナリオのスタートシーンだった。
 何にしろお得意のどんでん返し(あるいは背負い投げ)の手腕が見事である。
                               (以上この項終わり)

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2024年の暮れを迎えて

2024年12月31日 | その他

激動の年を予感させることども
   本年も日頃本ブログページをご覧いただきありがとうございました。今年は能登地震による甚大
な被害を初め、ウクライナ、パレスチナ自治区での戦争の激化など悲惨な出来事が続きました。
 今年は私事おいても年央に思わぬ出来事があって生活のリズムが大いに乱れました。本ブログの
更新もままならぬ事態となり大いに慌てました。幸いなことにことは大事に至らずこれまでの生活
リズムを取り戻しつつあり、やれやれと安堵しております。
 さて大きく世界に目を巡らせば、来年も不確実性の高まる年ではないかと懸念しております。一
つは大国アメリカの新大統領が唱える対移民政策は国民分断の端的な表れであり、今やイギリス、
ドイツ、フランスなど欧州各国においても移民を巡って国内で分断化現象が起き政権を揺るがす極
右勢力が勢力を増しているなど不安定あ進んでいます。地球をめぐる自然現象が明らかに温暖化を
示しているにもかかわらず、これまたアメリカの新大統領の科学的根拠薄弱な主張のせいで折角合
意を見た地球温暖化抑止への世界的枠組みも足踏みを続けている。こうした世界で必要とされる寛
容と協調が失われることが大いなる懸念要因であります。
 ひるがえって国 内に目を転ずれば少数与党の政局運営は次の参院選挙で更なる混迷が予想され、
一方野党側も政策提案能力が試される局面が増え、政権担当能力を探る国民の目にられされるでし
ょう。少子化対策、経済対策、財政健全化対策、老朽化したインフラ更新対策、弱体化した国民知
力、国際的挑戦力向上対策等々どれから手を付けたらいいのか分からないほど課題が山積しており、
政権が安定しない限り右往左往する局面頻出は避けられでしょう。

 で、来年は世の中押しなべて混迷の年と覚悟する次第であります。新しい年に託す夢の種も少な
ものの、「正月 は冥土の旅の一里塚」の一休禅師の心境で新年を迎えましょう。

アメリカのトランプ2についてアメリカの分断の行方については本ブログをご参照ください。  

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石原慎太郎の『「私」と言う男の生涯』

2024年12月08日 | 読書

 これは石原慎太郎という海洋スポーツマンであり、物書きであり、政治家であった一人
の男の自叙伝(または 回想録)である。

 多才にして毀誉褒貶定まらない稀代の道楽者。そんな男石原慎太郎は自分という男の生
涯がどんなものであったか、どんなことがあってその時何を思ったか思ったか。どんな人
たちと巡り合ってどんな影響を受けたか。時代の出来事で自分がどんな役割を果たしたか。
また自ら吐露しているように女癖が悪く、妻に支えながらも繰り返した女たちと不倫の一
部始終についても赤裸々に語っている。
 弟の裕次郎とのあれこれ、文筆家としての活動、ヨットレース、クルージング、スキュ
ーバダイビングなど海への傾倒、国会議員や都知事としての政治活動など多岐にわたる
人生の諸活動を将来の自伝執筆のために早くから書き溜めていという。

 彼の人生は、大胆に括れば海と女と政治そして文筆世界であろう。

 彼が度々述懐しように いかに数多くの僥倖に恵まれていたか、そしていかに数多くの出
会いに恵まれていたかを知ると稀有の人生と言ってよいのではなかろうか。いずれにして
もその彼が、徐々に老いていく身と彼岸の世界へのそこはかとない不安の心境を赤裸々に
語っているのが痛々しい。
                                                                                                          (以上この項終わり)

 

 

 

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