◇『ビリー・サマーズ(下)』(原題:BILY SUMMERS)
著者:スチーヴン・キング(STEPHEN KING)
訳者:白石 朗 2024.4 文芸春秋社 刊
<承前>
ビリーは警察のお尋ね者になっているばかりかニックの組織の外4つ
の独立系の連中に追われていることを知る。何しろビリーの首には600
万ドルの賞金がかかっているという。
ビリーとアリスは連れ立って隠れ家を抜け出す。ビリーは報酬の残金
はともかく自分を虚仮にしたニックを懲らしめてやる考えである。
ビリーの友人でこの請負仕事の紹介者でもあるバッキーの隠れ家を訪
ねる。5日間ニック襲撃の準備を整えたビリーとアリスはニックの住む
ラスベガスを目指す。
アリスの身体の傷も心の疵もかなり癒えた。ロッキー山脈を越える車
の旅を続けビリーの生い立ちなど話しているうちに、アリスの顔立ちも
人となりもすっかり気に入ってしまったビリーは、アリスをこのような
世界に巻き込むわけにはいかないとホテルに残し単身ニックの館に乗り
込む。
約束の金を払わないどころかビリーの首を狙うニックを追求すると、
意外や真の依頼人はメディア界の帝王ロジャー・クラークであること
がわかった。結局ニックは殺さなかった。
クラークの長男と次男が跡目相続争いをし、長男が父親のスキャン
ダラス(少女性愛愛好者)な画像を材料に自己の跡目相続を強要した
ので、クラークは殺し屋アレンに長男を殺させた。ところがアレンが
問題の画像を手に入れてクラークを脅迫してきた。そこでニックにア
レンを殺す狙撃者を探させたところビリーに白羽の矢がたった。その
際ビリーは狙撃後直ちに抹殺させる手筈になっていたというのだ。ま
さに衝撃の筋書きである。クラークはこれまでの依頼人では最高の悪
人である。
ビリーとアリスはロングアイランドを目指しクラーク抹殺の旅に出
る。ロジャーが15歳位の少女性愛愛好者であることを知り、アリスを
候補者に仕立てビリーは女衒役に化け邸に入り込もうとする。いまや
ビリーとアレンはタグを組んだクラーク狙撃チームである。
クラークの邸では女性守衛のマージを躱しまんまと邸に入り込んだ
が護衛役のピータースンに疑われこれを倒した。アリスが突如クラー
クに発砲し傷を負わせたのでビリーが頭を撃って止めを刺した。
ところがマージが再び登場、ビリーは腹部を撃たれながらもクラー
ク邸から逃れる。
アリスの介抱を受けながら一旦ホテルに落ち着き、アリスに別れの
手紙を書く。親愛なるアリスへ…。人を殺した時、精神と魂双方に残
る疵は避けられない。これ以上君に悪影響を耐えたくない。バッキー
の処に行け。.アリスへの愛の言葉ー俺は心の底から君を愛するように
なったーも添えて。
そして百ドルで乗せてくれる大型トラックを求めて独り去っていく。
ところが実はビリーはマージから2発の弾を喰らっていて1発は内
臓に止まって瀕死の重傷だった。ビリーはバッキーの家に着く前に死
んだ。バッキーとアリスの二人はかつてビリーが著作を執筆した小屋
の近くに墓を作りねんごろに葬った。
ビリーが残りの人生に向かって、またある種の贖罪の機会へ向かっ
て去っていくというストーリーはアリスが書き継いだビリーの小説の
最終段だったというのである。
アリスはビリーと同じように書くことの素晴らしさに目覚めた。gう
アリスはビリーの墓にエミール・ゾラの『テレーズ・ラカン』を供
える。
解説者はこの小説は「クライム・スリラー」ではないかという。単
なる犯罪者の最後の仕事に終わらせず狙撃者にして小説世界に目覚め
るビリー、さらにはアリスという女性を助ける羽目になって、共に謎
の依頼人を突き止め二人でこれを懲らしめる。また悪人同士の百鬼夜
行ぶりも見せるなどスリリングでドラマチックな展開がみごとである。
またビリーの人物造形が見事である。真の悪人しか殺さない、女性に
は銃を向けたくない、小説家という仮の姿で隣人らとすぐになじみ、
とりわけ子供らと仲良くなりあそぶ。請負仕事の後自分がすぐ姿を消
すことで子供らが何と思うだろうと気遣う優しい心根はまさに善人の
ものである。
(以上この項終わり)