◇『ベルリンは晴れているか』
著者:深緑 野分 2018.9 筑摩書房 刊
物語の本流は第二次世界大戦直後の、まだヒットラーが自決してまもないベルリンが舞台の、混迷の時代を生きたアウグスティ・ニッケルという若い女性の物語であるが、途中幕間と称して主人公の幼少期の家族、ドイツ第三帝国誕生の経緯など社会環境の話が入り、最終章でこれが見事につながるという構成の妙がある。
人物造形が見事であるが丁寧な情景描写も実体験があるかのようにすばらしい。英国軍機による爆撃で焼き尽くされたベルリンの惨禍。戦後混乱期のヤミ市のシーンなど、日本の同時期の闇市と見まがうほどリアリティがある。
本書末尾の謝辞において参考文献参照はもちろん、ベルリンにまつわる資料と逸話、ドイツの雰囲気や社会、軍事、などについて多くの識者など助けを受けた人々に感謝をささげているが、そうした助けがあったにしても戦争直後の異国の地とそこで生きた人々の生々しい姿を小説としてまとめ上げた力量は只者ではないと感動した。
小説の粗筋と言えば、主人公アウグステの隣人であったユダヤ人家族らの逃避生活を手助けしてくれた音楽家クリストフが毒殺された。アウグステが小さいころに遭ったきりのフレデリカの甥エーリヒにクリストフの死を伝えるべく西ベルリンにある映画の殿堂であった地に出掛ける冒険譚である。ドブリギンというロシアのNKVD(内務人民委員部)大尉が何故か陰に陽に関わってきて疑念がわくが、最後の劇的シーンの肝でもある。
アウグステの父はドイツ共産党の熱心な党員だったが、ドイツと不可侵条約を結びながら突然ドイツに攻め入って来たスターリンの裏切りを怒りレーニンの肖像画と赤旗を焼く。しかし最後はナチスの共産党狩りで処刑され、母のアンナも自殺した。アウグステは反ナチの地下組織の助けで生き延びることができたのだった。ユダヤ人とその人たちを庇った人たちに対するナチスの迫害の様子が冷徹に語られるのがかえって痛ましい。
NKVDのドブリギン大尉は、アウグステと途中で人探し行の相棒となった元俳優で泥棒のカフ
カをドイツのテロ組織「人狼」の一員と決めつけ、深い森の奥まで追い詰めるが、カフカの親友ダニーの機転で二人は死地を脱する。
ここポツダムで日独の処遇を決める米英露の巨頭会談が明日行われるという日だった。
最終章である幕間Ⅴ。ここでアウグステの衝撃の告白がなされ、音楽家毒殺事件の真相が明らかになる。
小さいころから心の支えだった英訳本『エミールと探偵たち』が戻ってきた。命がけでアウグステを守ってくれた地下組織の人たちの助けによるものだった。
(以上この項終わり)