勘三郎さんが亡くなって、WOWOWで追悼番組があったとき、これは録っておきたいと思って録画しました。最初は「保存」のつもりでいたけど、録画容量が足りなかったらしく、最後の部分が切れてしまい、だから見たら消そうと思ってました。が、3時間以上ある番組だったので、全然見る時間がなく、時間が経ちました。
我が家のハードディスクが満杯になって(長男のアニメのせい)、GWには絶対に古いのを見て消して、容量を作って保存したいものをBDに録画、とずうっと思っていたので、夕食時間やその後の家事時間にむりくり見て少しずつ消してましたが、とにかくこの勘三郎さんの3時間は難しいと思って後回しにしていました。
それでも見ないわけにはいかないと、分割してみればいいやと思って一昨日やっとスタートボタンを押しました。出し物は平成中村座の「隅田川続俤 法界坊」です。
私は地方にいるから歌舞伎は全然見に行けないし、芝居も仙台に来るのを時々見に行く程度ですが、これは圧巻でした。釘付けになりました。その場で見たら、本当にすごかったでしょうね。もはや勘三郎さんを生で見ることはかないませんが、これからはわざわざ東京に行ってでも、見に行きたいと思いました。これを見ないでいたことはとても残念なことでした。
さて、普段TVを見る時間はまったくない私ですが、芝居や映画、よいものがたくさん放映されているので、なんとかそういう時間も作っていかなきゃならないなとつくづく思いました。「ならない」というとちょっと違うような気がされるでしょうが、今の生活を改める必要はずうっと感じていて、そろそろそのことに本気にならないといけない年になったよな、と昨日は思いました。
この追悼番組、見終わったらやはりディスクに落としたい気がしましたが、再度みる時間はやはりなかろう、と思って消しました。まあ見たいと思ったらまたどこかで見れるはずです。今は便利な世の中だから。でも消す前に、もう一度最後の場面を再生して、桜吹雪を目に収めて、勘三郎さんの見えを切る姿を焼き付けて、そしてえいやっと消去ボタンを押しました。
ありていな言葉ですが、芸術は心を豊かにしてくれます。生活の日常に、いつも一緒にありたいものです。だから、毎日の生活の中で、そういうことに使える時間をなくさないようにしなきゃなと思います。
我が家のハードディスクが満杯になって(長男のアニメのせい)、GWには絶対に古いのを見て消して、容量を作って保存したいものをBDに録画、とずうっと思っていたので、夕食時間やその後の家事時間にむりくり見て少しずつ消してましたが、とにかくこの勘三郎さんの3時間は難しいと思って後回しにしていました。
それでも見ないわけにはいかないと、分割してみればいいやと思って一昨日やっとスタートボタンを押しました。出し物は平成中村座の「隅田川続俤 法界坊」です。
私は地方にいるから歌舞伎は全然見に行けないし、芝居も仙台に来るのを時々見に行く程度ですが、これは圧巻でした。釘付けになりました。その場で見たら、本当にすごかったでしょうね。もはや勘三郎さんを生で見ることはかないませんが、これからはわざわざ東京に行ってでも、見に行きたいと思いました。これを見ないでいたことはとても残念なことでした。
さて、普段TVを見る時間はまったくない私ですが、芝居や映画、よいものがたくさん放映されているので、なんとかそういう時間も作っていかなきゃならないなとつくづく思いました。「ならない」というとちょっと違うような気がされるでしょうが、今の生活を改める必要はずうっと感じていて、そろそろそのことに本気にならないといけない年になったよな、と昨日は思いました。
この追悼番組、見終わったらやはりディスクに落としたい気がしましたが、再度みる時間はやはりなかろう、と思って消しました。まあ見たいと思ったらまたどこかで見れるはずです。今は便利な世の中だから。でも消す前に、もう一度最後の場面を再生して、桜吹雪を目に収めて、勘三郎さんの見えを切る姿を焼き付けて、そしてえいやっと消去ボタンを押しました。
ありていな言葉ですが、芸術は心を豊かにしてくれます。生活の日常に、いつも一緒にありたいものです。だから、毎日の生活の中で、そういうことに使える時間をなくさないようにしなきゃなと思います。