(荘川桜、「荘川」より引用)
目黒川ぞいの桜が満開のとき「あぁ、美しい」と私が感じたのは小学校2年生のことだった。どうも私は、小学校2年生で「動物界」から「人間界」に移ったようだ。
と言うのは、花を美しいと感じるのは本能ではないと思うからだ。「正義の味方」をカッコいいと感じ、当時テレビでやっていた「月光仮面」に夢中になったのも小学校2年生だった。
花とか正義を美しいと感じるのは、広い意味での教育によるものだろう。それによって「人間界」では互いに共通の認識ができる。
花はよく見ると、うぶ毛が生えていたり粉のようなものを出したり、なまなましくて決して美しいばかりではないはずだ。
俳句の季語は共通認識の際たるもので、いまごろならアジサイが季語である。
※私の俳句(夏)
紫陽花や西の雨雲切れてをり