院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

フカヒレ

2007-02-12 09:35:32 | Weblog
 連休なので、たまには贅沢をしようと思った。中華料理屋でフカヒレを食べた。そこで思った。

 一口にフカヒレというが、鮫の種類はなんなのだろうか?

 鮫ならどんな鮫でも良いのだろうか?鮫の種類によって味が違うのではなかろうか?

 それにしても、おいしかった。タレが抜群だった。下手な料理屋ではこうした味付けはできないだろう。

 フカヒレは定評のある店で食べるべきである。一皿5000円だった。

アサクサノリを食べた

2007-02-11 08:25:29 | Weblog
 昨日、40年ぶりにアサクサノリを食べた。

 昔は、日本中全部アサクサノリだったが、1960年代から、腰の強い別の品種に席巻されて、アサクサノリという品種は絶滅した。

 以来、私はアサクサノリの、蕎麦つゆに浮かべれば箸で切れるような食感を求め続けていた。

 昨年の冬、TVでアサクサノリをまだ栽培している漁師がわが国に3件ほどあることを知った。104で調べて本人に当たった。うち鹿児島の栽培家だけに連絡が取れた。

 ほしいと申し込んだが、今年の分は全部売れてしまって、次の出荷は11月になるということだった。

 なじみの寿司屋に頼んで、鹿児島の栽培家に連絡をとってもらった。待つこと1年。ついにその寿司屋にアサクサノリが入荷した。値段は普通の海苔の10倍。

 昨日、その海苔で作った寿司を食べたのだ。40年ぶりの再会だった。今のビニールのように硬い海苔ではない。歯ですっと噛み切れて、口の中で溶ける。

 ああ、至福の味。昔の味。私は心行くまでアサクサノリを堪能した。これは銀座・久兵衛(有名な寿司屋)でも食べられませんぞ。

クライム・ダウン

2007-02-10 14:46:05 | Weblog
 英語の話題をもうひとつ。

 私は中学生のころ、クライムはよじ登るという意味だと思っていた。そうしたら、登るばかりでなく、降りるときにもクライムを使うと授業で習って驚いた。

 クライム・ダウンというのだそうだ。これを「よじ降りる」と教師は訳していた。

 クライムは登るだけでなく、木や崖に張り付くというイメージなのである。

 ウェアもそうだ。単に着るという意味だけではない。脱ぐときにもウェアを使用する。ウェアは着る脱ぐにかかわらず、服に関する動作を表す言葉のようである。

 面白い考え方だと思った。

ネイティブ・イングリッシュ

2007-02-09 13:19:24 | Weblog
 アメリカ人が「デチュライ」とか「モンレアル」と言っているのを聞いて、意味が分かる日本人はどれだけいるだろうか?むろん、私も分からない。

 「デチュライ」はデトロイトのことで、「モンレアル」はモントリオールのことである。ネイティブが発音すると、こうなるのだそうだ。

 私は英語の成績が悪いほうではなかった。しかし、ヒアリングやスピーチのトレーニングはまったく受けていないので、未だにどちらもできない。読み書きはできるが。

 最近はセンター試験でヒアリングのテストがあるので、今の中高生は必死に練習していることだろう。だから、日本の若者のヒアリングの将来は心配ない。

 英語の授業を小学校まで下げるのには反対である。国語がダメだと、けっきょく外国語もダメである。小学校では国語にもっと力を入れるべきである。

スペースシャトル

2007-02-08 13:42:25 | Weblog
 アメリカの宇宙飛行士でノーマンという女性が、異性関係の犯罪で警察に捕まった。

 アメリカの宇宙飛行士は、わが国の毛利衛さんや向井千秋さんのような人格者ばかりではないらしい。

 わが国は宇宙飛行士に人格者ばかりを選んでいる。そして、彼らが飛行すると日本中が喜ぶ。私はそれをとても奇異なことのように感じる。

 スペースシャトルはアメリカの物である。日本人がそれに乗ったからといって、どこがめでたいのだろう。

 隣りの家の高級外車に乗せてもらって、喜んでいるのと同じである。喜ぶなら自前のスペースシャトルでなくては駄目である。

法曹はもっと精神医学を学ぶべし

2007-02-07 13:06:03 | Weblog
 精神障害者の刑事免責というのは、病勢が著しく、幻覚妄想に支配されているときに限るものである。

 たとえば、相手に迫害されるという妄想をもち、「防衛的」に相手を害してしまったときには免責される。これを昔から「迫害される迫害者」という。

 検察は、病勢が著しくなくても、精神障害者というだけで不起訴にすることが多い。ある意味で、これは障害者差別である。病勢が落ち着いているときの犯罪は、起訴するべきである。

 きわめて動機が不可解な事件がたまにある。猟奇的な事件もある。酒鬼薔薇事件もそのひとつである。

 わが国には1億人以上の人間がいるのだもの、精神障害でないのに変わった奴は必ずいる。1億件に1、2件くらいは不可解な事件が起きても不思議ではない。しかし、動機が不可解だと弁護人は必ずと言ってよいほど精神鑑定を要求する。

 動機が不可解→精神鑑定というやり方はあまりに安易である。動機が不可解だと、犯人を(病勢の著しい)精神障害者に仕立て上げて、免責させようとの魂胆だろう。

 これは大多数の善良な精神障害者に対して、極めて失礼な態度である。

 このような現状の根幹には、法曹の精神医学への無知がある。無知ゆえに精神鑑定をさせられる精神科医はたまったものではない。

 法曹は精神医学に疎すぎる。知らなさ過ぎる。もっと勉強して欲しい。司法修習生に精神医学を必須科目にさせてはどうか。

生物の毒

2007-02-06 13:26:48 | Weblog
 蜂や毒蛇が毒をもっている理由は分かる。蜂は外敵から巣を守るためであり、毒蛇は獲物を殺すためである。

 だが、毒きのこ、毒草、ふぐなどに毒があるのはなぜだろうか?

 身を守るためというのは理由にならない。なぜなら、毒きのこなり毒草を食べた生物は死んでしまうからであり、学習できないからである。

 生態系の中で毒はどのような役割を果たしているのだろうか?何億年も続いてきた生態系だもの、必ず理由があるはずである。

 ひとつ思いつくのは、毒きのこや毒草が、捕食者の個体数を調節しているという機能である。ほかに毒のもっともらしい存在理由は思いつかない。

オスとメス

2007-02-05 13:19:13 | Weblog
 きのこやバクテリア以外のほとんどの生物にオスとメスの区別があるのはなぜだろうか?

 植物にも雄蕊と雌蕊がある。どうして繁殖するのに、生殖という複雑な過程を踏まなければならないのだろう。

 明快な説明を聞いたことがない。

 生物の営みには必ず「理由」がある。生殖を行わなくてはならないということは、それが種の保存に有効なことなのだろう。

 また適者生存という観点から見ても、生殖したほうが生存に有利なのだろう。

 なぜ有利なのか?生殖という複雑な手続きが必要だということは、かえって不利なような気もするが・・・。

 遺伝子を拡散させることが有利なのだろうか。しかし、植物では自家受粉が行われている。自家受粉なんて無意味な作業のように思えるのだが、みなさんはどうお考えになるだろうか?

シベリヤ抑留

2007-02-04 20:20:53 | Weblog
 終戦後、満洲にいた日本兵が6万人、ソ連によって捕らえられた。俗に言うシベリヤ抑留である。

 帰ってきたのは2万人。ものすごい数の兵士がシベリヤの過酷な環境と待遇によって死亡した。

 私の父は帰ってきた2万人の1人である。父は抑留の話をよく私に聞かせた。食料もなく、他愛もない理由で殺されたり、病気で死んだりした者も多かったという。

 父は自分のことを「捕虜になった」と言っていた。終戦後に捕虜になるということがあったのである。

 父はソ連への恨み言は言わなかった。戦争で捕虜になったのだから仕方がないと思っていたようである。

 しかし、よく考えると、シベリヤ抑留はソ連の蛮行である。とんでもないルール違反である。

 父は政府から慰労金として20万円をもらった。シベリヤ抑留という残酷な仕打ちに対して、20万円で終わり。

 父が死ぬとき、うわごとで言っていたのは抑留時代の話ばかりだった。

ウスターソース

2007-02-03 14:49:07 | Weblog
 昔、カレーライスにウスターソースをかけて食べる人がいた。

 ウスターソースはソースの中で最も「身分」が低い。カレーソースより低い。

 カレーソースの上から、それより「身分」の低いウスターソースをかけるのは、ウスターソースがおいしいからである。ソースご飯の話はいつぞや書いた。

 中にはチャーハンにウスターソースをかける人がいた。これはさすがに意味が分からない。

 銀座の有名洋食屋「煉瓦亭」のとんかつは、未だにウスターソースで食べさせる。とんかつソースなんて出てきやしない。昔からの伝統を頑固に守っているのだろう。

核家族化

2007-02-02 13:31:26 | Weblog
 核家族化が進んでいるというが、本当だろうか?

 核家族は昔からあった。次男、三男は結婚すれば核家族になった。

 だから、正確には長男の核家族化が進んだと言うべきだろう。でも、本当に長男の核家族化が進んでいるのだろうか?

 今や男性の半数以上が長男である。長男の%が大きくなったから、一見、核家族化が進んだように見えるだけかもしれない。

 ジャーナリズムはきちんとした統計もないのに物を言うから、気をつけねばならない。

新大中門

2007-02-01 13:38:36 | Weblog
 新潟大学のことを現地では新大(しんだい)と呼ぶ。新潟大学のキャンパスは広い。

 正門以外にも中門というのがある。そこにもバス停があって、バス停の名称は「新大中門」(しんだいなかもん)である。

 バスのアナウンスは、「死んだ田舎もん」と聞こえる。

 類似のものはまだある。「寝台車」は「死んだ医者」と聞こえる。