いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

政治と災害のハザード・マップ。 hazard map of politics and disasters

2011-09-06 19:45:12 | 日記
 (1)国民の強制的な投資(税金)は、応える政府の生命、財産、安全、生活の保障のバランスでこそ成り立っている。日本の政治の閉そく感の根底にあるのは、国民の強制的な投資(税金)に見合った政治の責務、責任で応えていないところだ。

 行政の不作為、失政の検証、説明責任もなくただ安易に国民の投資(税金)に頼る国民と政府の責任対効果のインバランス(imbalance)、一向に改善、改革しない日本の政治責任の不在、無責任が問題だ。

 しかし、それでも国民は強制的に投資(税金)義務を負わされている、まったく不均衡なおかしな関係だ。そういう問題だ。

 (2)東日本大震災では、前代未聞の地震、津波の発生であったとは言え、国に国民の生命、財産、安全、生活を守る保障する、可能最大限の準備、対策、意欲、気概が十分にあったとは言えない。

 震災後の対応、対策の混乱、政府と地方の認識の落差を見ればわかる。ことに福島原発事故では、政府(と東電)は不測の事態への見直し機会、提言がありながら安全と言い、結果として国民の生命、財産、安全、生活を半永久的に保障できない事態を誘因した。

 事故収束、補償にあたっても国民と政府の責任対効果をまったく認識していない、理不尽な対応が続く。国民投資(税金)から見れば、完全「国民」債務不履行(default)状態だ。

 内閣更生(法)で首相が変わることで済む問題ではない。議員の定数、報酬削減、制度見直しによるリストラ化、国会を含めた政治構造、構図の改革が必要要件だ。

 (3)国民の生命、財産、安全、生活を保障する政府行政に期待して投資(税金)する国民から見れば、災害時への準備、予備、対策に期待するのは当然のことだ。しかし、その政府行政の意図、意欲、気概、意識の実態は、政治責任の放棄に等しい有り様だ。

 3日からノロノロ停滞台風が西日本、近畿を縦断して大水害、山崩れを引き起こした。東も西も災害列島の日本だ。今回の災害は、自然破壊被害の影響が大きくて、手のつけられない水害、土砂流失であった。

 奈良県の自治体の一部では、この破壊力のある台風水害、山崩れに適切な避難指示、勧告を出さずに、結果として従った住民に死者、行方不明者、危険な状態を招いた。5000人以上が通信手段もなく不十分で完全孤立のままだ。

 (4)まず、何んといっても行政の安全判断が批判される。「目立つ兆候はなかった。判断、予知が困難であった。」との状況ではあったとは言え、国民(市民)はその日のために行政の安全保障に投資(税金)をしているのだ。
 そういう意図、意欲、気概が行政には十分理解されていたのか、疑問だ。

 一方、国民、住民にとっても、東日本大震災の実態を見れば安全のために行政の避難指示、勧告に頼れない自己判断も求められることを教訓とすべきだ。やむを得ない現実だ。

 心の中に「ハザード・マップ(hazard map)」を持って「政治」、「災害」に備えることも必要な政治不信、災害列島の日本の現実だ。
 それにしても、国民の強制的な投資(税金)に応えられない政治の「国民」債務不履行問題、議員ひとりひとりへの総選挙での国民の解決策で適正な判定を下さなければならない。 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする