いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

世代間、世代観のグランド・デザイン。  grand design

2010-04-15 19:59:07 | 日記
 今ではなつかしい、ジェネレーション・ギャップ(generation gap)というのは、経済社会の
高度成長期にあわせた「団塊の世代層」の動きを起点にして、「その前未満社会層」との世
代間、世代観の違いに強調して使われてきた。
 「その前未満社会層」の没個性化精神社会、これを(1)「前社会」と言い(本ブログ表現、
以下同じ)、と「団塊世代社会層」の個性多様化唯物社会、これを(2)「現在社会」と言い、と
の教育、文化、社会性での区別化だ。

 全人口構成のボリューム(volume)中心にいたので、この団塊世代層の動向は教育、文化、
芸術、音楽、経済、社会のモチーブパワー(motive power)に大きな影響力を持って、注目
されいつも取り上げられてきた。
 社会構成の歴史、流れの中心をなしていたボリュームのある世代層だったので、社会生活
基盤の平衡を失ったイン・バランス(imbalance)の流れが、歴史的移動に合わせて続いていく
ことになる。

 教育、雇用では、そのボリュームを受け入れるフレームワーク(frame work)を自ら拡大して、
その相乗効果として文化、経済の底辺拡大による成長を支え、あたらしい社会基盤、「現在
社会」を創成していく。

 価値観の多様性を生みだし、芸術、文化を社会の重要なそして日常的な一分野、ピース
(piece)にして、仕事と生活と文化のグランドデザイン(grand design)を人生に描いた。
 生涯の人生、人間社会の生活基盤としての社会保障の充実を資本、制度として支えて、そ
の当時の、「前社会(その前未満社会)」層の定年は50~55才、年金、社会保障受給年令
は45~50才だった。

 そして「現在社会(団塊世代社会)」層がその年令に差しかかった頃には、それを循環式
に支える次世代の新・没個性化ハンラン社会層、これを(3)「次世代社会」と言い、は希少グ
ループ世代層となって、社会基盤を支えきれない。
 その結果、「現在社会(団塊世代社会)」層の社会保障は、後退に後退を重ねて、年金、
社会保障受給年令は65才となり、これをさらに70才まで引き上げることも検討されて、
人生のグランドデザイン、プランニングは大きく変更することになる。 それが歴史だ。

 現在の社会保障を支える「次世代社会層」は、雇用形態も多様化して、持続性、収益性に
欠ける一面もあり、グランドデザインを描けずに将来展望を自ら拓けないでいる。
 
 経済不況、環境の変化というのは、いつの時代にも存在した。それを打開する意欲、意思
を「自ら」の中に求める(団塊世代社会層な)のか、それ以外に頼る(次世代社会層な)の
か、取組み、自分史の存在意義の問題。

 歴史は、絶えず循環して流れてきた。世代間、世代観の視点を歴史のピース(piece)一
片にして、切り取って捉えては、真実は見えてこない。
 一部、社会保障の資本、制度の問題として、「現在社会(団塊世代社会)」層と「次世代
社会(新・没個性化ハンラン社会)」層との対立が取り上げられる。

 社会構造のバックグラウンド、グランドデザイン(ソリューション能力、方法)の違いだ
けを捉えて世代間、世代観の対立が存在するだろうことは、容易に想像できる。それは、
歓迎していい。
 この対立から、ひょっとしてまったくあたらしい社会基盤のグランドデザインが双方から、
双方で描かれる可能性はある。教育、芸術、音楽、文化、経済、政治での世代間、世代
観の対立は、あたらしい時代のモチーブパワーとなるはずだ。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

景気は持ち直しているか-エコノミック・シナリオ。 economic scenario

2010-04-14 19:47:48 | 日記
 今、市場経済はどういう状況なのか。「持ち直しを続けており、業種間、企業間の格差も
徐々に縮小している。」日銀支店の景気動向判断だ。

 しかし、
 (1)デパートは、不採算店舗の閉鎖、40%のリストラ(早期退職募集)、連続して10%
前後の売上げ減少、と厳しい経済構造不況状態の中、経営統合、業務形態の転換(スーパー
化)に活路を求めている。
 (2)国内でひとり勝ちのファーストリティリング(ユニクロ)も、気候変動で春先の売上
げが不振で減収に落ち込み、海外に販売戦略を拡げる。
 (3)ガソリン、野菜は高騰を続け、ますます消費低迷は回復せずに、同時にデフレ経済は
継続のままで、低価格競争の中、企業基盤を圧縮している。

 (4)わずかに環境対応型の自動車産業では、国内販売に上向きのきざしは見えるが、国内
の自動車離れ(国内全家庭の25%が自動車不所有)の中、海外販売に拠点を移したり、又
その海外での自動車販売ではリコール対応問題での影響も大きい。
 (5)日銀支店の楽観的観測、「業種間、企業間の格差も徐々に縮小している」のは、「持
ち直し」方向にではなく、「売上げ減少、経営不振レベルへの格差・落差」に向けてでは
ないのかと思える。

 (6)そうなれば、政府の景気対策の出番だ。その政府予算はというと、税収不足による財
源不足が深刻な問題となってきており、あちこちから、たとえば「(ガソリン税)暫定税率
は11年度以降も維持すべき」とか、「消費税引き上げは避けられず、4年先と言わず任期
途中でも衆院解散して増税を検討すべき」とか、「子ども手当の満額支給がいいのか、サー
ビス給付がいいのか検討している」と、すっかりマニフェスト、政策「後退(fall back)」発言が
噴出している状態。

 国民の目線、立場で、情報公開を基本とした民主党による政権交代のはずが、政府予算
の財源不足による政策実行の先行き展望が描けない中で、動揺を隠せない不安を煽(あお)
る政策、政府の「うろたえ」ぶりが、露骨に出てきている。お馴染の閣内不統一の不安定。

 (7)こういう時こそ、当初の政治主導によるマニフェスト、公約実行プランニングとその後の
経済社会状況への対応、予測の「見誤り」を具体的に統計、数理経済上、分析、検証してプ
ロセスを開示して、どこに「問題」、「錯誤」があったのか、今後、どう対処(又は立て直し)す
るのか、政策プランニングを示して(つまりマニフェストの実施変更計画)から、「暫定税率の
据え置き」とか、「消費税引き上げ」とかの論議に入るべきなのだ。

 (8)民主党内には、「政権交代して半年余りでマニフェスト見直しは必要ない」との強行意見
もある。しかし、そういう党と政府が一体となってマニフェスト、公約を一方的に「後退(fall back)」
させてきたのではないのか。無責任な対応だ。

 (9)政権交代時には、国民に約束した政策実行中心にならざるを得ず、ある程度の財政緊迫
は覚悟が必要だった。
 まずは、複数年度にわたる財政再建の総体的な展望を見据えた、財政健全化の計画性
(scenario)を打ち出すべきだ。みだりに国民に負担を強いるだけの表面的な無責任な政府
発言は、不況、不振にあえぐ市場経済、国民生活にますます光明を持たらさない。

 (10)日銀支店の楽観的な景気動向、観測にも、具体的なシナリオ(scenario)をあわせ開示
することを求める。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

松井秀喜と大リーグ。  major league base ball

2010-04-13 20:03:46 | 日記
 今年の松井秀喜さんは「やりそう」だ。昨年、ヤンキースのワールドシリーズ制覇で中軸打者
として日本人で初めてMVPに選ばれて、指名打者専門の東海岸のヤンキース(yankees)
から、守備と走塁も含めたオールラウンドプレーヤーとして年間出場機会のある西海岸のエン
ゼルス(angels)に移籍した。手術した膝の状態もいいようで、体調管理も順調でエンゼルスの
4番打者として4月12日時点で打率0.370と高打率を残している、「から」ではない。

 米大リーグ(major league)は、「力」と「力」の総合力のコンペテション(competition)、フィ
ジカルカルチャー(physical culture)としての全機能を駆使したオールラウンドスポーツとして
のボールゲームがモットー(motto)。

 日本人野手として、ボールを遠く飛ばす技術で「力」の米大リーグに挑戦した多分初めて
のプレーヤーの松井秀喜さんは、財政的に余裕のあるヤンキース時代でも中軸打者として
年俸は1300万ドル(12億円)で、その年俸でも今年の日本人大リーガーの年俸の中で
も4番目のランクだ。

 米大リーグでは、打って、守って、走って、オールラウンドプレーヤーの能力評価が高く、
また、WBCでの活躍にみられるように日本人投手の能力評価も高くて、日本人大リーグプレ
ーヤーで松井秀喜さんの上には、イチロー(1800万ドル)、黒田(1540万ドル)、福留(14
00万ドル)さんが連なる。

 日本プロ野球での実績、チーム貢献度、チーム編成の中心的役割のそれこそ総合力評価
では、松井秀喜さんが断然その上をいっていたプレーヤーだった。
 昨年のヤンキースで4番を打っていたA.ロドリゲスさんの年俸は3300万ドル(30億円)だ
ったので、松井秀喜さんはその50%以下の年俸でのMVPプレーヤーだった。

 今年、エンゼルスに移籍した松井秀喜さんの年俸は600万ドル(6億円)と、ヤンキース時
代から50%ダウンして、今年の日本人大リーガーの5番目にランクするMVPプレーヤーだ。
多分、指名打者専門としてならもっと高額で受け入れる球団はあったはずだが、年間を通し
て打って、守って、走れるベースボールプレーヤーの道を選択した松井秀喜さん。

 ヤンキース、エンゼルスを通して米大リーグでの野球人生を、経済性、収益性のアメリカ
ンドリームではなく、フィジカルカルチャー(physical culture)としてのベースボールプレース
タイルのアメリカンドリームに挑戦していた「哲学」が一貫して流れていて、実践してきたのが
わかる。

 その生命哲学が、年俸50%ダウンでも貫いた精神性(mental property)から、今年の
松井秀喜さんは「やる」と実感させるのだ。

 ベースボールのステージが違うとは言え、実績評価とはかけ離れた日本人大リーガーの中
での年俸評価の低さに戸惑いもあるはずだ。
 ヤンキースで中軸を打ってのMVP、エンゼルスの4番打者として打率0.370の今年の成績
が示すとおり、実績は残しても米大リーグでの年俸評価に正当に反映される可能性は低い。

 その環境の中で、ベースボールプレーヤーとしての本質のゲームスキルで、成績とチーム
貢献を残す、示す松井秀喜さんの「無言実行」の生命哲学は、姿勢は、人間としてすばらしい
ものが見える。米国でも、チーム、プレーヤー、ファンから愛される人格がよくわかる。

 これに反するスタンスの球団経営はどうか。米国は球団経営でも、もっと変わるべきだ。
米国は長く12チームの世界最強ベースボール文化を続けてきた。その後、全米(一部カナダ)
地域に球団を増やして30チーム編成で、ルール上も一球団戦力集中を避けてチーム力を平
均化し、かっての「力」のベースボールの面影はない。

 その恩恵もあってか、日本人大リーガーも現在はベンチ入りプレーヤーでも14名を数える。
かって、全盛時の長嶋さん、王さんでさえ、米大リーグではオープン戦出場での話題づくり
程度の開きがあった。
 
 米大リーグのチャンピオンシップをワールドシリーズと言うからには、経済性、文化性、社会
性効率の相乗効果による「実績」が反映される能力評価こそが、現在社会のオールラウンド
評価だ。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ふくおかcivil hall の風。  k. zaitsu concert 2010

2010-04-12 19:37:11 | 日記
 「久しぶりに故郷の福岡に来ました。07年の年末(チューリップコンサート)以来です。
久しぶりの故郷、福岡の風はいいですね。久しぶりに福岡の風を感じました。街の様子は変
わっても、吹く風は昔と変わりません。福岡には海の風が吹いてきます。地方にも出かけま
すが、やはり海の風の吹く街にいくと、必ず海を見に行くんですが、子どもの頃を思いだしま
す。」とコンサートの中での財津和夫さん。「年は取りましたが、心は(胸を指して)若い頃の
ままです。」

 福岡に来ると、街の空気の中にナゼか文化圏(culture area)の違いをいつも感じとる。
地下街は照明を落して暗い効果で、イムズ、アクロス福岡と円形のホールが好きのようだ。
相変わらずギターケースを肩から掛けた若者は、やはり他の地域より多く目につく。3年振
りの福岡です。

 4月11日、午後4時30分。福岡市民会館の前に、三重、四重の列が出来て、大勢の観
客が詰めかけています。財津和夫コンサートツアー2010、福岡市民会館ホールに来てい
ます。
 福岡市民会館ホールは、音響効果のいいホールです。音が立体的にメロウ(mellow:豊饒)
に響いて、幅広く包み込む豊かさがホールにはあります。これに、財津和夫さんを「迎える」
福岡の観客の温かい特別の気持ちが、音が、空気が伝わってくるホールです。

 財津さんが言うように、吹く風は昔と変わらない福岡に来ると、この福岡から自らの音楽
と時代を切り拓いていった財津和夫さんを温かく迎えてくれる、特別の風を感じます。
 05年11月には、元RKBラジオディレクター岸川さんも、再結成のチューリップを聞きに駆け
つけていました。偶然ロビーでお会いして、「財津くん、よく声が出ていたね。」とうれしそうな
笑顔。福岡の風は「岸川」さんからも吹いていたのです。

 「wake up」、「セプテンバー」がとても華やかに軽快に響いてきます。「急行の停まる街」、
「メルティング」。財津さん、情感たっぷりに抑揚をつけてメロディ、音符ひとつ、ひとつを丁寧に、
男女のシニカル(cynical)なラブソングを歌い届けます。

 「男は男らしく、女は女らしくと言いますけれど、男だって臆病なんです。九州の男は、男らし
くしなければいけないとか、こちらで育ちましたので、よくわかっています。しかし、けっこう男は
男らしくしていないし、意外に九州の女の人は女らしくしていなくって、けっこう強いです。」

 「あの星に戻ろう」、「この世の端でも」のメッセージを力強く、財津さん歌い切りました。
 「心の旅」のイントロ練習。猫好き派と犬好き派に分けての声だし練習。犬派が優勢で、猫派
は劣勢。何回目かの練習では、突然、猫派の女性グループが巻き返して、思わずこれにバンド
メンバーも拍手。が、そのうち猫派も犬派もわからなくなって、全員で声だし。

 「青春の影」、「サボテンの花」は、財津さんの透明感のあるセンシティブ(sensitivity)な高音
がよく響いて、すばらしい財津メロディ、サウンドをホールに届けました。
 ホールいっぱいに詰めかけた福岡の観客に、財津さんはダブル・アンコールの「二人だけの夜」
で応えて2時間のコンサートは終了です。

 午後7時すぎ、コンサートの上気、余韻をひきづったままの大勢の観客とホールの外に出ると、
西日本の福岡の夜空には、まだ薄明かりが残っていました。
 財津メロディの余韻と福岡の風を感じて、これから空港に向かいます。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

密約とメディアの報道力が問われる。  secret agreement

2010-04-10 19:44:18 | 日記
 1969年末の沖縄返還交渉における「密約(secret agreement)」問題。米国での関連
する公文書の情報開示を受けて、日本政府も第三者委員会を設置して調査して、「密約」
が存在したと認定した。同時に、この外務省調査では、関連する重要文書の一部が残って
いないとの報告もあった。

 4月9日、地裁はこの沖縄返還にかかわる密約文書の情報公開を命じる判決を示した。
高度の機密性などと言って、国民に開示することもなく、国民の利益に多大の負担と負荷
を強いる一部政治家、行政の恣意と野望の責任開示を求めた、国民の利益を守る民主主
義の本質の当然の結果によるものだ。

 この沖縄返還の「密約」問題は、1971年新聞記者のスクープ(多額の米軍への債務負
担)として報じられたが、情報入手方法、提供手段を巡って当記者と情報提供者(当時の外
務省職員)は国家公務員法違反(機密漏えい)として有罪判決を受けていた。

 沖縄返還「密約」について、その存在すら否定して、長年、国民に「うそ」をつき通し、国民
に多大な負担と負荷を強いてきた自民党政権。
 沖縄返還「密約」のスクープは、メディアの報道であったが、一貫して政治(家)、行政の
「うそ」を不作為に黙認して助長してきたのも、メディア(news authority)そのものであった。

 政治家の「腹芸」とか、あきらかな「とぼけ」とか、「シラを切る」発言を、「ただ」報じてまる
でそれが政治家の度量、器量でもあるかのメディアの対処には、「真実」の情報開示を削(そ)
ぐ、その大きな責任がある。

 この沖縄返還「密約」問題では、自民党政権は存在そのものを否定し続け、歴代の政権
は引き継ぎなどもなかったと、長年、国民に「うそ」をついてきた。
 09年9月の政権交代を受けての多額の自民党政権の機密費支払いに関しても、民主党
政権の官房長官は、前政権からのこの機密費の存在の引き継ぎなどなかったと、当初は
「シラ」を切っていた。

 その後の報道で、実は政権交代時の政務引き継ぎで、当の官房長官はこの多額の機密
費支払いに関して引き継ぎを受けていたことが報じられている。
 最近のメディアの一貫した姿勢として、報道は事実を伝えるが、その問題の背景にある本
質、核心、根幹にかかわるテーゼに切り込む能力、スタンス、資質の物足りなさ、つまり批
評の詰め、脇の甘さだ。

 そうしたメディアの詰め、脇の甘さが、政治家に見透かされての「うそ(または、はぐら
かし)」が政治家の能力(technic)かのような、メディアと政治の慣れ合いのステージで
の、「うそ」の助長だ。

 国民に情報を提供するメディアが、国民に問題の核心、本質を伝えることもなく、負担と
負荷を強いることが普通のような誤った情報社会の形成を手助けしている。
 政府を代表しての官房長官の定例の記者会見。核心部分の「聞いていない」、「知らな
い」、「ないと思う」の見栄見栄の「シラ」と、その「ウラ」をとれない、報じられないメディアの
危うい相関関係。

 今回の沖縄「密約」問題で、地裁は「密約」の存在を正式に認め、密約文書の開示を命じ
たことによって、メディアも含めて政治にかかわるものすべてへの情報開示の意義と精神と
責任の「自覚」を問いかけたものだ。

 とりわけ、メディアの考察力、洞察力、批評力、報道力が問われている。

 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする